transparent

「僕はこの星の人間じゃないんだ。正確に言うなら人間でもない。」

クジャは告白する。彼の出生から現在に至るまでが時折は満足そうに、時折は哀愁を漂わせながら一つ一つ彼の口から明らかにされていった。身の詰まった話を全てを聞き終えた頃、彼の不透明だった部分がパズルのピースがはまったかのように全貌が露になる、そのような感覚を覚えた。暫くの間、余韻が抜けなかった。

***

私の腰にはショートソードが一本、腿にはシースナイフ、それからリボルバー式の拳銃が携えられている。銃は私の身の安全を心配したクジャがアレクサンドリアに到着する前にトレノの武器屋にて、以前私が窓から落とした“ハンドガン”の代用品として購入したものだ。オートマチックであるアレクサンドリアの最新兵器は使い勝手はいいものの、往来の銃のカートリッジでは装填ができないらしく、現在手元にある弾薬を使いきってしまえば代わりがない状態らしい。今では懐かしい勇者像のある広場からは、星空をバックにアレクサンドリア城が気高くそびえ立っているのが正面から見えた。

「僕はここ数日で分かったことがあるよ。」
「何…?」
「君は意外と、言い出したら聞かない。」

クジャは城に背を向け、手を広げてみせる。

「そうかもね。ねえ、こうしてると戦闘前の兵士みたい。」

城にいた頃、希望が通ることはなかったが、兵を志望していた私にとっては装備している武器の重みが新鮮でやっと憧れに到達したような気持ちを抱いていた。思い出の町が襲撃されるのには似つかわしくない感情ではあるが。

「…はぁ、呑気なものだよ。僕は君が壊れてしまわないか心配でならないというのに。」
「ベアトリクスとか召喚獣とかが向かってこなければ頑張れる…かなあ?」
「心の問題だよ。まあ、故郷が滅ぼされる姿を見に僕に付いてくるくらいだ、ある種もう壊れてるのかもしれないけれど。」

仄かに毒っ気を含ませた言動をとる彼だが、私が同行すると言い出した時には猛反対だった。彼はしばらくは、“君には見せたくない”の一点張りだったのだが、“私の大切な町が変わり果ててしまうのに、最後を看取ることすらできないってある意味残酷”という私の言葉に折れた。私が今日この場に足を運びたがった理由はそれだけではないが、もう一つの方は口に出さなかった。恐らく、彼の心配を更に煽ることになりそうだったからだ。

「君には変わらないでいてほしいよ。」

夜の闇に溶け込むかのような静かな声だ。クジャは石造りの英雄に手をつき、色白で無駄な肉のない小造りな顔を彼らに向ける。石造りの彼女、勇者マデリーンは私が初めてアレクサンドリアに訪れた時からずっとこの場所に居座っている。正確にはその何百年も前からだ。その誉れを背に受けた凛々しい表情を変えることなく、彼女がここで何を目にしてきたのか私達には知るよしもない。

「君は召喚獣を見たかったんだろう?」
「………!」
「その好奇心に満ちた顔を見れば分かる。大方、自分の記憶に何らかの影響があるかもしれないと思ったんだ、違うかい?」

背筋が凍りついたという表現がこれほどしっくりくる状況もそうそうないだろう。まさに彼の言ったまんまだった。私は渋々と頷く。この場から離されるのではないかという不安が胸中で渦巻いている。せっかくここまで来たというのに、それだけは勘弁してほしかった。

「君を眠らせて、ゾーンとソーンと一緒にヒルダガルデで待機させようかとも考えたよ。さっきも言ったけど、僕は君に変わってほしくない。ブラネや僕みたいに欲に駆られるあまり大切なものを失わせたくないんだ。大きすぎる力は人の心を狂わせる。…だから、覚えておきなよ。もしこれがきっかけで君に何かが起きたら、僕は一生後悔する、間違いなくね。」

クジャは“おいで”と私の手を引く。鋭利だった視線は柔らかなものに変わっていた。私を包み込むように抱き締める彼の体温に、気が弛んだのか目に涙が溜まっていた。

「なんて顔してるんだ。」
「クジャはきっとその大切なもの失くしてないよ。」
「君は僕を買いかぶりすぎだよ、シェリー。」

彼は私の髪を耳にかけるように輪郭を撫で、伏し目がちに微笑んだ。

「クジャ…」

私の声は甘い口付けに遮られる。もっと彼を感じていたかったが、“このまま続けていたら、今日の目的が果たせなくなりそうだ”とクジャは名残惜しくも濡れた唇を解放した。

「シェリー、僕がこんな感情を抱くのは君だけだよ。」

叙情的な台詞が耳に刻まれ、背中に回された腕がほどかれた。繊細で透けるようなシレスティアルブルーの瞳が荘厳な城の佇まいを振り返った頃には、感傷の色は嘘のように抜けきっていた。

「さあ、始めよう。 」

彼の口角が上がった。






- 8 -


[*前] | [次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -