Line of demarcation 2
確かに何故煙草を吸っているのかと言われても、柴田にはピンとした答えは浮かばなかった。
大学の時に友人に誘われて吸い始めたのだが、それが煙草を始めた単純な切欠であり、そこに理由は存在しなかった。煙草を格好いいなどとは思ったこともないし、ましてや吸いたいとも思ったことはない。誘われるままに吸ってみると、むせるわけでもなく、嫌悪感を覚えるわけでもなく、柴田の体はすんなりと煙草を受け入れてしまったのだ。
柴田にとって煙草はそれだけの話だった。
ただ吸ってみると殊の外、有害な物質にとりつかれたのが分かった。
肺を満たす有害な物質に、とても良い香りとは言えない独特な臭いに、言いようもない愛着を覚えたのかもしれない。
少し体に悪いからこそ、惹かれたのかもしれない。
「分からないのに吸っているのか?」
「……もしかしたら俺は、死に急いでるのかもな」
「は?」
男が柴田の言葉を聞き返そうとしたところで、屋台の親父は柴田にビールジョッキを差し出した。卵と大根。それに、ちくわが入ったおでんを次いで柴田の前に置く。
「どうも」
屋台の親父に短い礼を述べた柴田は、男の視線を無視しながら箸を割ると、卵をつついて口に入れた。一頻り口の中で噛んだ後に、冷たい生ビールを流し込む。
「おい、お前今なんて言った?」
一連の動作を眺めていた男が、真剣な表情で柴田を見つめる。柴田は横目でそれを見流し、大根を半分の大きさに割り箸で割って、口に運んだ。
「おい」
左肩を強く引かれ、柴田は「痛えな」と男を睨みつけた。漸くまともに見た男の顔は赤らんでいて、よく見ると目が据わっている。男のカウンターの前にはジョッキが三個とおでんの食べた皿も二枚ほど重なっていて、余程前から居たことが分かる。
「なんて言った?」
男はしつこく柴田に食ってかかった。ぎらぎらと怪しげに翳る男の目や、威圧してくる迫力に押され二の句を紡げずにいると、柴田を掴んでいた男の指が肩に深く食い込んだ。
「ってえなっ! 離せよ」
「なんて言ったか答えたら離してやる」
「どうでもいいだろそんなこと。大体、何で見ず知らずのあんたに俺は絡まれなきゃいけないんだ!」
「お前が聞き捨てならないことを言ったような気がしたからだよ」
「だとしてもてめえには関係ねえだろ」
「ああ、関係ないね」
男のあっけらかんとした返答に、柴田は面食らった。はぁ? と片方の頬を引き攣らせ、だんだんと不機嫌が隠し切れなくなってくる。