林檎飴-novel- | ナノ

* 林 檎 飴 *
春夏秋冬-春-

◆ 春

薄暗い部屋の中で一つの影が動く。灯りを点けず、ただただ手探りで何かを探し目的の物を見つけるとゆっくり身体を起こす。
そして、身体を壁に預けるよう座りカチャンと金属音がシンとした部屋に響いた。次の瞬間、部屋は明るくなる。金属音の正体はオイルライターだ。小箱から出していた煙草を一本、人差し指と中指の間に挟み口に咥え吸いながら先端に火を付ける。
元々喫煙者ではなかったが最近は慣れた物だ。ただ何となく吸い始め、今も時々吸っている。その行動は何かを確かめているのようにも見えた。

「ふー……」

口の中に溜まった煙を吐きながらオイルライターの蓋を閉じ、再び部屋は薄暗くなる。しかし、それでは灰皿が見えない為、煙草を吸う男はベッドサイドに付いていたランプを灯した。
部屋が少し明るくなり、男の姿がハッキリする。男の割りには髪が長くストレートな黒髪が軽く結われており、上半身はシャツに袖は通しているがボタンは止められていない。
灰皿の横に置かれていた懐中時計に手を伸ばす。蓋を開け時間を確認すれば、五時二五分。もうすぐ日が昇るだろう。

「んっ……あ、さ……?」
「まだだ……もう少し寝てていい」
「また、煙草……」
「うるせぇ……寝てろ……」
「ん……じゃあ、もう少しだけ寝ます……」

ランプの灯りと音に、男の横で眠っていた者が身を捩った。そして、ゆっくり顔を上げ、寝惚け眼を擦り少し掠れた声で話す。白銀の髪が揺れ、左目には額から頬に向かって傷がある。男ではあるが身体付きは少し華奢だ。
そんな彼の頭を男は撫でる。擽ったそうに目を細め、再び夢の世界に落ちるのは時間の問題だろう。
男の手に持つ物や、部屋に漂う匂いに彼は一瞬ムッとしたが、優しいトーンと撫でる手に安心した様に目を閉じる。そんな姿を意地悪くニヤリと笑いながら見つめる。
そして、煙草を口に含み息を吐き、持ち手ギリギリの所で灰皿に擦り付け火を消した。
外を見れば、カーテンの隙間からオレンジ色の強い光が見える。今日も変わらぬ朝を迎えた―――……。



「神田……起きてください!」
「……」
「神田! 朝ご飯冷めちゃう!」
「……起きてる。寝起きに叫ぶなバカモヤシ」
「誰がモヤシですか!!」

ベッドの端に座り白銀の髪を持つ青年、アレン・ウォーカーは眠っている彼の身体を揺らす。初めは優しく。しかし、反応のない彼に叫ぶ様叩き起こす。
そして、その声に反応した黒髪の青年、神田ユウは眉間に皺を寄せながら目を開け、まだ少し眠そうに目を細めていた。

「中途半端の時間に起きるから、ちゃんと朝に起きれないんですよ」
「仕方ねぇだろ……癖だ」

身体を起こし、神田は軽く結っていた紙紐を解く。そのまま再び結うとアレンの方に目を向けた。すると、少しシュンとした様子の彼が目に入り失言だったか、後悔する。

「そりゃそうでしょうが、って、ちょ、何するっ……ンッ……」

そして、アレンの身体を引き寄せ優しくベッドに組み敷くと、奪う様に彼の唇に噛み付くようキスをする。煙草の影響か、ほんのり苦いキス。だけど、嫌いではない。

「腹減った……」
「僕は御飯じゃありません! もう、折角作った朝食冷めちゃうじゃないですか!」
「着替えたら行く」
「また寝たらダメですからね!」

顔を赤くしながら、アレンは神田から逃げるようベッドから下りる。そのまま部屋から出たが、言い忘れたと言わんばかりに戻って来た。
そして、今度こそリビングに向かった様だ。その姿にフッと口元に笑みを浮かべ、神田はベッドから立ち上がる。
神田ユウとアレン・ウォーカー。二人は嘗てエクソシストとし、千年伯爵が率いるノアの一族、AKUMAと戦っていた。その戦いも終幕し、仲間達は各々で生活し二人もまた黒の教団を出て、静かに暮らしている。残り少ない命を、お互いで遣い果たすかのように。
アレンは、ノアの一族の一人だったネア・D・キャンベルの意思が身体の中に入っていた。その影響か、彼は長く生きられないと言われたのだ。まだ十代だというのに未来が短いのだ。
そして、神田も同じだ。彼は人造使徒だ。AKUMAウィルスも効かず、怪我をしても傷口は塞がる。だがそれは、ジワジワと彼の命を吸い取り人造人間の力を失いつつあった。友人との戦いで、彼の命はアレンよりも短いだろう。
同じ運命を持つ為だろう。犬猿の仲と言われていた彼らが、二人で今を生きているのは。否、いつの間にか互いの存在を良く意識するようになった。だからこそ、今の関係がある。
恋人同士、という関係が、今はとても大事だ。だからこそ、最近朝を迎えるのが怖い時がある。
ワイシャツに袖を通しボタンを付け、スラックスに履き替える。鏡も櫛も無しに神田は、使い慣れた臙脂色した紙紐で高く一つに結い上げ、アレンの待つリビングへ向かう。

「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」
「コーヒー」
「わかりました。座っていてください」

リビングに神田が姿を見せると、アレンは読んでいた新聞を閉じ、テーブルに置くとキッチンへ向かう。此処に来て早数ヶ月。未だむず痒い状況だが、これが幸せなんだろうと二人は良く思う。
大き過ぎず、小さ過ぎないこの家は黒の教団にて室長を務めたコムイ・リーが用意した。彼は二人の幸せを強く願う者の一人だ。もう黒の教団に縛られず、最期まで生きれるようコムイの好意に甘んじて住んでいる。
エクソシストは皆平等に辛い戦いをして来たのだが、やはりアレンと神田を一番に幸せを願う。エクソシスト達もそう願っている。

「おいモヤシ」
「アレンですってば! このバ神田!」

だが、恋人同士となっても犬猿の仲だった名残か言い合いにもなる。神田がアレンの名をちゃんと呼ばないから、という原因もあるのだが、今更という気恥ずかしさもある。もちろんアレンは理解しているのだが、大切な人に名前を呼ばれたい、と思うのは仕方ないだろう。
呼ぶ時は呼んでいる。ただし、ベッドの中、情事中だ。嬉しいが、アレンとしては日常でも呼ばれたい。女々しい事だが、今幸せがあるのに贅沢な事だろうか。

「……こっち来い」
「……なんですか?」

朝食を食べ終え、リラックスしているとキッチンで洗い物をしていたアレンを手招きする。丁度洗い終えた彼は首を傾げ、濡れていた手を拭き神田に近寄る。すると、手を掴まれたかと思えば引き寄せられ、彼の膝に座る形になってしまう。
そして、神田の手はアレンの頬を撫でそのまま少し長い彼の髪を耳に掛けると、そこに唇を寄せ小さく囁いた。

「―――……」
「っ!!」

その言葉に、まるで茹で蛸のようにアレンの顔が真っ赤になる。その姿に意地悪く神田はクックッと笑っていた。

「ふ、不意打ちです」
「油断していたお前が悪い」
「もう!! 罰として後で買い物付き合って下さいね!」
「その火照りが取れたらな」
「誰のせいですか!!」

再び顔が熱くなるアレンに、神田は再び肩を揺らしながら笑った。こんな風に彼が笑う姿を見せるのは、二人で暮らし始め何度目だろう。

「お昼はベーカリーに行ってサンドウィッチ買って川原で食べましょうか。今日は暖かいらしいですよ」
「あぁ……そうだな」

身体を神田に預けるよう寄り掛かり、アレンは窓から差し込まれた暖かな太陽の光に目を細め提案する。彼の身体を包むよう腰に腕を回し、返事をしパチリと視線が重なると、どちらからともなく唇を重ねる。少しカサついた唇を、潤すかのように……。



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