unreasonableness

濡れた身体をバスタオルで拭い、ガウンを羽織ると、まだ水分を含んだ髪をわしゃわしゃとタオル越しにかき乱しながら浴室を出て自室へと戻った。やはりこの季節にガウン一枚は幾ら風呂上がりといえど寒い。早く着替えてしまおうと、タオルで髪をひとまとめにした時だった。

「やっと見つけたでおじゃる!」
「やっと見つけたでごじゃる!」

聞き覚えのある声の方を振り返れば、いつの間に開けられていたのか、部屋の扉からよく見覚えのある二人の道化師が駆け寄ってくる。

「なんで此処にあんた達がいるわけ?」

ゾーンにソーン。ブラネ様のお付きの宮廷道化師だ。

「ブラネ様から伝言と預かり物があるでおじゃる。」
「もしかするとアレクサンドリアに戻れるかもしれないでごじゃる。」
「アレクサンドリアに…?」

ゾーンの手には細長いどちらかというと小さめの木箱が抱えられている。ブラネ様が今更私に何の用があるというのだろうか。私は差し出された箱を受け取った。中身はそこそこに重さがある物のようだ。なんとなくだが嫌な予感がする。

「ブラネ様は出来の悪いへっぽこメイドにでもチャンスを与える寛大なお方でおじゃる。」
「もし、本当にシェリーが戻ってきたらどうすでごじゃる?シェリーがいるといつも以上にブラネ様の気が立つでごじゃる!」
「恐ろしいでおじゃる。」
「恐ろしいでごじゃ…」

前々から知っているが彼らの話には無駄が多い。話が脱線し始めた間に私はタンスからずっとしまっていたシースナイフを取り出すと、ソーンの喉元に突きつけた。

「話があるなら手短に終わらせてくれないかな?早くしないと苛々して手が滑っちゃうかもしれないから。」
「………!」
「…わかったからそのナイフをしまうでごじゃる!」

双子は一瞬凍りついた表情をしたが、すぐにソーンが沈黙を破る。私は彼の言う通りに渋々ナイフをしまった。ソーンの首もとからは僅かだが血が滲み出ている。

「じゃ、始めて。」
「簡潔に言っていいでおじゃるな?」
「絶対にナイフは向けないでごじゃるな?」
「………。」

だからそうしろと睨みつければ、ゾーンは大人しく伝言の内容を口にした。

「シェリーがクジャを殺して首を持ってくれば、ブラネ様の側近として復職できるでおじゃる。」
「今度はメイドではなく近衛兵になるでごじゃるよ。」
「その箱には短剣と最新の兵器が入っているでおじゃる。」
「使い方は中に取扱い説明書が入っている からそれを読むでごじゃる。」
「そしてあわよくば、クジャが召喚獣を隠し持っていないか探ってくるでおじゃる。伝言は以上でごじゃる。」
「ちゃんと分かったでごじゃるか?」

召喚獣…。今、召喚獣と言っただろうか。

「………。」

私はたぶんそれを知っている。ああ、そうか。あの時のだ。

「う、おぇ…」
「何が起こったのか分からないでおじゃるが、確かに伝えたでおじゃるよ!」
「クジャに見つかる前に退散でごじゃる!」

脳がぐわんぐわんと揺さぶられるような気持ち悪さ。上体が崩れたのか身体が床に伏せっている。“あの日”のことはよく覚えている。今の私にはそそくさと立ち去るゾーンとソーンの姿など目に入らず、頭の中である映像が流れていた。





《融合率八〇%》

ガラス張りの装置の中、聞き慣れた機械的な声がこだまする。徐々に大きくなる違和感。私の中に得体の知れないものが入ってきている。あいつは最初は苦しいかもしれないけど大丈夫だと言っていた。でも私は知っている。死んでしまった見ず知らずのあの子達にもあいつは同じことを言っていた。

“やだ!やめて!ここから出して!”

《融合率九〇%》

叫ぶ声なんて届かない。ガラス越しのあいつは微笑んだ。“この日を待ちに待っていた。”唇がそう動いた気がした。全身がむしり取られるように痛い。魔法も召喚もあいつも大嫌いだ。兵器の誕生を待ちわびるギャラリーの顔。蝕まれていく身体に恐怖を感じる。

“もう駄目かも……”

《融合率一〇〇%》





血まみれになったガラスの破片が足元でパリッと音を立てる。眼下の光景に身の毛がよだった。

“これ、私がやったの…?”

問いに答える者など誰もいない。震える手を握りしめ、私は走り出す。行き先なんて考えていない。一刻も早くこの場を離れたかった。私は取り返しのつかないことを仕出かしてしまったのかもしれない。


***

瞼を開けば、自室だった。目の前には道化師から受け取った木箱の蓋が開いて中身が床に散らばっていた。短剣と最新兵器といっただろうか。近くに落ちていた紙切れを拾う。“ハンドガン”それがこの兵器の名前らしい。私は説明書を読むと、床の物を箱に集め、タンスの空いているスペースにしまった。あまり物が入っていなくてよかった。これぐらいの大きさの物を隠す場所なんてここくらいしか思い当たらないから。しかし、先程から身体の震えが止まらない。夢にしてはリアルだ。わけも分からず、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。私は再び床に崩れ落ちた。と思いきや。

「シェリー、入るよ。」

ノックの音と共に扉が開く。“ここでか。”と内心悪態をついた。

「…シェリー?」
「…何でもない。」

案の定、この反応だ。当たり前と言っては当たり前だが、今の私には都合が悪かった。俯き顔を隠し、声を震わせないように返事をする。不自然なのは分かっているがこれが限界だった。

「ふうん。」

クジャは何食わぬ様子で私の隣にしゃがみ込み、何かを確認するかのように抱き寄せると再び立ち上がった。

「身体、冷え切ってるじゃないか。君、何時間その格好でいたんだい?」

顔は見れないが馬鹿なのかとでも言いたげにクジャは自分のコートを脱ぎ、私の肩にかける。

「…聞きたくないかもしれないけど、もうすぐだよ。ブラネが死ぬの。分かってるとは思うけど君もこれからのことを考えた方がいい。僕は君がどんな決断をしようと受け入れるよ。明日の朝また出かける。…しばらく帰って来ないかもね。」

彼はそう言い捨てると私に背を向けて、部屋を出た。しばらく帰って来ない。何か含まれたような言い方だった。私は彼を殺せるのだろうか。もし私が彼を殺さなければブラネ様が死ぬ。私の全てだったブラネ様を裏切れるのだろうか。でもあんなのはもう懲り懲りだ。…あんなの?あんなのって何?あれは夢じゃないの?私は肩にかけられたコートを手に取ると、心許ない温もりに縋るように抱きしめた。

「なんでよ…」

答えなんて最初から決まっているはずなのに。





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