のろけ


「ふぅ、いいお湯だった」

 風呂から上がったなまえが、Tシャツに短パン姿で、素足をぺたぺたさせてやって来た。

「あつー。なんかないかなぁ」

 そうつぶやきながら冷蔵庫を開け、中を物色し迷わずファンタグレープのペットボトルを手に取る。
 おい、それ俺の。
 咎める間もなく、それはぐびぐびとなまえの喉の奥へと消えていった。ぷはーっと声をもらすこいつは、まるで風呂上がりのオヤジだ。色気もへったくれもあったもんじゃない。
 ま、あとで買いに行くか。
 俺が心の中でひそかにため息をついたことを、こいつは知らない。
 次になまえは、スチールラックをじっと眺めはじめた。そしてすぐに、一冊のマンガを引っ張り出し、ソファにかけて読み始める。

「おい」
「ん?」

 なまえが顔を上げると、濡れた髪から雫がぽたり、Tシャツの胸元を濡らした。

「ちゃんと乾かさねぇと風邪ひくぞ」
「純さん、自然乾燥という現象がありましてですね」
「ようはめんどくせぇだけだろ」
「そうとも言う」

 なまえは俺の忠告にたいして気にとめるでもなく、再びマンガへ視線を落とした。その間にもまた水滴がぽたぽたとTシャツを濡らしていく。
 風邪ひくだろーが……。

「おい、せめてちゃん拭け」

 耐えきれなくなった俺は、脱衣所からタオルを取ってきて、なまえへ投げた。自分で言うのもなんだがそのコントロールは絶妙で、ちょうどなまえの頭にふわりと乗る。

「ありがとー」

 それでもなまえは頭にタオルを被っただけで、一向に拭く気配がない。
 こいつ......。
 とうとう俺はなまえの背後へ回りこみ、タオルでわしゃわしゃ乱暴に髪を拭いた。

「おっ?!」
「『おっ?!』じゃねぇよ。自分でやれ自分で」
「今はマンガに夢中なのです」
「乾かしてからにしろ」

 文句をぶつけるが、なまえは「んー」という生返事ばかりで動く気配が全くない。何かに夢中になるといつもこうだ。こっちの言うことなんて聞きやしない。
 諦めた俺は、のろのろとドライヤーを取りに行った。手元で“強・温風”に調節して、なまえの背後から思いきり風を当ててやる。

「ふぉー?!」
「『ふぉー?!』じゃねぇ! だから自分でやれ!」
「きもちー」
「……ったく」

 風を当てながら髪をわしゃわしゃ触ってやると、日なたの猫のように気持ち良さそうに目を閉じた。柔らかな髪がふわりと舞って、なまえの華奢なうなじが覗く。そこから漂う甘い香りに一瞬、抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢して乾かし続けた。一通り乾いたので、俺はなまえの頭を乱暴にぺしりと叩いて、

「オラ、終わったぜ」
「ありがと、純」

 振り向いてふにゃりと笑うなまえの顔を見ると、俺はまた文句を言いながらもやっちまうんだろうな、と思う。惚れた弱みっつーか、なんつーか。

「よし、お礼に私が純のヒゲを乾かしてあげます」
「すぐ乾くし!」


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