蕾は花となりて

「が、はっ……!」

敵大太刀に薙ぎ払われた小さな身体は、いとも簡単に宙へと投げ出されたかと思うと、ドシャッと痛々しい音を立てて地面に叩きつけられた。うつ伏せに倒れたままの少女はピクリとも動かない。
その傍らに落ちている本体に決定的な損傷が見られないことから、最悪の状態は免れているということだけは分かった。

もう何振り目だろう。この本丸に時間遡行軍が侵入してきてから、刀剣達が傷つけられていくのを目の当たりにするのは。
しかし、それももう限界だった。今すぐにでも手入れをしないとみんな折れてしまう。みんな、居なくなってしまう。

「いやっ……椿!椿っ!」
「主君、落ち着いてください!」
「でも椿が!手入れをしないとっ!」

取り乱した審神者が思わず椿の元へと駆けようとするのを、隣にいた秋田が腕を掴み引き止めた。

「主君が今椿の元へ行ってもあの子は喜びません!」
「っじゃあ……私は、どうしたら……!」
「とにかく逃げるんです。主君さえ生きていれば例え僕達が折れてしまったとしてもまたやり直すことができます」

ここに来るまでの戦闘で自身も傷だらけの状態だというのに、それでも真っ直ぐに審神者の目を見て諭す秋田の言葉に、抑えていた感情が溢れだした。

「君がっそんな悲しい事、言わないでよっ…!」
「……できるならば折れずに主君をお守りするのが一番です。ですが、今はそうも言っていられません。僕達にとっては主君の安全が最優先なんです。……僕達は刀。主君をお守りする為に戦って折れてしまっても、それは本望なんです」

よりにもよって初鍛刀である秋田の口から告げられた言葉に、初期刀と共に3人で築いてきたこの本丸の出来事が鮮明に蘇り、悔しそうな苦しそうな表情の彼に縋り付きながら審神者は泣き崩れた。

その間にも敵大太刀は焦らすようにゆっくりと此方へ向かって来ている。さあ主君!と審神者の背中に手を添えどうにか立ち上がらせて本丸の奥へと向かおうとする。
目指すは審神者の私室下にある隠し部屋。地下にあるその部屋は特殊な結界に守られており、そこまで行ってしまえば審神者の身の安全は保障される。

徐々に距離を詰めていた敵大太刀が審神者を逃すまいと得物を構えようとした時、その背後からザクッと土を踏みしめる音が聞こえた。

「あるじさまに……それいじょうちかづかせません」

声の主は椿。先程の敵大太刀の攻撃をギリギリの所で防ぎかろうじて直撃は免れたものの、庇いきれなかった部分からだらだらと血を流しながらもしっかりと二本の足で立っている。

「椿っ……!」
「あるじさま、だいじょうぶ。かならずあなたさまのもとへもどります。わたくしは、椿藤四郎は、そういう刀なのでしょう?」

審神者に心配をさせまいと押し寄せる痛みに顔を歪めながらも笑みを作ってみせる椿に、審神者は言葉を発することも出来ずに口元を手で押さえ涙を堪えながら何度も頷いた。
目の前の少女にそんな表情をさせるのは、傷だらけになってまで無理をさせているのは、他でもない自分の為なのだ。
そう思い至った時、皆に守られて無傷である自分が泣くのは違うはずだ、と口をきゅっと結んだ審神者は袖で目元をゴシゴシと拭うと、

「絶対、折れずに私のところまで戻ってくること!そしたらあとでじっくり手入れしてあげるんだから!」
「ふふ、しゅめい、ですね。かならずはたしてみせましょう」
「椿、ここは頼みますよ」
「おまかせください、秋田兄さま」

椿の返事を聞くと、秋田は先程より落ち着きを取り戻した様子の審神者の手を引き本丸の奥へと走る。

後を追おうとする敵大太刀に椿がすかさず距離を詰め左足に一太刀浴びせると、敵大太刀はガクッと片膝をついた。
時間遡行軍はその生態がはっきり解明されていないとはいえ、人の形を取っている以上は足を負傷すれば行動が制限される。

「あるけなくしてしまえば、もうあるじさまをおいかけることはできませんよね?」

邪魔をするなとばかりにグオオォと唸った敵大太刀がギロリと椿を睨む。双方にはかなりの体格差があるというのに、椿は怯む素振りなど全く見せずに本体を構えた。

「あはっ、いまのは”しかえし”ですよ。さっきはちょっとゆだんしていただけです」

歩くことは出来ないにしろ油断は大敵だ、相手の方が遥かにリーチもパワーもある。なるべく間合いに入らないように距離を保ちつつ、椿は姿勢を低くした。

「しんぱいしなくても、すぐにらくにしてさしあげます。あるじさまにだいじなしゅめいをいただいたので、わたくしはここでおれるわけにはいかないのです」

言うが早いか思い切り地面を蹴ってバネのように飛び出した椿は、敵大太刀の横腹をすれ違いざまに斬りつけたかと思えば、そのまま背中を一刺しした。
痛みで身体を大きく揺らして暴れながら得物を振り回し始めた敵に腕を斬りつけられたが、すぐに離れると近くの木の枝へと飛んだ。

「このていどですか?さっきのほうがもっとずっといたかったですよ?」

椿が煽ると、その意味を理解しているのか敵大太刀は大きく唸った。

「まさか、こんなことをしてゆるされるなんておもわないでくださいね。わたくしたちのだいじなほんまるをこんなにしてくれたんですから」

こうみえてわたくし、はらわたがにえくりかえっているのですよ。そう言い放った椿の表情は、幼い見た目に反して酷く冷たいものだった。
先程の審神者の泣き顔を思い出し、思わず手に力が入った。

「あるじさまにあんなかおをさせたつみはきちんとつぐなってくださらないと」

椿は短く息を吐くと、木から木へと次々に飛び移る。本来なら音を立てずに移動することも容易いが、椿は敢えて移動中に大きく音を立てて枝を揺らし、相手の目と耳を撹乱していく。
死角から飛び出して数回斬りつけてはまた木へと飛び移り、同じように音を立てながら移動する。

いくら昼戦に強い大太刀と言えど、短刀である椿の機動で死角から襲われては反応が追いつかないようで、威嚇するように得物を振り回してはいるものの、椿の髪の毛一本にすらかすりもしなかった。

暫く繰り返していると、蓄積されたダメージが効いてきたようで敵大太刀が両膝をついた。
この時を待っていたとばかりに椿は高く飛び上がる。

「これでおわりです」

鈴が鳴るような声に敵大太刀が天を見上げたが、太陽に思わず目が眩んだ。
迫り来る椿の姿を視界に捉える前に、ザンッ!とその首は落とされた。


☆☆☆


秋田に連れられた隠し部屋は結界の効果により外の音が全く聞こえない。
みんな無事なのか、いつまで待っていれば終わりが来るのか、何も知ることができない審神者は一人祈るように蹲っていた。

すると、胸元でピロンと間抜けな音が鳴った。慌てて胸元から端末を取り出すと、この緊急事態を知らせ助けを求める為に連絡していた政府からのメッセージが届いていた。

そこには、本丸へ侵入した時間遡行軍の殲滅を確認したこと。
侵入経路の特定と無効化の処理済みであること。
そして、破壊された刀剣が一振りもいないことが記されていた。

審神者は読み終えると同時に端末を投げ捨て震える足で隠し部屋を飛び出した。みっともなくたっていい。それでも審神者は今すぐに会いたかったのだ。
一振りも欠ける事なく本丸を守ってくれた彼らに。
無事でいてくれた彼らに。

出てみれば外は酷い状態だった。とても住める環境ではなくなってしまっていたが、そんなことはどうでも良かった。
本丸内を駆け回っていると、あっという間に審神者の無事を確認しに来た刀剣たちに囲まれて身動きが取れなくなる。

その輪に加わろうとしている刀が一振り、

「あるじさま」

聞こえた声に審神者が振り返ると声の主はにっこりと笑う。

「しゅめい、きちんとはたしましたよ」
「……うんっ、うん!おかえりなさいっ……!」

最早誰のものかわからない誉桜が、風に吹かれて辺りに舞い上がった。


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