それは穏やかな日常

玉狛支部を出てすぐのこと。ふわりと髪を撫でる柔らかい風を感じつつ川を眺めて歩いていたら、「彩葉さん」と後ろから声が掛かった。振り返れば、声の主である迅が軽く手を振りながら近付いてくる。
小走りで追いついてきた迅は、最上さんのお下がりのサングラスを首から下げているけど、流石にぼんち揚は持っていなかった。玉狛の迅の部屋にたくさんあるそれ。元々好きではあったみたいだけど、いつからだったか常に持ち歩いてるイメージが定着したんだっけ。

「どこ行くの?」
「私夕方から防衛任務だから、それまで散歩しようかなって思ってたとこ」
「へえ、散歩。いいねえ、おれもご一緒しても?」
「いいけど……本当にただ散歩するだけよ?」

迅が「それでもいいよ」なんて言うから、「実力派エリートくんは暇なんだねえ」と揶揄ってみる。

「ははっ、これもパトロールのうちってことで」
「うん、まあそういうことにしといてあげよう」
「彩葉さんは優しいなあ」
「本当に思ってる? すごい棒読みに聞こえるけど」
「思ってる思ってる」

そんなおふざけをしながら、迅と私はただのんびりと歩きつつ言葉を交わす。今日本部に行ったら誰がいたとか、桐絵がまたとりまるの嘘に騙されたとか、本当になんでもない話。

「ねえ、彩葉さん」
「うん?」
「おれが今日の夕飯、当ててあげようか?」
「もう。それ、迅の場合は当てるんじゃなくて視てるんでしょ」

未来を視る事が出来る迅がこう言う時は、大体もう視えてる時だ。折角貴重なサイドエフェクトを持ってるんだから、もっときちんとした事に使えばいいのに。

「ありゃ、あんまり気にならない感じ?」
「だって今日の当番はレイジさんのはずだし、そんなに変なものは出ないと思うんだけど」

桐絵ならまだしも、あのレイジさんが変な料理を作るとは思えない。それでも迅が「いやぁ、どうかな?」なんて勿体ぶるから、私は「何か視えたの?」と尋ねてみた。
迅は勿体ぶったわりに「今日の当番レイジさんじゃなくなるよ」と教えてくれたけど、それを聞いた私は思わず心の中で桐絵じゃありませんようにと祈ってしまう。

っていうのも、桐絵の作るカレーは普通に美味しいし、特別今日はカレーの気分じゃないってわけでもないんだけど、問題なのは桐絵はたまに新しい料理にチャレンジして失敗してることがあるからだ。勿論、失敗しても食材を無駄にしないためには食べなきゃいけない。
代わったのがゆりさんとか支部長だったら良いんだけど、迅がわざわざこうやって言うってことは恐らく桐絵なんじゃないかな、という結論に至った。

「それって、やばいものじゃないんだよね?」
「流石にそこまでじゃないかな。でも、なかなか面白いことになってると思うよ。だって、」
「おれのサイドエフェクトがそう言ってる……から?」

次の言葉が予想できて被せるようにして言ってみせると、迅は目を丸くして固まった。その顔があまりにも面白くて思わず吹き出してしまった。

「っふふ、そんなにびっくりした?」
「いや、心の準備が出来てなかったというか。……なんか、すげぇ恥ずかしいんだな。これ」
「あははっ、いいじゃん。迅の決め台詞、私は好きだけど?」

迅は会話の中でも誰がどういう反応をするかを視ることができるけど、私はサイドエフェクトのおかげで迅の予知が介入できない分こういう不意を突きやすい。今みたいに簡単に迅を驚かせられるのは私の専売特許みたいなものだなーって考えたら、つい顔が緩んでしまいそうになって、誤魔化すために大きく伸びをした。

「はぁ……、私はそろそろ防衛任務行こうかなっ」

周りを見渡すと、話しながら歩いていたからかいつの間にか玉狛からだいぶ離れた所に居て、どれだけ話に集中してたんだって思った。迅は気付いてたんだろうか。

「散歩、付き合ってくれてありがと」って迅を見上げると、丁度迅に名前を呼ばれて。「ん?」と短く返事をすれば「気を付けてね」なんて真面目な顔で言われた。昔からそうだけど、迅は私に対して心配しすぎな気がする。いい加減迅は私の実力を認めて欲しいんだけど。

「言われなくても」
「彩葉さんは頼もしいなあ」
「迅が心配性なだけでしょ。私その辺の雑魚なんかに負けないし」
「そりゃそうだ」

一瞬二人で顔を見合わせてから、私はポケットに入れておいたトリガーを起動する。

「それじゃあ迅、またあとで」
「うん、いってらっしゃい。彩葉さん」

私は地を蹴り高く飛び上がると、迅に見送られながら自分の配置場所へと向かった。


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