あま〜いご褒美はいかが?

「うぅっ……さ、さむいよぅ……」

 まだ雪は降っていないとはいえ、冬特有の肌を刺すような冷たい空気にヒナはぶるりと身震いをする。
 凛々の明星の中でも一、二を争うほどの寒がりであるヒナが、どうしてわざわざ寒い街中に繰り出しているのか?
 答えは簡単。今年最後の依頼を受けたからである。
 タイミング悪く体調を崩してしまった老人からの「きっと孫はクリスマスプレゼントを楽しみにしているだろうから、動けない自分の代わりに届けてくれないだろうか?」という依頼。ヒナは自信満々に引き受けたはいいものの、あまりの寒さにほんの少しだけ依頼を受けたことを後悔した。
 とはいえこれも立派な依頼である。任された仕事を放り出すことも、孫のためにプレゼントを届けてほしいという老人の気持ちを無碍にすることもできない性格のヒナは、自分で引き受けた依頼はちゃんと最後までやらなきゃだよね、と寒さに挫けそうになる気持ちに活を入れてから、プレゼントの入った箱を抱えながら届け先の住所と地図の書かれたメモに視線を落とす。

「えっと……おうちは確かこの辺りのはずなんだけど……?」

 広い帝都の中でも、比較的知っている地域で助かったと内心ホッとする。今までメンバーから散々注意されたこともあり、自身の方向音痴を自覚しているヒナは、知らない土地を一人で行動することには多少の不安があったのだ。
 迷子にならないようにメモをしっかりと確認しながらしばらく歩いていると、何事もなく目的地にたどり着くことができた。きちんと迷わずに到着できたことにまずはひと安心してから、本来の目的であるプレゼントを渡すべく玄関の扉にコンコン、とノックをする。すぐに「はーい」と女性の声が聞こえたかと思えば、目の前の扉がゆっくりと開かれる。出てきた女性は見慣れないヒナの姿を見て不思議そうに首を傾げた。

「あら? どちら様かしら?」
「こんにちは、わたしはギルド・凛々の明星の者です! 今日はおじいさんからメノウくんへのプレゼントをお届けにきたんです」
「まあ、ギルドの人なのねぇ。わざわざご苦労様。メノウー? おじいちゃんからのプレゼントですって!」

 母親が家の中へ声を掛けると、「本当!?」という大きなとても嬉しそうな声と、ドタドタと階段を駆け下りてくる音が聞こえた。玄関に現れた少年は、興奮が隠せない様子で目をキラキラと輝かせながら、プレゼントを持つヒナを見上げた。

「ねえねえ! お姉さんの持ってるのがプレゼント!?」
「こらメノウ。ご挨拶はしっかりしないとだめでしょう」
「あっ、ごめんなさい。お姉さんこんにちは!」

 叱られてもなお元気よく笑顔で挨拶をする少年に、ヒナもつられて微笑む。

「ふふ、こんにちは! 元気いっぱいだねぇ」

 と言ってから少年の目線に合わせるようにヒナはしゃがむと、抱えていた箱を少年に差し出す。

「お姉さんはね、これをきみのおじいさんから預かってきたんだよ。はい、どうぞ」
「うわーい! お姉さん、ありがとう!」
「どういたしまして。今日は来れなかったけど、おじいさんの具合が良くなったら、ちゃんとお礼を言ってあげてね」
「うん! わかった!」

 余程楽しみにしていたのか、箱を抱きしめたままぴょこぴょこと飛び跳ねる少年に心があたたかくなるのを感じながら、ヒナは立ち上がって母親に向き直る。

「じゃあ、わたしはお仕事はここまでなので、そろそろ行きますね」
「本当にありがとう。とても助かったわ」
「わたしもメノウくんの喜ぶ顔が見られて良かったです! もし何か困った事があったら凛々の明星に声をかけてくださいね」
「ええ、是非お願いすることにするわ。さあ、メノウもさよならしましょう?」
「お姉さん、ばいばい!」
「うん、ばいばーい!」

 ヒナと少年がぶんぶんと手を振り合ってから、母親はヒナに頭を下げるとゆっくりと扉を閉めた。
 これで無事に依頼は完了。そして、今回の報酬は先払いのため、ここまままっすぐ帰宅できるのはとてもありがたかった。きちんと仕事を終えたことで晴れやかな気持ちのヒナは、早く帰って暖炉であったまろうとくるりと踵を返す。

「……ふふっ。やっぱり子どもってかわいいなあ」

 思いがけず元気をお裾分けしてもらったヒナは、寒くても頑張ってよかったなあと思いながら、自然と緩んでしまう口元を隠すようにしてマフラーに顔を埋めたのだった。

***

「ただいま〜! ふわぁ……寒かったあ」
「お、ヒナか。おかえり」
「ユーリ、早かったんだね! わたしが一番かなって思ってたんだけど」

 宿へ戻ってきたヒナを出迎えたのは、広い部屋の真ん中でどっかりと椅子に座り、武器の手入れをしていたユーリだ。そんな彼の側にいつも居るはずの相棒・ラピードの姿がないところを見ると、誰かの付き添いにでも行っているのだろうか? と考えながらも、ヒナはいそいそと重ねていた防寒着を脱いでいく。
 聞けば、ユーリもヒナと同じように依頼を受けていたが、どうやら思いのほかすぐに終わる仕事だったらしく、こうして余った時間で武器の手入れに勤しんでいた、というわけらしい。

「お疲れさま、ユーリ」
「さんきゅ。ヒナもお疲れ」
「えへへ、ありがとう〜。みんなはもうちょっとかかりそうかな?」
「つってもぼちぼち帰ってきてもいい頃だろ。色々準備もしないといけねえしな」

 ユーリの言う準備というのは、今日の晩に行われる『一年お疲れ様でした会』のことだ。
 もうすぐ今年が終わろうとしているから、美味しいものを沢山食べて一年間頑張った自分達を労おう! というレイヴンの意見が珍しく受け入れられて、ちょっとしたパーティーを開くことになったのだ。提案しておきながらもいつものように却下されるものだと思っていたのか、あっさりとカロルに肯定されたときのレイヴンが逆に驚いてしまったせいで、「うるさい!」とリタからの鉄槌が下されたのは記憶に新しかった。

「そうだよね! わたしたくさんおいしいもの食べれるの楽しみだなぁ〜。ねえねえ、ユーリは何か食べたいものとかあるの?」

 まだ見ぬ御馳走たちに想いを馳せるヒナからの質問に、変わらず手入れをしている手を動かすユーリは「オレは美味けりゃなんでもいいぜ」と返してから、にやりと笑った。

「いっぱい食べるって張り切るのは結構だが、程々にしとかねぇとあとでしんどいのは自分っていうのだけは忘れんなよ」
「もう、だいじょうぶだよユーリ!」

 ようやく防寒着をすべてしまいこんだヒナは、そそくさと暖炉の前にしゃがみ込んだ。もしヒナが帰宅一番乗りだったなら、もちろん暖炉なんてついているわけがないので冷えた部屋が暖まるまで時間がかかっていただろう。しかし、先にユーリが帰っていたことで部屋は既にいくらか暖かかったことにヒナは心の底から感謝した。
 暖炉に手をかざしながらゆらゆらと揺れるヒナの姿を見て、ユーリは手入れをしていた手を止めた。

「寒いならなんかあったけー飲みもんでも作ってやろうか?」
「ふぇ!? い……いいの?」

 思わず振り返り、ユーリを見上げたヒナが控えめに問えば「頑張ったご褒美、ってやつな」と返される。せっかくの申し出に遠慮してしまうのも違うかと、ヒナはありがたく受け入れることにした。

「えと、じゃあお願い、してもいいかな?」
「はいよ。なんかリクエストあるか?」
「ううん! ユーリにお任せするよ」
「りょーかい。ちょっと待ってな」

 ユーリがすれ違いざまにヒナの頭にぽすっと触れてから部屋を出て行くのを、ヒナは嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしたまま、扉の向こうに消えていくユーリを見送った。

***

 自身と同じく甘いもの好きなヒナのために少し甘めのホットココアを作ったユーリは、部屋に戻る途中でちょうど帰ってきたレイヴンに遭遇した。出来るなら今一番顔を合わせたくなかった人物の登場に、思わず「なんつータイミングだよったく」と小さく漏らしたユーリの言葉を聞き逃さなかったレイヴンは、ここぞとばかりに食いついた。

「え、なになに? おっさんが帰ってきたら困ることでもあった!? はっ! もしかして女の子と隠れてイチャイチャしちゃってたり〜? もう青年ってばヒナちゃんという可愛いカノジョがいながらダ・イ・タ・ン! 流石モテる男は違うわぁ」
「おっさんのその妄想は一体どこから出てくんだよ。んなわけねーだろ」

 空いた手で握り拳を作り、今にもゲンコツをお見舞いそうなユーリを見て慌てて「冗談よもうジョーダン!」と訂正したレイヴンは、拳とは反対のユーリの手から漂う甘い香りに気がついた。

「おりょ、それってココアじゃないの? 珍しいわね、青年がココア飲むなんて」
「飲むのはオレじゃねぇよ」

 普段はヘラヘラとしているくせにたまに目敏いのが腹が立つ。と視線を逸らしながら答えたユーリに、レイヴンは思い当たる節があったのか、にやにやと顔を緩ませる。だらしがなくなっていくレイヴンの顔に、だから会いたくなかったんだよ、と思いながらユーリはため息をついた。

「もしかしなくてもヒナちゃんのでしょ?」
「あぁそうだよ。ほんっとおっさんってそういうとこあるよな」
「もう! 褒めないでよせいねーん! おっさん照れちゃう」
「褒めてねえ」
「でもでも、青年ってば寒がりなヒナちゃんのためにあったか〜い飲み物作ってあげるなんて、意外と可愛いところあるじゃないの!」

 調子に乗ったレイヴンに言われるままだったユーリは、ふと、とあることを思い出した。

「……そういや、おっさんも寒がりだったよな?」
「え? まあ、おっさん寒いのはあんまり得意じゃないわね」
「じゃあ寒がりなおっさんにもオレの愛情と砂糖たっぷりのココア作ってやるからちょっと待ってろ」
「うげぇ……勘弁してよ青年。甘いのはもっときついって……」
「ならそれ以上何も言わないこったな」

 これでもうからかってくることはないだろうと、せっかく作ったココアが冷めてしまう前に、ユーリは何か言いたげなレイヴンを引き連れて、ヒナの待つ部屋へと戻って行くのだった。


[ 10/17 ]

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -