はっぴーばれんたいん
何度目かのチャイムの音で目が覚めた。寝返りをうてば、昨日一緒に寝たはずの織は隣にいない事に気付く。
織を探して、エントランスを覗いてみれば、大人の女性や女の子達に囲まれた織の姿があった。
女性達は沢山のプレゼントを手に抱えていて、織は困った表情をしながらも、珍しく微笑を浮かべながらそれに対応していた。
あんなのに笑いかける必要なんて無いのに。
それでも、父様のお得意先の女性もいるから邪険に出来ないのだろう。
僕は朝から更に鬱々とした気分になった。
これがあるから、バレンタインなんか大嫌いなんだ。
織を独り占め出来ない日なんて一生来なければいいのに。
「伊織君これ貰ってくれる?」
「あ、……はい」
織に渡されるピンク色の包装紙に包まれたお菓子や物品の数々。
「朝早くにごめんなさいね。でも、今日一番に渡したかったから」
「ありがとうございます」
媚びるような女の声。
周りの女達も自分の番が来るのを、まるで獲物に群がるハイエナのように集(たか)っていた。
中には腕を絡めて、胸を押し付けている女もいた。
もやもやと鳩尾辺りに溜まっていく黒い感情に、耐える術があるとしたら、ただ一つ。
「織」
階段を下りてくる僕の方を織が振り返った。
「伊吹、起きたのか」
いつものように「おはよう」と笑いかけてくれる織に、少しだけ胸が軽くなった。