good night

視界に映るのは真っ白なシーツ。普段なら心地よく眠りにつける筈のベッドも今日は違った。その理由の一つは、このベッドがいつも愛用しているものではないということ。もう一つは、隣には同じ布団をかぶった彼が横になっているということだ。

「シェリー、ずっと僕に背中を向けているつもりかい?」
「だって…」

背中を向けているとはいっても、私の後ろにはたった今口を開いた彼、クジャが私の身体を包むように腕を回し、顔なんかは首筋に息があたるくらいに密着していた。この状態でも充分すぎるくらいに距離が近い。それに私が正面から向き合えないのにも理由があった。

「一人で寝れないと言い寄ったのは君だというのに。僕はちゃんと止めたんだ。それでも君がどうしてもと言うから…。いつの間にそんなにふしだらになったんだい?」
「そんなんじゃ…!」

一騒動があった後、彼は明日のこともあるのでもう眠りにつくからと私を部屋に返そうとしたのだが、私が一人で夜を過ごすのが嫌だと言ったのだ。彼は私の申し出を断った。我慢ができなくなるかもしれないと。最終的には何があっても絶対拒むようにという条件付きで添い寝を許可してもらえたのだが、彼のそんな言葉があって妙に意識してしまうのだ。十六になったばかりの私はまだ男性を知らないし、こういった場合に何が起こるのかもなんとなくしか想像ができない。自分でこのような状況を作っておきながら、ちゃんと夜を越せるのかが心配だった。

「それにしても、随分とぎこちないねぇ。…ああ、もしかして、初めてなのかい?」
「クジャがそういうこと言うからでしょ…!」
「大丈夫、優しくするよ。」

先程からクジャは私の反応を面白がってこんな調子でからかってくる。

「ああもう。ほら、寝なくていいの?」
「ふふ、そのうちね。それにしても、こうしてみると君は小さいね。」

クジャは首筋に顔を埋めたかと思うと唇を這わせた。驚き、ガチガチに強ばっていた身体も次第に力が抜けていき、されるがままになっていく。何があっても絶対に拒めと彼が言った言葉がよぎったが、それはしなかった。寧ろ、次はどうされるのか、もっと続けられたらどうなってしまうのかと好奇心さえ生まれていた。首の付け根から滑るように顎先に手が添えられ、右の耳朶が口に含まれた瞬間、私は彼に侵食されてしまいたいのだと確信を持った。

「いざとなったら本当に拒めるのかい?心配でならないよ。」

耳元で囁く彼の声に肩が揺れた。身体の向きを変えて彼の表情を伺えば、期待していた熱のこもった視線ではなく、冴えきった切れ長な瞳が私を見つめていた。なんだか置き去りにされたみたいで寂しかった。

「やっぱり、お子ちゃまには刺激が強すぎたみたいだ。」
「お子ちゃまじゃない…。」

私は彼の首元に手を回しすがり付く。口付けをしようと顔を寄せれば、クジャが両手で私の顔を捕まえ、阻止した。

「聞いておきたいことがあるんだ。君の性欲処理に付き合わされる前にね。」
「………なに?」
「君がここまで言って添い寝したがった理由だよ。大方怖い夢でも見たんだろうけど少し気になることがあるんだ。」

自分から仕向けておいて何とも勝手な言い様だが、彼の質問に答えることにした。本人も言っていたように、クジャは本当に勘がいいのだろう。きっと気になると言っているのは昼間のことだ。私の性格上、ただの怖い夢くらいならこんなにも無理を言わなかったことくらい彼は重々承知しているのだろう。

「………召喚…獣。昼間にゾーンとソーンが武器を渡しに来て、この言葉を聞いた瞬間に突然気持ち悪くなって倒れたの。その時に夢みたいなのを見た。」

再び前のような状態になるのではないかと恐れつつも私はその内容を事細かに口に出した。幸い何も起きることはなく、ただ後味の悪い感触だけが残った。

「ただの夢ならいいんだけど、昔こんなことあったような気がして。私、南ゲートで倒れてる所を拾われてアレクサンドリアで育てられたの。でも、それより前の記憶がないからもしかしたら…って。」
「もしそれが本当に君の記憶だとしたら怖いかい?」

いつの間にか、彼の左腕が私の腰を抱き、もう片方は首の後ろを通り肩に手が添えられている。夢の内容を思い出すのに精一杯で気づかなかったが、身体が震えていたからだろう。今でも手に震えが残っている。

「…そうね、怖い。私の身体、どうにかなってるのかもしれないんでしょ?」
「そういうことになるね。そして、そのことについて、ある程度の推測と情報を僕は持っている。あまり話したいものではないけれど、君が知りたいなら聞かせるよ。君の好きなタイミングでね。」

彼はブラネ様に召喚獣を与えた張本人であるのと同時に、魔法を使う身である。それ故、必然的にそれなりの知識を持ち合わせているのだろう。全く動じることなくその旨を私に伝える姿に、彼は一体どんな世界を見てきたのだろうかという疑問が湧き立った。彼の傍にいた時間はもうそれなりになるというのに、私には未だに彼の底が見えない。目の前の男は私の想像さえ追い付かない程に高次元で生きているのか、とんでもないぺてん師なのか。いずれにせよ、並々ならぬ人物であることが伺えた。

「今って言ったら迷惑?」
「いいけど、心の準備がいる類いの話だよ。もうしばらく待ってからの方がいいと思うけどね。」
「今がいい。」
「…想像していたよりも君は怖いもの知らずみたいだ。」
「ううん、もう覚悟ができてるだけ。何が起きてもやれることをやるしかないって。半分は諦めね。」

彼は気が進まない様子だったが、溜め息を吐き、“わかったよ。”と観念した。

「僕が違和感を感じたのは、昼間、君がバスローブのまま座り込んでいた時に魔力を感じたからだ。前にも言ったかもしれないけど、魔法が使えない人間も僅かながら魔力はもっているんだ。でも、これまで君からは魔力なんかこれっぽっちも感じなかった。それがそれ以降は確かに感じ取れるようになったんだ。おかしな話だろう?」
「………。」
「それから、かなり昔に本で読んだ内容で、君の今の状態に当てはまることがある。あまりにもショックな出来事に見舞われるとその時の記憶をなくしてしまう、なんて話は聞いたことがあるだろう?それと似たケースで、ある魔導師が精神的なショックを受けて、記憶と共に自分の魔力を封じ込めてしまうということがあったらしい。魔法は心と強く結び付いているから、あり得ないことじゃない。その現象が君にも起きていたんじゃないかな。君が記憶を思い出したことで魔力も戻った。それが僕の推測だよ。」

他にもクジャは私の記憶らしきものに関連付いた様々な知識を話してくれた。昔、魔の森にどの国にも属さず、世間にも公表されていない魔法の研究施設があり、一部の貴族からの資金提供で極秘に活動していたこと。八年前にその研究施設で事故が起き、研究員全員が命を落としたこと。私の身体は人工的に召喚獣が融合されているかもしれないこと。と話していくうちに大まかな推論が立ってきた。私は生体実験をされていたのだ。もし無事に実験が成功していれば、資金提供していた貴族達の手に渡り、魔導兵器として利用されていたかもしれないらしい。何とも実感が湧かない話ではあるが、これを否定できる要素は今のところ見当たらなかった。

「知らないふりをしておけばよかったかもしれないね。」
「大丈夫。なんとなくそんな予感はしてたから。」

今現在知るには多く、重すぎる情報になす術など思いつかず、お互いに一旦そのことからは引き上げたいと感じているのが口に出さずとも理解できた。

「…シェリー、本当にアレクサンドリアに戻らなくていいのかい?」

クジャが突然、確認するかのように尋ねる。

「うん、いいよ。」
「…気付いてるかもしれないけど、僕はその研究施設の資金提供者の一人だ。憎くないのかい?」
「こんな風に会ってなかったら憎かったかも。」
「…………運命とは残酷なものだね。嫌になるよ。」

暫しの沈黙の後、ぐったりとクジャは項垂れる。それによって、長い銀髪が陶器のような白い肌に重なり、繊細な美しさがより際立って見えた。彼にしては珍しく弱気だ。私は不思議と彼に憎しみを感じなかった。もし記憶の全てを思い出したとしても、それは変わらないだろう。きっと彼に大事に扱われたという気持ちの方が大きいのだ。我ながら、馬鹿みたいに単純だと思う。

「…どれもこれも、もう終わったことだよ。」
「君のこととなると悩まされるんだ。ねえ、シェリー。僕は世間の価値観でいうなら、間違いなく悪人の部類だ。それでもいいのかい?」

“私が何かしただろうか。”と考えを巡らせている間にクジャはもう一度数十秒前と似たような質問を投げ掛ける。申し訳なさそうに眉根を潜める姿にやはり違和感が拭えないと思いつつ、私はこくりと頷いた。

「僕は君につらい思いをさせてしまいそうだ。」

クジャは私の後頭部を掴み、抱き寄せる。

「やらなきゃいけないことがあるんでしょ?」
「そうだね。でも、時々本当に君を僕の傍に置いていていいのかと悩むんだ。君にとっては…」
「嫌だったら離れていけたわ。居場所はなくなっちゃうけどね。でも、それ抜きでそうしたくなかったの。だからそれ、余計な心配ってやつだと思う。」

硬い胸元に押し付けられた顔を無理矢理に抜け出させ、彼を見上げた。一瞬驚いたような表情をされたが、彼はまたいつものように口元を弛めた。

「やっぱり君は変わったよ。いい意味でね。」
「だといいけど…、私ちょっと眠くなってきたかも。」

そういえば、時間こそ見ていないので分からないが、恐らくベッドに入ってからかなり経っているだろう。起こしておいて難だが、クジャもそろそろ眠りに就かないと不味いのではないだろうか。

「僕は君が欲しくなってきた頃合いかな。」
「…早く寝た方がいいよ。」
「さっきはあんなに誘ってたっていうのに?」
「そうだっけ?」

クジャに背中を向けると、後ろから情けなく名前を呼ばれるが気にせずに眠りに入るべく目を瞑った。性が絡むと男は馬鹿になると誰かが言っていたが、なるほどなと実感させられる。しばらくして、意識が朦朧とする中耳元で、“ありがとう。”と囁かれた気がするが、その後ほどなくして私の記憶は途絶えた。





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