Line of demarcation 1
ー境界線アシンメトリーー
※BLなのか不明な柴田と三上シリーズ短編物。
重たい足を引きずりながら、重たい鞄を提げながら、柴田は歩いていた。首につけていた首輪のようなネクタイはすでに外しており、シャツは鎖骨の見える三個目までボタンが外れている。
花の金曜日だというのに、企画書が課長にぼろくそに言われ、半ばやけくそに会社を出てきた柴田の心中は、マーブル模様のようなもやもやしたものがどっしりと横たわっていた。
愚痴る相手が居ないのもなんだか悲しいと思い、いつもの屋台のおでん屋の暖簾を空ける。
「いつものと、生ビール」
屋台の親父は、柴田の顔を確認すると、はいよっと景気のいい声で答えた。柴田は一番左の定位置に座ろうと思ったが、今日は先客が居た為、その隣におもむろに腰を下ろす。といっても、椅子はいつも二つしか出ていないのだが。
柴田はポケットからマルボロを一本取り出すと、口にくわえ、手で覆うように火を付けた。有害な空気を肺いっぱいに取り込み、ゆっくりと吐き出す。柴田はこのあたかも体に悪い物質が肺を満たす感触が好きだった。
肺癌で死ぬのなら、案外ありかも知れないと柴田はぼんやりと考える。
そんなどうでも良いことをいつものように考えながら、左の男に視線を向けると、こげ茶で切れ長の目とぶつかった。柴田は目を逸らすこともせず煙草で再び肺を満たし、灰皿に灰を落とす。そして長くゆっくりと息を吐いた。
吐き出した紫煙が柴田の頭上をゆらゆらと漂うと、酒に酔い、真っ赤な顔をした男は僅かに眉を顰めた。
「煙草、好きなのか?」
見知らぬ男からの突然の質問。
「ああ、好きだね」
何も考えずに即当した柴田の返答に、男は顔を曇らせた。世の中には煙草を嫌う人も多い、男もその一人なのだろう。柴田は煙草の火を消した。まだ長かったが、迷惑になるなら別に吸わなくても死にはしない。
男は一瞬勿体無いといった顔をしたが、すぐに眉間に皺を寄せた顔に戻った。柴田はそれをみて、なんとなく大学の化学の教授を思い出した。
「何で煙草が好きなんだ? そもそも、煙草なんて体に悪いだけでなんの利益もないじゃないか」
「さあ、なんでだろう」
男はなおもわからないといった風に首を傾げた。