いたずらはほどほどに

 今日はハロウィンということで、街の中にはお菓子をもらうべく仮装をした子どもたちで賑わいをみせていた。
 そして、子どもたちのために一緒にイベントを盛り上げて欲しい、との依頼を受けた凛々の明星のメンバーは、それぞれ仮装をしたうえで何組かに分かれて行動しながら、お菓子を配り歩くことになった。
 くじ引きの結果ペアになったユーリとヒナも、子どもたちからの『トリックオアトリート』攻撃に対応できるように、カゴいっぱいにたくさんのお菓子を用意して街中を歩いていたが、気がつけば最後のひとつになってしまっていた。そんなふたりに、子どもが駆け寄ってくる。

「とりっくおあとりーと!」
「わあっ! かわいいかぼちゃのおばけさんだねえ〜。はい、お菓子をどうぞ〜」
「わーい! ありがとうおねえちゃん!」

 ヒナから受け取ったお菓子を小さな手で大事そうに抱えながら、嬉しそうに微笑む子どもに、ヒナもつられて頬が緩んでいく。ばいばい! と振られた小さな手に手を振り返してから、ヒナはふぅ、とひと息をついた。

「お菓子、あんなにたくさんあったのにぜーんぶなくなっちゃったね」
「そうだな。また他のガキどもに捕まる前に帰らねぇとな」
「ふふっ、いたずらされちゃうもんね」

 お菓子がなくなってしまった今、『トリックオアトリート』攻撃をされると大変困るのだ。そのため、子どもたちに見つかる前にそそくさと帰ってきたユーリとヒナだったが、部屋の中は静かでまだ他のメンバーが帰ってきていないようだった。

「ただいまー! って……あれ? みんなはまだ帰ってきてないみたいだね?」

 お菓子を入れていたカゴをテーブルに置いたヒナは、扉を閉めた状態でその場から動かないユーリの方へ振り返った。

「? ユーリ? どうしたの?」
「……なあ、ヒナ」
「なぁに?」
「トリックオアトリート」

 まさかユーリの口からその単語が飛び出してくるとは思わず、ヒナは慌てた様子で衣装のポケットやカゴの中を探し回るも、ユーリに渡せそうなお菓子が見つからない。非常にまずい。にやにやとヒナを眺めるユーリは追い討ちをかけるように口を開く。

「ほら、菓子くれねぇならいたずらしちまうぞ?」
「ま、まってまって! わたしお菓子はさっき全部あげちゃったんだよ!?」
「ほう? じゃあいたずらされても文句は言えねえよな?」
「えーっと、えっと……じゃあわたしも! トリックオアトリートっ!」

 閃いたと言わんばかりのヒナは、両手をぱっとユーリの前に差し出す。一瞬固まったユーリに、これなら仕返しができる! と思いながら勝ち誇ったようにヒナは続ける。

「ふっふーんっ! ユーリだってさっき全部配っちゃったからもうお菓子は持ってないはずでしょ? わたしもいたずらしちゃうんだからね!」

 手をわきわきと動かしながらヒナがユーリに迫ると、そんなヒナの眼前に現れたのは一つの小袋。ユーリの持つその小袋の存在に、ヒナはミルクティ色の瞳を丸くさせてから、ユーリの手から小袋をそっと受け取る。それは可愛らしく包装された猫の型抜きクッキーだった。

「わぁ猫ちゃんのクッキー? かわいい!」
「だろ? これでオレへのいたずらはナシだな」
「……わ! ほんとだ! ユーリ、いつの間にお菓子なんて持ってたの!?」
「さあ? なんでだろうな」
「ううっ、隠してたなんてずるいよぅ」

 もらったクッキーを大事そうに持ちながらも、悔しそうな表情を浮かべるヒナは、少しでもダメージを軽くするためにユーリに意思表示をすることにした。

「わたし、怖いのとか痛いのはいやだからね!?」
「流石にそんなことはしねえよ」
「むぅ、じゃあどういういたずらなの?」
「いいから、目ぇ閉じてろ」
「う、うん」

 ユーリの言う通りにゆっくりと目を閉じるヒナ。コツ、とブーツの音がするのと同時に、すぐ目の前にユーリの気配を感じた。距離が縮まったことは分かっても、その姿を見ることが出来ないというだけでこうも不安になるものなのか。ほっぺたをつねられるのか、はたまた擽られてしまうのか。
 ヒナは考えうる限りのいたずらをいくつも思い浮かべながら、一体どんなことをされてしまうのかと胸元でクッキーを包み込むように両手をきゅっと握っていると、震えるヒナの唇に、ふにっとあたたかい何かが触れた。
 思いもよらない場所への接触に、勢いよくぱちっと目を開けたヒナは、自分の唇に触れていたものの正体が、ユーリの唇……ではなく、彼の指先だったことに気がついた。きょとんとした表情のヒナを見て、ユーリは満足そうな笑みを浮かべながら口を開く。

「っはは、キスされたと思ったろ?」
「だ、だって! 今の、誰だって勘違いしちゃうよっ!」
「なんだ? して欲しかったんならお望みどおりしてやるけど、どうする?」

 そう言ってにやりと笑ったユーリに、先程からずっと心臓がどきどきしっぱなしのヒナは、これ以上はもたないと考えて精一杯首を横に振った。

「そんなにいやなのかよ」
「む、むりっ! もうわたし着替えるからユーリはあっちいってて!」

 真っ赤な顔でユーリをドアの方へと追いやるヒナ。想像していた通りの反応を見せるヒナにまだまだいじわるをしてみたい気分になるものの、あまりやり過ぎるとしばらく口を聞いてくれなくなりそうだと、ユーリは大人しく部屋の外に歩いて行くのだった。


[ 13/17 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -