the goddess

彼女の様子がおかしいことには気づいていた。

“あれが聖なる審判…”

彼女が口にした言葉は、今まで僕が見てきた彼女の知識には存在する筈がないのだ。不振に思って声をかければ、召喚獣に夢中ではあったものの、意識は保っているようだった。何はともあれ、僕は彼女の腰に手を回し、総仕上げに取りかかろうとした。もし彼女が前回のような症状を起こしても、すぐにヒルダガルデへ運べる。そのつもりでだ。

“…インビシビルの制御がきかない。どうして……もしや、ガーランドなのか?ならば何故インビシビルを………まさか!シェリー、逃げるよ!シェリー!?”

しかし、事態は最悪の方向へと転がった。倒れそうになるシェリーを僕は抱き留める。



ーーーシェリー!!



顔を覗き込んだ時には、既に彼女は意識を失っていた。

***

飛空艇、ヒルダガルデの客室のベッドにシェリーは横たわっている。二日程、昏睡状態だ。僕は最悪の事態を想像せずにはいられなかった。眠る彼女のあどけない表情を眺めてから、隣の部屋へと移動した。

「あら、何のご用ですか?異世界の侵略者様。食事の時間にしては少し早いのではないかしら?」

挑発的なお出迎えをしてくれるのは、この飛空艇の名前の元であるリンドブルムの大公妃、ヒルダガルデだ。

「聞いておきたいことがあるんだ。それと、古典魔法が得意といわれるヒルダ大公妃の了見をお聞きしたくてね。」
「あなたの計画に協力する気などありません。そういうことでしたら、お引き取りになってくださる?」

ヒルダは氷のように冷えきった目で一瞥すると、相手をする気はないとでもいうように僕に背中を向け、窓枠から外を眺める。

「全く、気の強いご婦人だ。まさか君にテラのことで協力を得れるなんて思っていないよ。僕が聞きたいのはあの夜、君に看病を任せたシェリーのことさ。それに、君は彼女のことを知っているみたいだからね。」
「容態がよくならないのですね…」

僕は頷いた。ガーランドから退けた後、自分の手傷を直すことで手一杯だった僕はシェリーをヒルダに任せた。ゾーンやソーンに任せるより安心できると思ったからだ。幸い、彼女はシェリーと顔見知りのようで快く引き受けてくれた。

「彼女がまだ幼かった頃、少しばかりですけれど看病したことがあるのです。南ゲートの建設予定地で虫の息で倒れていて、いつ命を落としてもおかしくない状態でした。なんとか、回復魔法で一命はとりとめたのですが、その時に気づいたことがあるのです。」
「魔力が一切感じられなかった、違うかい?」
「ええ、その通りです。魔力を練り上げている途中、もう死んでしまったのではないかと疑いました。あなたも気づいているのですね。」

魔導師が魔法を使用する際は、他の魔力にも自然と敏感になるものだ。もちろん個人差はあって、熟練した魔導師であるほど必然的に魔力に敏感であるように思う。たまに例外もいるが。

「それで、今回はどうだい?」
「ガーネット姫に何処か似通っているような…」

僕は彼女に相談をして正解だったようだ。これまでのシェリーの話を彼女に聞かせた。テラの高度な魔法技術を目の当たりにしてきた僕がガイアの古い書物を頼りに古典魔法をものにしているヒルダから得るものなど、そう多くはないことなど理解はしているのだ。只、僕はそうでもしないと落ち着かなかった。もし少しでも可能性が残されているというのなら。

***

ヒルダをシェリーの眠る部屋まで連れてきたはいいものの、彼女の考えも僕と大差はなかった。彼女と融合させられた召喚獣がシェリーに適合していない。原因はそこにあるのではないかという考えだ。何年もの月日が経っているのは愚か、元々適合していなかったものをシェリーが記憶ごと魔力を封じてしまったことで今まで弊害を感じることはなかったのではないかと。だとすれば、もう手の打ちようはない。

「あなたは本当に彼女のことを愛しているのですね。」
「………」
「なのにどうしてテラ計画など…」

人質として捕らえられても怯えを見せることのなかったヒルダがここに来て初めて感傷的な一面を見せる。

「僕だってそうしなくて済むならこんな面倒、背負わなかったさ。…ヒルダ、君に一つお願いがあるんだ。」
「お願い…?」
「ああ。僕がもしこの計画を君達に止められることになったとしたら、死刑でもなんでも、甘んじて刑を受けよう。只、シェリーは僕が巻き込んだだけだ。彼女だけは見逃してやってほしい。もし、シェリーの目が覚めたら…だけど。」

シェリーがもしこのままであるならば、テラ計画などどうなろうと構わない。テラがガイアを取り込めたとして、ガーランドは僕をこのままにはしておかないだろう。彼は僕をよく思っていないから。また、僕がガーランドを倒せたとしても、彼女がいなくてどうしようというのか。



「そうと決まったわけではないのに男が弱音を吐くものではありませぬ!私は彼女が目覚めると信じています。もちろんあなたの計画は止めなければなりませんけれど。」

暫しの沈黙をヒルダの叱咤が破った。声こそ荒げているものの内容は僕を励ましているかのように聞こえる。

「……君はどっちの味方なんだい?」
「…今はシェリーの味方です。」

そういえば、ヒルダ妃は大公殿下とは仲違いしたままだった。

「刑の話はその時に最善を考えます。あなたが捕らえられたという朗報を聞けるのを楽しみに待っていますわ。」
「それは頼もしいことだね。」

結局今日もシェリーは目を覚まさず、翌日を迎えることとなる。この夜も僕はあまり眠ることができなかった。

***

今日も僕はシェリーの眠る部屋へと出向く。既に彼女が目を覚ましていて微笑んでくれることをすがるような気持ちで祈っていたが、結果は言うまでもなかった。

「シェリー、どうしてだよ……」

彼女の色白な頬に手を添える。



ーーーその時だった。



彼女の睫毛が小さく動き、ゆっくりと瞼が開いていく。

「シェリー!」

僕はすかさず彼女の華奢な身体を抱き締めた。彼女は何が起きているのか理解できていないようで、おろおろと辺りを見渡すような動作を繰り返すが、次第に状況が読めてきたらしく。三日振りに、飄々とした気分の良い声を僕に聞かせた。

「クジャ、私の中身ディアボロスだったよ。あと、私もテラに用ができたから。」
「三日間寝たきりでやっと目を覚ましたかと思ったら、一言目はそれかい?…全く、僕は君がこのまま目を覚まさないんじゃないかと心配でならなかったというのに。」

本当に眠り続けていたことを感じさせない能天気な物言いも、普段では呆れてみせるところだったが、今日に限っては嬉しくて堪らなかった。

「ごめんごめん。」
「次に僕を置いていってしまったら許さないよ。」

朗らかに微笑む彼女のブルーの瞳が驚いたように見開かれ、僕の肩が軽く押される。僕の意図は見抜かれているらしく、緊張した空気が流れる。

「駄目だよ。恥ずかしいから…」
「いつものことだろう?」
「違うの!その、お友達の悪魔さんが…」

一瞬何のことを言っているのかと思ったが、理由はすぐに察することができた。お友達の悪魔さんとはディアボロスのことを言っているのだろう。

「構うものか。」

言葉の通り、僕はシェリーの唇を奪う。ここに来て、お預けをくらうなどもっての他だった。最初こそ抵抗を示すシェリーも次第に大人しくなり、恐る恐る舌を絡めてくるのがもどかしくて、つい背中に回した腕に力が入る。それに合わせて彼女も角度を変え、艶っぽい吐息を漏らすので、ほんの少し残っている理性は限界を迎えてしまいそうだった。

「そうだ、シェリー。後でヒルダに会いに行こう。」

さすがに歯止めをかけないといけないと思った僕は咄嗟に話を切り出した。

「……それってヒルダ大公妃のこと?」
「ああ。君の看病を手伝ってもらったんだ。これで君にとっては二度目になるね。」
「なんで知って…」
「彼女が君のことを覚えていたんだ。」

シェリーは困ったように眉を潜め、僕に尋ねる。

「ねえ、ヒルダ様ってどんな人?」
「ん?気の強い美人ってところかな。」

どうやらシェリーは既に緊張し始めているようなので、“今は君の味方らしいよ”と付け加えてやった。それさえも彼女の緊張を余計に煽ることとなったのだが。




- 10 -


[*前] | [次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -