くさやきゅう
かさかさとコンビニの袋を揺らしながら、純とのんびりお散歩をする。小春日和の穏やかな日で、歩いているだけで幸せな気分。
するとその時、どこからともなく「しまってこー!」という声が聞こえてきた。
「なんだぁ?」
「なんかの試合かなぁ?」
二人であたりをキョロキョロしていると、すぐ近くのグラウンドが目に入った。どうやら今から草野球チームの試合が行われるらしい。
「あさひ商店街とゆうひ商店街の試合だってよ」
「へ〜。野球チームなんてあったんだね」
「そういやぁ、スポーツ猫田のオヤジがそんなこと言ってたっけか」
純の住んでいるマンションの近くにあさひ商店街があり、純も時々、その中にあるスポーツ用品店を利用していた。ちなみに、ゆうひ商店街は隣町の商店街だ。
「先行は......ゆうひ商店街か」
「......ねぇ、あのピッチャーって八百屋のトラさんじゃない?」
「うぉっ?! マジかよ!」
急いでグラウンドの方へ駆け寄り、すぐそばの芝生の斜面に二人で腰を下ろす。よくよく見てみると、当たり前だけれどあさひ側の選手たちは皆、商店街の見知った顔ぶればかりが揃っていた。
「はっ! オヤジらいい歳してよくやるぜ!」
そんなことを言いつつとっても楽しそうな純。同じ野球好きとしてうれしいんだろうな。
応援に駆けつけた奥さんたちの声援を聞いていると、トラさんはどうやら元甲子園出場投手らしいことがわかった。
私はコンビニの袋から、先ほど買ったお菓子を取り出した。
「さぁ、いよいよ始まりました、あさひ商店街とゆうひ商店街の因縁の対決。マウンドに立つのは甲子園出場経験のある八百屋のトラさん」
「なまえ、まいう棒持ってなにしてんだ......」
「なんとなく実況」
純があきれた顔で私に視線をやる。だけどすぐトラさんがモーションに入ったので、私たちはそちらに釘付けになった。
トラさんは身体を大きく捻り――
「「まさかのトルネード?!!」」
「野茂か!!」
今ではすっかり珍しくなったトルネード投法を繰り出し続けたトラさんは、1番をあっさり三振に仕留めた。
純は、すっげー、と子供みたいなキラキラしたまなざしでトラさんを見つめている。そういえば、純の尊敬する投手って野茂さんだったっけ。
その後も2番を三振に仕留めたものの、3番にはツーベースを打たれ、ツーアウト二塁で4番を迎える展開となった。
「ゆうひの4番は泣く子も黙る肉屋のクマさん。素振りだけでもすごいヘッドスピードだ! はたしてトラさんは攻略できるのか?!」
「......つーかなんでお前、ゆうひのメンツ知ってんだぁ?」
「いや、適当。あの人なんとなくクマっぽいから」
「............」
「本日お越し頂いたのは青道高校野球部・終身名誉監督の伊佐敷純さんです。さて、これはどういう展開になるでしょうか伊佐敷さん」
「なっ?!」
「緊張されているのですか伊佐敷さん」
まいう棒を純の口許にぐいっと突きつける。はじめは、なにすんだ、と顔をしかめていた純だったが、なおも続けるとまんざらでもなさそうにそれを受け取った。
「トッ、トルネードは制球に難がありますしコントロ」
「トラさん投げたーー!」
「聞けやコラァ!」
一球目はファール。私たちはふーっと息をついた。
「ファールであんならとこまで飛ぶんだから、当てられたら怖ぇな」
「うん」
続く二球は――
「うぉっと! 鋭いサードライナー!」
サード強襲の強い当たり。丸々した身体のサードのおじさんはもたもたした動きで、もうダメだと諦めた瞬間。
――ぽよん
なんとサードのふくよかなお腹に当たり、どうにかボールを拾ってファーストへ。グラウンドからは「アウトー!」の声が響く。
「まさかのファインプレーだーー!」
「すっげぇ、なんだこの試合!」
「ゆうひの4番も良いスジしてます。いやぁ、なかなか展開が読めない試合ですね、伊佐敷さん」
「まったく、驚きの連続です」
手に汗握りながら、私たちがさらに身を乗り出した時だった。
「なにバカなことしてんの」
その声に何気なく振り返ると、桜色をした本日一番の驚きが立っていたのだった。