標的9



 なんとか一日を終えて、家路につく。
 たまには、不知火に送迎をしてもらわない日があってもいいか、彼女は今日、あえて徒歩を選んでみた。帰るのに時間はかかるが、彼のことだ。きっと何処かで蓮華のことを拾ってくれる。急ぐわけでもないし、ゆっくり帰っても構わないだろう。不知火には怒られるかもしれないが。蓮華は不知火のそういうところが嫌いではない。

 あたりはまだ明るく、足もとがはっきりと見えるほどだ。まだ薄く青い色をしている空の中で、月は丸く、白く、光っている。そのまわりでは、一番星が淡く輝いていた。


「――おい」


 蓮華は怪訝そうにあたりを見回した。少年の声であったようだが、それが自分を呼んでいるものだとはつゆほどにも思わずに。ただ、自分の他には誰かいただろうかと、人を探す。
 ぐるぐると視線をさ迷わせるも、蓮華の周りにいたのは少年だけだった。銀髪で緑目。日本人にしてはいささか目立つその外見だが、それは自前のものだろうかと疑問が浮かぶ。なぜだか自分のことをじっと睨むように見る少年に、蓮華は目つきが悪い人だなぁ、と興味をやらず、再び帰路につこうとした。
 まわりにいるのは、少年だけであったし、声を上げた者がいたとすれば、それはこの人であろうけど、自分の他に人など居ないし、少年が自分のことを呼ぶ理由がないしきっと空耳に違いない。


「聞こえてんだろ、無視すんじゃねえっ!」

「えっ? なに、わたし?」


 上げられた大きな声にびっくりしながらも、蓮華は指で自分のことを指した。


「どう考えても、お前以外にいねぇだろうが! ぼけっとしてんな」

「……はぁ」


 ――何の用事だろう、知り合いだったっけ。

 思い返すも、少年の顔に見覚えはない。銀髪、緑目と言うだけで目立つのに、その上彼の容姿は整っていた。出会ったときのインパクトは無くとも、自分の知り合いであったとしたら絶対に忘れない。しかも、よく見ればこの少年、たばこを吸っているような。おそらくは蓮華と同じか、それより少し年上であろう少年はいったい何の用があるのだろうか。そしてこの少年、銀髪が地毛じゃなかったとしたら、とんだ不良少年だ。加えて、初対面の者にたいする言葉づかいもいただけない。
 蓮華はどうやら自分が絡まれているらしいことをようやく理解する。

 ――人気もないし、もしかしてカツアゲかな?

 とジャンプを開始。


「ほら、わたしみたいな一般中学生をおそっても、お金なんて持ってませんよーっと」


 ジャラジャラと小銭の音すら鳴らないスカートのポケットの中身を引っ張り出して、少年へと示す。「はぁ?」と声を上げる少年の反応をみて蓮華は「あれ、お金じゃないの」と返した。
 やんちゃなお兄ちゃん(不良)と一戦を交えるなんてことをしたくはない彼女は、ほっと一安心をした。

 ――ふうむ、それでは。


「……いよいよもって、なんの用かが分からないよ。風紀関係? それとも、道に迷ってしまっていてわたしに道を尋ねようとしている、とか?」


 聞きながら、彼女はそれはないと思った。彼はきょろきょろと、不審な行動をとっているわけでもないし、迷っている風ではない。
 すると、少年は彼女に話させているだけでは話が進まないと思ったのか、舌打ちでもしそうな勢いで口を開いた。


「お前、空柩の子供だろ? こんなところで何やってんだよ」

「……なんと。いよいよ、わたしの名前も、こんな見ず知らずの少年に知れ渡るまでに。有名人だねっ!」


 動悸がするのを隠すように。焦らずに、気持ちを落ち着けながら。
 この前に会ったリボーンとかいう赤ん坊のせいで、へんに身構えてしまうようになってしまった。

 ――名前がなんだ。そのくらい調べることが可能だよ。……今度は、何の目的をもって、という疑問が出て来るけれど。

 蓮華は一呼吸おいてから、イライラと自分のことを睨みつけて来る少年と目を合わせる。この程度のことでいちいちビクついている自分を、ふがいなく思う。
 並盛中学校に転校してきたのは、何のためだったというのだろう。しっかりしなければ。
 少年は、蓮華のことを疑心に満ちた態度でみたのち。馬鹿にしたような、物事に納得がいったような表情を取った。


「もしかして、知らないのか?」

「……何を? 君は、わたしと知り合いではなかったよね」


 蓮華の態度を少年はハンッと鼻で笑う。


「和仁(かずひと)さんの娘だっていうから、どんな奴かと思えば。ただのチビじゃねぇか。その気の抜けている顔、本当に和仁さんの娘かよ」

「初対面の人に、そんなこと言われる覚えはないと思うんだけどなぁ」


 和仁。つまり蓮華の父親の名前。それを知っているということは。そして、彼女も彼がしたようにあぁ、と何かに合点がいったような声を出した。


「そっか、君がゴクデラくんか、わたしのイエのお隣さん。名乗ってくれたら、こんなに時間をムダにすることもなかったのに」


 ――イエのことを知っていて、わたしのことを知っている。あの人のことも知っている、と。不知火が言っていたお隣さんは、この人のことか。

 いつだったか、不知火に聞いたお隣さんの名前、獄寺隼人。そうか、この人が。

 薄暗くあった空は黒く染まり、月の輪郭をよりはっきりとさせていた。普段は決して人通りが少ないというわけではないこの道も、今は二人以外誰もおらずに寂しくあった。
 「じゃあ、わたしはこれで」と踵を返そうとする蓮華を獄寺は呼びとめる。


「じゃあ、わたしはこれで、じゃねぇよ。何勝手に帰ろうとしてんだ!」

「だって。獄寺くんはわたしのイエのことを知っているんでしょう?」

「だったら、どうだって言うんだよ」


 和仁さんに聞いてんだから、当り前だろうが、というのを飲み込んだ彼に彼女は言う。


「わたし、そういうヒトと関わるのはごめんなのです」


 にっこりとする彼女の態度に、苛立ちが頂点に達した獄寺は、くゆらせていた煙草を足でもみ消した。へらへらとしている蓮華にダイナマイトを使ったら、すっきりするのではないかと考えた。しかし、こんな場所、しかも丸腰の女にそれを使わないくらいの分別はあるつもりだ。だけど、へらりとしている彼女を見ていると、無性に殴りたいような気持になってくる。女である蓮華に手を上げるなんてこと、冗談じゃないと思うほどの理性は残っているが。不意に。


「――弱虫」


 と、何を思ったか、彼女は呟いた。
 冷静になろうと努めていた過程で、それが耳に届いた獄寺は、静めていたものが再び波打ち、頭にかぁ……っと血が上るのを感じた。通常であれば、その程度で熱くなることなどないはずなのに。彼女をみていたら、意味も無く腹が立つ。

 瞳の奥で人を馬鹿にしたように笑っている蓮華を殴れば、気がおさまるだろうか。

 気がつくと、自制がきかなくなった体で彼女に向かって拳を振るっていた。かろうじでダイナマイトを使うことだけは避ける。途中で蓮華の口車に簡単に乗ってしまった自分に心付くと、どうにか力をセーブしようとしたが。その手は吸いこまれるように蓮華の頬におさまり、彼女の肢体を飛ばしていた――はず、だった。
 というのも、目の前には苛立だしいやら焦っているやらという獄寺と対照的に、落ちついて笑っている蓮華の顔があり。彼が放ったはずである拳は、蓮華の手によって軽く止められていたからだ。一般人ならば、避けることも難しいだろうはやさで打たれたそれをだ。


「……お前」

「口を開けば和仁だの、空柩だのってクダラナイ。わたしがムキムキマッチョな体をしてたら、納得がいったのかな、獄寺くんは。それともこうやってわたしが、獄寺くんのそれくらいだったら、止められるってことを見せたら納得してくれる?」

「……ッ」

「――だから。わからないかなぁ、獄寺くんが逆の手で殴ってこようが、そのふところにあるそれでわたしを攻撃しようが。受けることは容易だっていってるつもりなのだけど」


 パシッと。再び放たれたそれを受けてみれば、彼は黙ってしまった。武器は無くとも、このくらいなら出来ないこともない。喧嘩をするのは好みじゃないけれど、これでナットクしてくれるのなら、こうすることもやぶさかではない。
 と。遠くから車のクラクションの音が鳴り、見覚えのある車が止まったかと思うと、中から不知火が顔を出した。


「蓮華さま、捜しましたよ」

「なんだー、結局帰りは車か。せっかく歩いていこうと思ったのに、ざんねん」

「御冗談を。こうなること、分かっていらしたのでしょう」


 茫然としている獄寺に不知火は一礼をすると、蓮華を車に乗せてドアを閉じた。一言、失礼しますと残すと、ハンドルを握り、家路を走りだした。残された少年は隠しきれないもやもやとした気持ちを壁にぶつけると、車が去った方とは反対の方へ歩き出した。始まりと同じように、終わりもまたすぐに過ぎていくのだった。


 


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