標的1


 人生とは分からないものである、という言葉を聞くが、もっともだと蓮華は思う。数か月――数週間まえの自分だったらどのように思っただろうか。


「――ま、どうでもいいんだけどね」

「うるさいよ」

「ああ、ごめんなさい――雲雀先輩」


 どうやら声にだしてしまっていたみたい、と蓮華は自分で苦笑する。それも、彼に聞えないように最前の注意を払ってから。雲雀は蓮華が通っている並盛中の風紀委員長を務めている先輩だ。他にも紹介すべきことはあるのだが、それはひとまず置いておいて。そんな風紀委員長な彼と蓮華がこの場でこんなことをしているかという部分を説明するときに人生とは分からないものであると蓮華が先ほどから考えているこれに戻ってくるわけである。
 しかして今は、閑話休題。蓮華は手元のペンを動かしながら、さらさらと文字を書いてゆく。この作業を始めたころには山積みだった紙の束も、いまでは残り少なくなっている。
 そろそろ書きものもおしまいか、と机の上に置いてあるペンケースにペンをなおすと、紙束をトントンと整頓した。


「せんぱーい、頼まれていた書類ここに置いておきますね」

「……そう」


 返答がそっけないのもいつものことなので、さして気にせずに帰り支度を始める。
 と、いっても鞄にペンケースを入れるだけで極めて簡単な作業ともいえないものだ。念のため忘れ物がないかの確認をしつつ、蓮華はもう一度、目の前の彼――雲雀を見た。
 ふっと雲雀が顔を顔を上げそうになったのをみとめ、慌てて視線を逸らす。あんまりにも彼のカンに触ることをしていると、難癖をつけられて叩かれかねない。右手につけている時計を確認すると下校時刻にあと三十分もしたらなろうかというところだった。今から帰る予定の蓮華としては、焦る必要もなくゆっくりしていても余裕で学校外に出ることができる。


 窓から見える空は夕焼け色だった。


 おつかれさまでした、と小さく呟きながら蓮華はその場を後にする。
 ひたひたと蓮華の足音だけが大きく響く。こんな時間まで残っているのは、雲雀と風紀委員くらいだ。それ以外の生徒は部活を終わらせてとっくに帰っている……はず。
 階段を降りながら蓮華は時間もあまったことだし、一学年の教室だけでも戸締りの確認をしておこうかと教室へと足を向ける。
 どうせ雲雀が戸締りの確認なんかもやってしまうんだろうなぁ、とは思うものの、何度確認しても悪いということにはならない。そう結論付けて、さっそく一学年の教室に向かう。扉を横にスライドさせながら

 ――C組は大丈夫っと。……ん?

 と、ノートが落ちているのを発見する。手にすると、それは何かのノートだった。名前の確認のために表を向けると、数学の文字とともに沢田綱吉の記名。今日は数学の宿題が出ていたから、電話でもして呼び出して届けた方がいいだろうか。学校に残っているのは蓮華と雲雀と――居ても風紀委員の誰かしらであろうから、綱吉が残っている可能性は限りなく低い。
 ノートからはみ出ている紙はテスト用紙だろうか。蓮華は礼儀として点数は見ずに、しっかりと中にはさみ直した。これまた大きな落し物だなぁ、とA組の教室から人の気配とガタガタと音がした。よく見なくても分かることだが、扉が開いている。蓮華は不審に思いながら、中をのぞいた。


「あれ? 何やってるの、綱吉くん」

「――ッ、空柩さん!?」

「そこまでびっくりしなくてもいいと思うんだけどね」


 ビクリと肩を震わせるのは彼女の探し人、クラスメイトの沢田綱吉だった。蓮華はクスリと笑う。今し方まで机の中を覗き込み何かを必死に探していた様子で、突然現れた蓮華に驚いたのか、ガンっと机で頭をぶつけていた。
 なんにしろ、ちょうどよかった。


「だいじょうぶ?」

「……なんとか。空柩さんは何してるの?」

「まぁ、いろいろとありまして。綱吉くんは何か忘れもの?」


 そう蓮華が問うと、綱吉は再び机の中に視線を戻しながら「そうなんだ」と頷いた。
 「ふうん」目を細めながら蓮華は二ヤリと口角を上げた。


「もしかして、その忘れものは数学のノートだったり。確か今日は数学の宿題が出てるよね」

「あっ! それ!!」

「ろうかに落ちてたのをさっき拾ったの。それでもって綱吉くんの名前が書いてあったからどうしようかなぁ、というところに綱吉くんが」


 ここに戻ってきたときに気付かなかったのかな、というのをのみこんで。右手で掲げて見せたノートを、彼は素早い動作で奪い取った。


「中身、見たりした……?」

「みてないよ。わたしだってヒトのものを勝手に使ったり、見ちゃったりはしないけどね。はみ出てたから中に戻しはしたけど」

「ご、ごめん……ありがとう」

「気にしないでいいよー。よしっ、じゃあ綱吉くんの用事も済んだところで、教室の鍵はわたしに渡してもらおうか! って何かシャレみたいだよね」

「何言ってんの蓮華さん!? じゃなくて! 別にいいよ、忘れ物したのはオレだし鍵くらい」

「職員室にちょっと用事があって、そのついでだから」


 ――用事なんて、わたしには無いけれど。

 腕時計がさす時間は、完全下校時刻にあと少しといったところ。そろそろ雲雀が動くころだろうか。目の前でわたわたとしている綱吉が雲雀と遭遇した場合、物も言わないうちにやられてジ・エンドになるだろう。
 彼に任せるよりも、こういうことは蓮華がやってしまった方がいいわけが利く。


「でもっ」

「いーんだよい。それに、これ以上残ってると、こわーいお人が来ちゃうからね。綱吉くんも早く帰った方がいいかもよ」

「こわい人?」

「そうだよ、しかも強いの」


 綱吉から鍵を受け取りながら、だから良い子は早くお家に帰っちゃうといいんだよと言う。「また明日ねー」あはーと能天気に笑いながら手をふる蓮華に綱吉は首をかしげながら「また明日」と返す。
 鍵を所定の位置にかえし、人の居ない職員室をみた。教員職は公務員なので残業手当なんてつくことはないが、それでも残って仕事をすることなんてままあることのはず。――原因も嫌と言うほど分かり切っているのだが。


「……雲雀先輩のこと、怖がりすぎ」


 それでいて、こういうときに限って。


「僕が何?」

「ひっ!? ――な、ひば、雲雀先輩」


 蓮華が後ろを向くと、むすっとした顔で彼女をみる雲雀の姿。トンファーを両手に持つ彼はどうやら見回り中らしい。
 あちゃあ、タイムオーバー? なんてへらへら笑う蓮華に、大きな声出さないでよとたしなめる雲雀。これは先に綱吉のことを帰しておいてよかったかもしれない。とはいったものの、安心要素なんて一握りもない。おもに蓮華の身の安全的な意味で。


「まだ下校時刻はすぎてないけど――なにしてるの」

「……まぁ、いろいろとありまして?」

「ワオ、なんだいそれ。風紀委員が風紀を乱してどうするの」

「それって確定事項なんですよねぇ」


 雲雀のそれに、蓮華は困ったように笑う。


「いまさらなことを。まぁいいや、次にみつけた時は咬み殺すよ」


 学ランを翻して、蓮華の前を通りすぎていく雲雀もいつも咬み殺してばかりではないらしい。すでに興味は蓮華からそれており、いつの間にかこわばっていた体の緊張を解いた。

 ――ホントに。何やってるんだろう、わたし。

 自称平々凡々で、意味も無くそれでいて胡散臭く平和主義をうたっている蓮華が雲雀と同じ部屋の空気を吸うに至っている理由。それはへらりと笑うこの少女が、先に雲雀が言ったとおりの風紀委員だからだ。

 


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