終止符




席に戻ると、親友は恋人と何やら会話をしていた。真剣なまなざしの二人から、目を反らすことが出来なかった。僕には見せてくれないその表情に、嫉妬と怒りが込み上げた。

彼はこちらに気が付くと、彼女に一言残し、去っていった。彼女に背を向けた途端に曇る彼の瞳を、僕は見逃さなかった。

僕は親友の隣へ駆け寄ると、できるだけ平静を装って訪ねた。


「何の話してたの?」


彼女は僕と目も合わさずに、秘密、と呟き、そのまま俯いてしまった。

思わず涙を流してしまいそうになるほど、僕の気持ちは揺さぶられていた。こんなことなら、親友のことなんか好きにならなければ……そう思ってみても、彼女に恋をしてしまったのは、僕自身の意思ではない。

どうせ上手く行かないのならいっそ、彼女のことは忘れよう。なかったことにしよう。これは恋じゃない。そう言い聞かせることで、僕自身の感情ごと、どこかへ捨て去ろうとした。

今は無理でも、時間が解決してくれるだろう。時間が経てばこの想いも薄れて、また他の誰かを好きになることだってあるかもしれない。全てを捨てて、全てを忘れて、ゼロに戻ろう。僕は、ひとりでも大丈夫だ。

そう思った途端、心が音を立てて崩れていくのが分かった。虚無に包まれた僕の感情は、あてもなく宙を舞っている感覚だ。

最初からこうしておけば良かったのだと、今更になって気づかされた。空っぽになった心を埋めるかのように、いつも以上に饒舌に、そして、陽気に会話を繰り広げた。

親友はそんな僕の様子をしばし見つめた後、眉を顰めた。


「伊咲、なんか変だよ」


僅かに潤いを帯び揺れる瞳で、僕に投げかけた言葉は、今にも消え入りそうな声で、虚空の中を漂う僕の心が、一瞬何かに圧し潰されるように脈を打った。

やっぱり、無理だ。そう思った刹那、押し殺そうと思った感情が、今まで以上に沸き上がり、溢れかえる。

誤魔化せない、捨てられない、忘れられない。僕はやっぱり、君が居なければ……。

次々と襲い掛かる感情に溺れそうになりながら、必死でひとつひとつ飲み込んだ。目の前の彼女は相変わらず、愁いを帯びた眼差しで僕を見ている。僕はその瞳から、逃れることは出来なかった。

叶うはずのない想いなら、気付きたくはなかった。

気付かなければ僕たちはずっと親友同士で居られた。こんなに気まずい思いをすることも、自分の中に芽生える醜い感情に戸惑うこともなかったのに、どうして気付いてしまったのだろう。

ごめん、と一言呟いて、部屋に戻る僕の背中を、足早に追いかける親友。

部屋に着き、ベッドに身を投げる。彼女はその一部始終を見届けた後、窓際にある一人掛けのソファに背を預け、こちらの様子を伺っていた。


「ねえ……」


僕は精一杯に声を絞り出す。いつもより低く、掠れた音が、吐息と共に漏れ出した。


「うん、なに?」


彼女は柔らかく答えた。


「僕、愛羅ちゃんのこと好きになったかもしれない」


ついに、言葉にしてしまった。もう後には引けない。親友は、黙って僕の言葉を聞いていた。怖くて、不安で、彼女の顔を見ることが出来なかった。

勢いに任せて、僕は言葉を紡いだ。


「昨日も、さっきも、春樹に嫉妬した。二人が付き合ってるのは、気付いてたんだけど……。その上、同性とか、気持ち悪いよね。ごめん、無理だって分かってるし、ちゃんと諦めるから、僕のこと思い切り振ってくれないかな」


何度も逃げ出したくなった。それでも、この想いに終止符を打つために、必死で自分を奮い立たせた。親友は相変わらず黙って僕の声に耳を澄ませていた。










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