ふたりの生活
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二人で暮らすようになり一年と数か月が経って、いろいろなことに気づいた。
まず彼は朝がとても弱い。だらしない。そして納豆が食べられない。存外子供のような人だった。
そんな彼も、警察官として日々の公務を全うしている。そんな割には人間関係にはすごくだらしなかったりする。
深夜遅くに帰宅した日は、必ずワイシャツから女性ものの香水の匂いがする。朝帰りなんてした日は、明らかにどこかの女性と一夜を共にし事を済ませてきたであろう姿だったりもする。
そんな彼にわたしは見て見ぬふりをすることしかできない。なぜならわたしはただの居候で、それ以上の関係は持たないのだから。
帰宅すると彼は、いつものように靴を脱ぎ捨てた。わたしはそれを彼に悟られないようにしながら揃えて置く。リビングへ行きどすんとソファに腰を掛ける彼を後目に、わたしは浴室へと向かう。
軽く浴槽を洗い流し湯を張る。別に、誰に頼まれたわけでもない。もちろん彼が要求しているわけでもないが、日々の家事や身辺の世話のほとんどをわたしが行っている。
もともと両親は共働きで帰りも遅かったため、実家暮らしをしていたときも家事はわたしの仕事だった。この家に来たからと言って、わたしの生活スタイルはなんら変わらないものだった。
「お風呂沸いたよ、上がったら声かけてね」
「弥代は? 今から何するの?」
「部屋で勉強」
「ふうん。わかった」
重たい腰を持ち上げると彼は、タオルと下着一枚だけを持ち浴室へ向かった。わたしはその背中を見送ると、自室へ行き、机に向かい今日の授業の復習を始めた。
しばらくすると廊下のほうから足音が聞こえた。徐に開けられる自室のドア。振り返ると、下着姿にまだ十分に拭かれていない髪をぐしゃぐしゃにした彼が立っていた。
「お待たせ」
わたしはさっさと勉強道具を片すと、入浴の準備に取り掛かった。初めのうちこそ彼のそんな姿にいちいち動揺していたものの、最近では見慣れてしまった。唯一難点があるとすれば、濡れた髪から滴り落ちる水滴がそこら中についているということくらいだろうか。
準備を終え振り返ると、彼はまだそこに立っていた。
「え、どうしたの?」
返事はなかった。
「志乃くん……?」
俯く彼の視界に入ろうと下からのぞき込むと、曇った彼の瞳と視線がぶつかった。そのとき、不意に彼の手がわたしの頬へと触れる。驚き身体を強張らせるわたしに、はっとした様子の彼がようやく声を発した。
「ごめん。間違えた……」
正直、頭にきた。この人は何度わたしと彼女を見間違えれば気が済むのだろう。再会した時も、わたしが彼女と似ていたから同居を提案してくれたのだろう。わかっていたから、なおさら辛かった。
彼はそれから踵を返すと、キッチンのほうへと消えていった。
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