標的3



 学校は、自分にとってどういう場所なのだろうか。蓮華は空を見上げながら考える。
 こんなにも空が青くて晴々としているのをみているとごちゃごちゃとしたことを考えていることが馬鹿らしくなる。

 並盛中へ向かう道は、帰り道よりも明るい。だからだろうか、蓮華の足がこんなにも軽いのは。

 考え事をしているうちに学校につく。蓮華はガラリと教室の引き戸を開けた。そして真っ先に目に入った京子にむかって挨拶をする。


「やっほーっ! おはよう京子ちゃんっ」

「おはよう蓮華ちゃん」


 ぶんぶんとオーバーに手を振る蓮華。京子はにっこりと手を振り返した。
 まだ、朝のホームルーム前で、クラスメイトたち騒がしいく楽しそうだ。蓮華が教室に入ってきたことに気付くと、そのクラスメイトたちも口々に「おはよう」と笑った。それに蓮華もいつものように「おはようみんな」と返す。

 蓮華が席に向かう途中に、綱吉の姿が目に入った。

 沢田綱吉、通称ダメツナ。何をやっても失敗ばかり、だなんてふれこみのもと失敗記録を日々のなか更新中な彼。さりげないフォローなんてしてみたりするけれど、彼の前では彼女の行為もまったく意を無さなかった。
 けれども最近。ダメツナこと綱吉が変わった、ともっぱらの噂である。自分と関わりのないものには過度の干渉をもたないことを決めている蓮華でもおもわず手を出したくなるほどに、失敗続きな上にネガティブな綱吉が変わってくれたということは彼女には素直に嬉しいことだった。これから綱吉はどんどん変わっていくんだろうなと思う。教室では笑われることこそあれど、自分から笑うことはなかった彼が笑うようになったり自然とクラスの中にとけこんでいけると更に蓮華にとってはいいことだった。

 そして目に入った綱吉にむけてもまずは無駄に明るく挨拶を。


「おはよう、綱吉くん」

「おはよう空柩さん。昨日はありがとう」

「あはーっ、そんなこと。困ったときはお互いさまだよ。それで、宿題のほうは順調そう……でもないね」

「あはは……」


 ポリポリと頭の後ろをかきながら、苦笑いする綱吉。その机の上には数学のノートが広げられている。宿題、終わらせる時間は十二分にあったはずなのになぁ、と蓮華は内心で首を傾げた。何か用事でもあったのだろうか。


「宿題、難しかった? それとも忙しくてやる暇がなかったとか」


 綱吉としては、そのどちらにも頷きたい気分だったが、


「最近、うちに来た赤ん坊がさ……」


 一瞬遠くをみるような目をする綱吉。なんか、苦労してるなぁと蓮華は思った。綱吉の言った単語に何処か引っかかりを覚えて蓮華は聞き返した。


「赤ん坊?」


 綱吉の家庭の事情を詳しく知るわけでは無かったが、それでも最近に弟や妹が出来たという話は聞かなかった。姪っ子やら甥っ子やらが家に連れてこられたのだろうか。でも綱吉に兄弟なんて――と続きそうな思考を綱吉によって遮られる。


「いやっ、ごめん、なんでもない。あっ!! そうだ、宿題だよ宿題!! ここの問いのところなんだけど、難しくって」


 蓮華は怪訝に思いつつも、綱吉が指でさしている個所を覗き込んだ。少々話題の転換の仕方が強引なような気がしないでも無かったが、それを掘り下げて気にしたところで、今の綱吉をいじめることにしかならないような気がするため、ともかく問題の文章を読んだ。なるほど、そこは他の箇所と違って多少のひねりが加えてあって難しい。今までの会話の段階を踏まえたら次に蓮華が綱吉に言うことは決まっているようなもので。


「わたしでよかったら、教えようか? 教え方の上手い下手は保障しないけれど」

「ホント!?」


 蓮華としてはそこまで大げさに喜ばれるとは思ってなかったので、微苦笑した。


「どうやら綱吉くんも最近苦労しているみたいだから、このくらいでよかったらいつでもお手伝いしましょうぞい」

「なにそのしゃべり方っ!」


 ぷっと吹き出す綱吉に蓮華は「うん、それだよ」と言った。笑わない彼よりも、笑っている彼の方がいい。そして何より一緒にいる者の心を明るくさせる。
 はぁ? と呆けた表情でいる綱吉のこうかくを、蓮華は指でにぃっと上げてみせた。


「綱吉くんはいつも自信なさげにしているけど、これからはそうやって笑ってるほうがいいよ」


 綱吉の性格上、それは難しいことかもしれないが。
 失敗を笑いに変えるというのは彼には困難だが、それくらいの明るさがあってもいいと蓮華##は思う。クラスにしろ、まわりを変えることが出来るのは自分しかいない。おもに環境的な意味では。
 並盛中にいる間中笑わせ続けることは無理でも、綱吉が笑顔をみせてくれるようになるまでのきっかけくらいにはなれたらな、というのは蓮華の空想論だろうか。

 それでも。

 きれいごとでもなんでも、心のうちで呟いている分には他人に迷惑をかけることは無いでしょう。


 


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