昨日ようやくカズから貰った時計が直った。文字盤のガラスがぐちゃぐちゃだったそれはしっかりと綺麗になおされて、今、俺の左腕についている。

カズは何気なくつけて(更に壊して)いたがこの時計はひじょうに価値が高い。
他者への贈り物でなければ作ってくれない偏屈なジジイが製作者なのもあるし、なによりそのデザインは世界に二つとないのだ。故に貴重。腕に感じる重さにため息がもれる。


それにしても。
ふとカズを思い浮かべる。

この前見たカズは、なかなかに面白い奴だった。真面目でおとなしそうな見た目に反して、その実、かなり口が悪かったのを思い出す。やさぐれていたのもあるのだろうが、あれは、なかなか。ついつい上がる口角を手で覆って隠す。

時計は未だちぐはぐな時間を刻んでいるがしかし俺の手には正確な時間を確認する術がない(ケータイはうっかり家に置いてきてしまった)。カズに報告するついでに合わせてしまおうと足を動かす。


「……おい、池口」

池口。俺の名字と同じだが、はてこいつは誰だ。見たことはないように思う。

「その時計、ちょっと見せてくれ」
「あー?」
「すぐ済む」

そう一方的に告げた誰かは勝手に俺の腕をとって、巻かれたそれをジッと見る。

そして、こちらを睨んだ。あ゙?

「……………んで」
「終わったんなら放せ」
「なんでお前がカズの時計を持ってる!!?」

放すどころか腕を力いっぱい捕まれ眉をしかめる。ギリギリと締め付けられ、少し、痛い。

「もらったんだよ」
「……は? カズが人に物やるわけねぇだろうが。まして俺がやったものやるわけ」
「うっせぇな、グッチャグチャに壊してたぐらいだし、カズにとってはもういらなかったんだろ。とっとと放せ」

締め付けられる不快感を隠しもせずに腕を払う。
ちらりと横目で誰かを見れば、射殺さんばかりに睨みつけている。思わず舌打ちした。

「やるわけがない、お前が、お前がカズから奪ったんだろ」
「ちげぇっつってんだろうが」
「不良のトップなんざ誰が信じるか。そうだ、無理矢理奪ったに決まってる」

なんだこいつうぜぇ。
睥睨し、構う価値もないと腕を払う。しかしまたガシリと捕まれ、以下それの繰り返し。
いい加減腹がたってきた頃、そろそろ蹴るかと脚に力を入れたと同時に声がかかった。


「……何してんの番長。注目集めてっけど」
「……総長って言え」
「別に、変わんないだろ」

注目を集めていると言われ辺りを見れば、たしかに遠巻きに生徒が集まっている。最悪だ。また背ビレと尾ヒレのついた噂が広がる。

「っカズ!」
「あ? ……チッ。なんの用だクソボケ死ね」

冷めた目でそいつを見るカズになんとなく関係を察した。初対面の時のアレか。次いで俺も冷めた目で男を見る。

「なんでこの時計をコイツがつけてる……!」
「は? なんでお前そんな怒ってんの? お門違いすぎんだろマジウザ……」
「質問に答えろ!」

観衆が修羅場か?とヒソヒソ会話する。修羅場なんだろうか。
聞いた話を総合すればカズと男は別れている。元恋人の贈り物などどうしようがカズの自由だと思うのだが……。

「うっせぇな……ソレは壊して捨てたんだよ。そしたら番長が欲しいっつうし、別に無くてかまわねぇからやっただけ。……もういい? つかお前もさっさと彼女んとこ行けば? このゴミクズ野郎」
「だから、番長言うな」

スパンとカズの頭を叩く。不満そうな顔が向くかと思ったが心底面倒そうな顔で腕を引っ張られた。

「番長、遊びに行こうぜ」
「お、おう」
「待てカズっ!!」

男はなにやら喚いていたがカズは無視してガンガン進んでいく。校門を抜けたあたりでカズはピタリと歩みを止めた。

「わり、番長……連れて来ちまった」
「いや、お前に会いに行くつもりだったからいいけどな」
「あ、ならいいや」

ころっと表情を変えたカズに苦笑しながら、特に意味もなくカズの腕を見る。何もない。

「番長、用ってなに?」
「ん、ああ……もうちょい後でいい。それよりカズ」

時計買ってやろうか?

ポケッとしたカズの顔がおもしろかった。

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