水無瀬家
「暑い」
東京に着いてみれば、山の上にある学園とは違い、蒸し風呂のような暑さとジリジリと照りつける日差しに、呻くような声が出た。
ヒートアイランド現象で更に暑くなった東京は、3分外に居ただけでも毛穴から汗が噴き出すような感じがする。
山奥と違ったアスファルトの黒が、更に熱を上げているようだった。
「ああ、暑いな」
薫も暑さの為か僅かに眉間に皺を寄せ、そう頷いた。
目の前には、水無瀬、と書かれた表札がある家が建っていた。
俺が寛人だった時とは壁面の色も変わり、こじんまりとしていた家が2周り位大きくなっている。隣の老夫婦の家があった部分まで、水無瀬の塀は続いていた。
迎えに来てくれた運転手に礼を言い、学会が終了後の日程を伝えれば、「わかりました。では、良い夏休みをお過ごし下さい」と頷いてくれた。
狭くて汚い家。
と薫は称していたが、俺が知っている『狭くて汚かった水無瀬家』のイメージは大きく覆される。
「大きい……」
思わず呟いた言葉に、薫は「小鳥遊の家の方が大きい」と微かに笑う。
俺がぼーっと変わってしまった水無瀬の家を眺めていれば、俺のキャリーバックを「重いだろ」と薫が持って、さっさと玄関に進んでしまう。
遅れないようにその後ろ姿に急いで着いて行けば、玄関を開けながら「狭くて汚い所だが、くつろいでくれ」と言われた。
リフォームしたのか、80年代の家という感じの雰囲気はどこへやら、新築と言っても過言でない位の綺麗な家だった。
昔の少しごちゃっとした感じの雰囲気はなくなり、玄関には花がスッキリと飾られている。
雅人のお嫁さんの趣味だろうか。父と母であった源三と里美は他に引っ越したのだろうか。
疑問が次々と湧いてきた時、廊下の奥から綺麗な女性がパタパタとかけてくる。
「薫ちゃんお帰りなさい。そちらが言ってたお友達?」
その問いに、そうだ、と薫が端的に答えた。
「初めまして、いつも薫君にお世話になっています、同室の小鳥遊伊織です。お盆の忙しい時期にお邪魔してしまって、申し訳ありません。今日から宜しくお願いします」
「まあまあ、そんな気を使わなくて良いのよ。薫の母の伽耶(かや)です。いつも薫がお世話になってます。狭い所ですけれど、くつろいでいってくださいね」
声も可愛らしく清潔感の溢れる知的な印象がする女性で、兄の趣味が垣間みれた気がした。