守るべきもの

※ふみさまリクエスト
※「才鎌+allで殿様に婚姻を迫られて連れ去られる鎌之介」
※似非シリアスです
※allなのに一人だけ台詞がないです。ごめんなさいJ蔵さん…。
※長すぎて読めない方はこちら




真田が城主・上田城では各地の大名を招いて宴会が催されていた。大名同士で宴会を開くのは珍しい事ではない。その目的はただ単に親交を深めるためであったり、自分たちの結束力を他の大名に知らしめるためであったりと様々だ。


「どれ、皆さま方。どうぞ遠慮なく食べてくだされ」
「さすがは幸村殿。どれもこれも美味しそうな食事ばかりですな」
「全くです」


酒が入り、どの大名も赤ら顔をして呑気に笑っている。お世辞にも熱が入り、宴会場の熱気は冷めやらぬといったところだ。
幸村の傍には六郎が控えている。しかし他の勇士の姿はない。勇士は基本的に公の場に姿を現すことはない。小姓である六郎は別として、勇士は幸村だけが知りえる独自の手練たちだ。勇士の存在を公表することはつまり幸村の手の内を晒しているようなものだ。それがどれほど危険なことか。だからこそ勇士たちは宴会場には近寄らず、各々定められた場所に待機していた。


********


「ねー、さいぞー。なんであっちに行っちゃ駄目なの?」
「あほ、さっきも言っただろ。大名たちにほいほい姿見せるわけにはいかねーんだよ」
「ぶーぶー!私もご馳走食べたかったー!」
「お前は充分食ったろうが!」


俺の分まで! そう叫びたいのをぐっと堪えて才蔵は意識を宴会場の方へと向ける。勇士たちは念のため上田城の警護にあたっている。佐助は宴会場の屋根裏、アナは城外、清海・十蔵・弁丸は宴会場付近、甚八は森、才蔵と伊佐那海、そして鎌之介は宴会場のすぐ側の部屋に潜んでいた。それなりに名の通った大名たちが揃っているのだ。警護に身が入るのも無理はない。

しかし伊佐那海はそうではなかったようだ。楽しくご飯を食べる事が大好きな彼女はひっそりと夕飯を済ませなければならなかったのが不満だったらしい。膝を抱えて頬を膨らませている。はぁ、と才蔵は溜息を吐く。どうして俺がこの二人と一緒なんだ。この配置は六郎の決定だが、どうにも悪意を感じる。気のせいだろうか。
だが伊佐那海も状況は分かっているのか静かだし、あの鎌之介も今日に限って何故か大人しい。それが不思議でならなかった。この部屋に待機していた当初は伊佐那海と犬猫のような喧嘩を繰り広げていたのに、だんだんと口数が少なくなってしまいには無言になってしまったのだ。普段騒がしいだけにここまで静かだと心配になる。


「おい、鎌之介。お前どうしたんだ?」
「何が」
「いや、やけに静かだから………」
「別になんでもねーよ」


そう言い捨てて鎌之介が立ち上がる。どこに行くんだと才蔵が問うよりも早く「喉渇いたから水貰ってくる」と言い残し、鎌之介は部屋から出て行った。


「………何だ?」
「なーんか鎌之介、機嫌悪かったね」


残された二人は顔を見合わせて首を傾げた。


********


暗がりの廊下を一人歩く。夜の冷気に当てられた床はひんやりとしていて気持ちいい。自分の中で燻っている熱を冷ましてくれているかのようだ。鎌之介はひたひたと裸足で廊下を進みながら、ぐっと眉を寄せた。
水を貰ってくるなどあの部屋から出る口実だ。耐えられなかったのだ、あの部屋の空気に。否、才蔵と伊佐那海の親密さに。才蔵と想いを通じ合わせているのは自分なのに、彼は伊佐那海ばかりを相手にする。それが酷くつまらなくて、苦しくて。つまりは逃げたのだ。
一体いつから自分はこんなに女々しくなったのか。才蔵と出会ってから自分がどんどん違う人間になっていくようで、少しだけ怖かった。

月明かりしかない廊下は酷く暗い。下を向いて歩いていた鎌之介は、前方からやって来る人影に気づかなかった。


「わぷっ」
「おうう?」


ドンッと何かに頭からぶつかった。結構な勢いでぶつかったせいで鎌之介はその場に尻もちをつく。腰も少し打った。痛い。ただでさえ機嫌が悪いのに他人とぶつかるなんて最悪すぎる。鎌之介はキッとぶつかった相手を睨み上げた。


「いってぇな! どこ見てやがんだ!」
「おお、すまない。大丈夫かい」


相手はどうやら倒れなかったらしく、鎌之介に手を差し出した。その手と声から30代くらいの男だということが分かる。無視してやろうかとも思ったが、こんな時間にこの辺りをうろついているのは幸村が呼んだ大名に違いない。宴会が始まる前に六郎に「決して粗相がないように」と厳しく言いつけられていたことを思い出す。無視するのは流石にまずいだろう。鎌之介は大人しく差し出された手に自分のものを重ね、起き上がらせてもらう。

月明かりに照らされたその大名はそれなりに見目の良い男のようであった。この顔ではさぞかし女にもてることであろう。しかしそんなことには全く興味のない鎌之介は「…どうも」と小さく礼を言い、その場を去ろうとする。だが、男はまるで進路を塞ぐようにして鎌之介の前に立ちふさがった。


「可愛いねー。君は上田城の女中か何かなのかい?」
「はぁぁ?」
「でもさっき宴会場にはいなかったね。…もしかして、幸村様の夜枷のお相手?」
「はぁぁぁぁぁぁ?」


どうやら目の前の男は自分のことを女だと思っているらしい。冗談じゃない。どうして必ず初対面の人間に女に間違えられるのだろうか。しかも幸村の夜枷の相手ときた。様子を見るに、そうとう酔っているらしい。呂律はきちんと回っているが、瞳は焦点が定まっていない。自分は面倒くさそうな酔っ払いに捕まってしまったということか。鎌之介は頭が痛むのを感じた。


「俺は男だ! ふざけんな!」
「え、男なの? うそぉ、信じられない」
「そんなの知るか! そこどけよ!」
「ふぅん、どれどれ」


酔っ払いに敬意も何もないだろうと普段通り乱暴な言葉遣いになる。しかし男は気にしていないようで、酔っ払いに独特の緩慢な動きで鎌之介の胸に両手を当てた。それなりにがっちりと。
一瞬何が起こったのか分からず静止する。胸元あたりをさわさわと指が這う感触。「あ、ほんとだ胸ないねー、あははは」と言う呑気な声。ブチ切れる余裕も、叫ばないでいる自制心も今の鎌之介にはなかった。


「ぎゃあああーーー!!!!」


色気もなにもあったものではない、しかし只事ではないと感じさせる切羽詰まった悲鳴が上田城に響き渡った。


「鎌之介!?」


悲鳴を聞いて速攻で駆けつけたのは才蔵だった。その後に伊佐那海が続く。
廊下の真ん中で声の主が蹲っていた。その正面には手をわきわきとさせて立っている大名がいる。一瞬「どういう状況だ?」と頭に疑問符が浮かぶが、ひとまず気にせず才蔵は鎌之介の傍に片膝をついた。


「おい、どうした鎌之介! 何かされたのか!?」
「い、いいいや、何でもない。びっくりしただけ……」


ざっと身体を見回してみるが怪我らしきものはない。とりあえず無事の様でほっとする。あの悲鳴を聞いた時、身体中から熱が引いていくのを感じた。鎌之介に何かあったのか。それだけが気がかりで、心配で、不安で。警護のことなど頭から吹っ飛んでしまった。


「才蔵、どうしたのです」
「何なの、今の悲鳴」


悲鳴に気付いた六郎とアナもすぐに姿を現した。あの悲鳴は宴会場まで聞こえていたらしい。さすがに幸村が抜けるわけにもいかず、六郎が代理としてやってきたのだろう。アナは忍だからか耳がいい。城外にいたにも関わらずすぐに駆けつけてきた。


「いや、よくわかんねーんだけど、鎌之介が」
「うーん、確かになかったけど、女の子でもない子もいるしさぁ。それに私は男の子でも全然いけるんだけど」
「は?」


鎌之介の肩を優しく抱いた才蔵は訳の分からないことを言う大名を見る。強い酒の匂いがする。この様子ではかなり飲んだのだろう。自分が何を言っているのか理解しているかどうかも怪しい。
大名の言葉の大半も理解できなかった鎌之介以外の人物は首を傾げたが、次に言い放たれた言葉に一体何があったのか理解した。


「君に胸がないのは分かった。でも女の子だろうか男の子だろうが関係ない。私は君という存在を好きになってしまったんだ。私と夫婦になろう!」
「何だと!?」


伊佐那海も六郎もアナも驚きのあまり固まってしまう。目の前で恋人に告白し始めた男に才蔵は掴みかかりそうになったがぐっと堪える。相手は大名、幸村の客人。手を出しては駄目だ。だがこの男が鎌之介の胸に触ったかと思うと沸々と殺意が湧いてくる。


「こいつは駄目だ!」
「何でだい?」
「こいつは俺と夫婦になるんだよ!」
「おお、略奪愛か。いいね燃えるね!」
「だーっ! 完璧酔っ払ってんだろこのおっさん!」


一応会話は成立しているものの、終着点が全く見えない。だんだんと苛々してきた才蔵は一発ブン殴って何もかもを忘れさせてやろうかと拳を握るが、それが決まる前に男はその場にぶっ倒れた。
ドシン、と大きな音を立てて倒れた男の背後には佐助が佇んでいた。どうやら首裏に手刀をお見舞いしたらしい。佐助にしては珍しい実力行使だ。驚く一同に佐助は不快感を隠そうともせず男を睥睨する。


「この男、よい噂、聞かない。鎌之介、気をつけろ」


佐助からの忠告に鎌之介は呆然としたようにコクコクと頷く。どうやら鎌之介に手を出されて苛立ちを感じたのは才蔵だけではなかったらしい。取り敢えず空き部屋に男を運び込みきちんと寝かしてから、宴が終わるのを待った。


********


「成程、儂のいない間にそんな面白…げふんげふん、大変なことになっておったとはのう」


六郎の鋭い視線を感じ、慌てて言い直した幸村は正面に並んで座る才蔵と鎌之介を交互に見つめた。才蔵は憤然と、鎌之介は悄然と座っている。
宴も終わり、夜も遅いということで大半の大名は上田城に泊っている。当然先程の男もだ。勇士たちも全員集まり、鎌之介の身に起こった騒動の顛末を聞いていた。


「おっさん。あの男、何者なんだ?」


佐助が言った「よい噂を聞かない」とはつまり悪評があの男には付きまとっているということだ。顔を見た限りではただの優男、悪そうな人間には見えなかったが人はみかけによらないものだ。忍として数々の仕事をこなしてきた才蔵は人を見た目だけで判断したりはしない。

才蔵の問いに幸村は小難しそうな顔をし、やがて言いにくそうに口を開いた。


「真田とは昔から付き合いのある家柄だが、最近あの男に代替わりしての。それからはあんまりよい噂は聞かん。あやつ、外面が良いだろう。それを利用して色んな所で女を誑かしておるようだ。自分のいいなりにならん女は無理やり手に入れるとも聞いておる」
「何それサイテーッ!」


幸村の話を黙って聞いていた伊佐那海がむっとする。女として許せないのだろう。確かに聞いていてあまり気持ちの良い話ではない。まだ小さい弁丸もなんとなく察しはついているのか眉を寄せて話に聞き入っていた。


「それじゃあ鎌之介も連れて行かれちゃうの!? おいらそんなのやだよ!」
「誰がんなことさせるかよ!」


鎌之介に二度も手出しさせてたまるか。才蔵は男の顔を思い浮かべる。やはりさっき顔面に一発決めておけばよかった。想像以上の悪評に嫌悪感が湧いてくる。あんな奴に鎌之介は渡さない。


「ふむ…まぁ、あやつも上田の領内でおかしな真似はせんだろう。才蔵、鎌之介はお前が守れよ」
「言われなくても」
「よし、では皆今日はご苦労だった。あとは好きにしてもらって構わん」


その言葉を皮切りに、勇士たちは各々の部屋に引き揚げていく。幸村がいるため六郎はその場に残った。肘掛けに凭れて何事かを思案している幸村に躊躇いがちに六郎が声を掛ける。


「若、どうされたのですか」
「いや……あやつが簡単に引き下がればよいと思ってな……」


才蔵や佐助たちからの報告を受けた時、やはりと思った。あの男はただの優男に見えてその実策略家でもある。非常に頭がいいのだ。きっと勇士たちについても何か情報を掴んでいたに違いない。でなければあんな所で鎌之介と出会うはずがない。


「面倒なことにならなければよいが……」


もし、あの男が鎌之介に……自分の大切な部下に手を出すような真似をすれば。それなりの報復はしても構わないとさえ思っていた。


********


「眠れないのか」


鎌之介に与えられた自室。そこに才蔵は居た。守るなら傍にいたほうがいい。そう考えて才蔵は鎌之介の部屋を訪れていた。
布団に寝っ転がったまま目を閉じる気配を見せない鎌之介に、壁に凭れて座っていた才蔵が声を掛ける。鎌之介はぼんやりと天井を眺めたまま小さく「……うん」と頷く。無理もないと思った。突然訳の分からない男に告白され、もしかしたら強引に連れだされてしまうのかもしれないのだ。不安にならないはずがない。


「俺が守ってやっから、お前は寝とけ」
「………才蔵」
「どうした?」


今にも消えてしまいそうなか細い声。まるで今にも泣き出しそうな、辛い感情を全て押しこんだかのような声音にズキリと胸が痛む。あの時自分が鎌之介の傍を離れなければ、こんな不安そうな声を出させることなどなかったのに。今更後悔しても遅いが、そうする以外に自分を宥める術を才蔵は持ち合わせていなかった。


「俺って迷惑かけてんのかな……」
「突然何だよ」
「才蔵は、面倒臭いの嫌いだろ」
「……………」
「なぁ才蔵、こんな俺、嫌いになった……?」


いつも迷惑ばかりかけて、気苦労を増やして。嫌われても仕方ないと思った。腕で顔を隠す。才蔵の顔を見たら泣いてしまいそうになる。
才蔵は何も言わなかった。ただ、微かに動く気配がして頭に温かい感触が伝わる。まるであの時の様な、殺気のない温かい手に全ての答えが込められているようで。鎌之介はじわりと滲みそうになる涙を必死で堪えた。


「才蔵!」
「!? どうした!?」


平穏な時はいつも無情に壊される。鎌之介の部屋の障子を開け放ったのは佐助だった。切羽詰まったその表情に嫌な予感がする。武器を手に取り部屋を出ると、どこからか戦闘音が聞こえてきた。


「敵、攻めてきた! 伊佐那海、狙われてる!」
「チッ、こんな時にかよ!」


佐助の報告によると敵の数はおよそ30。勇士が全員そろった今、その数は大したものではないが今日は守らなければならないものが多すぎた。幸村や伊佐那海は当然として、鎌之介に各地の大名たちまでいる。勇士だけでは手が回らないのだろう。佐助とて鎌之介の護衛をしている才蔵に助けを求めたくはなかったのだろうが、才蔵がいるといないとでは戦力に差がありすぎる。


「我、大名たち守る。才蔵、伊佐那海守れ!」
「分かった。おい、鎌之介。お前はここから絶対出るなよ!」
「何でだよ! 俺も戦う! いいだろ!?」
「馬鹿、お前も狙われてんだぞ! いいから大人しくしてろ、いいな!」
「………分かった」


渋々といった様子で部屋の中に引っ込む鎌之介の姿を見届けた才蔵は伊佐那海の元に駆けつける。そこには清海と弁丸がいたが、どうやら苦戦しているらしかった。


「伊佐那海!」
「え、才蔵!? 鎌之介は!?」
「部屋に置いてきた!」
「ええっ、何で!? 才蔵が傍を離れてどうするの!?」
「どうするのったって…仕方ねーだろ!」


飛んできた苦無を弾き落とし敵を切り伏せる。弁丸の爆弾が爆発し、清海の棍棒が敵を薙ぎ払う。敵の数は着実に減っていった。
最後の敵を切り倒し、戦闘が一段落ついた時、アナがどこからともなく現れた。才蔵の姿を見た途端、ハァと溜息を吐く。その様子に嫌な予感がした。


「才蔵、どうやら私たち、あの男に嵌められたみたいよ」
「何だと?」
「鎌之介、部屋にいなかったわ。暴れた形跡があったから、多分あの男に連れ去られたんじゃないかしら」
「な………っ!」


頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が才蔵を襲った。こんな状況でアナが嘘を言うはずもない。自分で守ると言っておきながら、結局何もできなかった。ただ単に男の罠に無様に嵌って泳がされていたのだ。才蔵は自分の愚かさを呪った。


「嵌められたとはどういうことなのだ?」
「今回の襲撃は伊佐那海を狙っているように見せかけてその実本当の狙いは鎌之介だったってこと。こいつらはあの男の刺客よ。ご丁寧に上田の外に忍ばせておいて、何らかの方法で連絡を取って襲撃させたみたいね」


皆の意識を伊佐那海に持っていかせ、襲撃を命令した本人はまんまと鎌之介の誘拐に成功したということだ。完全にあの男の掌の上で踊らされていたのだ。


「なんと卑劣な! 天罰が下るぞ」
「清海のおっちゃん、そんなのどうでもいいよ! 早くおっかけようよ!」
「でも、どこに行っちゃったか分からないし……」
「案ずるな、紅刃いる」


慌てる伊佐那海たちの前に現れたのは佐助だった。紅刃とは佐助が飼育している梟だ。


「念のため、鎌之介見張らせてた。北の森、逃走中!」


それを聞いた瞬間、才蔵はその場から姿を消した。佐助とアナも後を追う。忍ではない伊佐那海たちではすぐに鎌之介に追いつけない。才蔵たちに任せるしかなかった。


********


移動手段には馬を用いているのだろう。でなければこんなにも早く姿を消せるはずがない
木と木を移動しながら才蔵はぐっと唇を噛んだ。守ってやるといったのに。約束したのに。それなのにまんまと連れ去られてしまった。

鎌之介の不安そうな声が蘇る。誰よりも大切な存在だった。絶対に手放したくない、大切な者だった。怒りがこみ上げてくる。それが鎌之介を連れ去った男に対してのものなのか、それとも守れなかった自分に対するものなのか。才蔵には判別がつかなかった。


「―――いた」


月明かりを頼りに夜道を走る馬が一頭。木々の間から朱髪が見えて、心臓が激しく脈打つ。逸る気持ちを抑えて才蔵は馬の進路を塞ぐように地面に降り立った。

突如現れた人影に馬が急停止する。予想通り、あの男だった。数刻前に見せた酔いを全く感じさせない顔つきで才蔵を馬上から見つめている。もしかしたらあの酔った様子も才蔵たちの油断を誘うための演技だったのかもしれない。その男の腕の中には手首を後ろで拘束された鎌之介が居た。


「鎌之介!」
「さいぞ……?」


どうやら意識は失っていないらしく、才蔵の声にすぐに反応を示した。そのことに酷く安堵する。しかし油断はしない。この男、とんでもなく頭が回る。大名というからには剣の腕も立つのだろう。
男はふんと小さく鼻を鳴らして馬から降りる。当然鎌之介も共にだ。鎌之介を背後から抱きすくめる様にして男は才蔵を挑発的に見た。


「もう追ってきたのか。案外早かったな」
「鎌之介を離せ」
「いやだね。こんな逸材、他にはないよ。私が今まで相手をしてきたどの女よりもいい! せっかく手に入れたのに手放せるわけないだろう?」
「テメェ……!」
「おっと、動くなよ。動いたらお前の大切なこの子が死んじゃうよ?」


腰から引き抜いた脇差を鎌之介の首に押しあて男は笑う。押し黙る才蔵に気分をよくしたのか、男はふふんと満足げに鎌之介の身体に回した腕を妖しく蠢かせる。


「お前にはこの子は勿体無さすぎるよ。私にこそ相応しいのさ」
「ふざけんな…!」
「ふざけてないよ。大真面目さ」


男がまるで才蔵に見せつけるかのように鎌之介のうなじに舌を這わせる。「ひぅ……!」と小さく上がった悲鳴に才蔵の心臓が冷たく凍っていく。その目は完全に冷徹な忍のものに変貌していた。
「才蔵!」佐助とアナが駆け付けたが、一瞬にして状況を把握してその場に踏みとどまる。下手に動けば鎌之介の命が危ない。男を背後から狙うが攻撃することは叶わない。佐助とアナは武器に手を掛けながらもそれを振るうことが出来ないでいた。


「さぁ、忍。そこをどけ。私とこの子は夫婦になるんだ。お前のような忍風情じゃなく、ね」


明らかな侮蔑だった。忍をただの道具だと思っている声音だった。それを聞いた瞬間、鎌之介の目の前が真っ赤になる。許せない。この男は才蔵を侮辱したのだ。
才蔵はたくさんのものを与えてくれた。優しさだったり、人を慈しむ気持ちであったり、鎌之介が知らなかったものを才蔵が全て教えてくれたのだ。才蔵は物なんかじゃない。人間だ。道具のように冷たくなんかない。温かい、人間なのだ。才蔵のことを何も知らない人間が彼を貶めるなんて許せない。自分の首に脇差が押しあてられていることなどお構いなしに、鎌之介は男の足の甲を踵で踏みつぶした。


「ぐ……!?」


予想だにしなかった攻撃に一瞬男の手が緩む。その隙を才蔵は逃がさなかった。一息で男の傍に着いたかと思うとその顔面に蹴りを入れる。完璧に決まったその攻撃は、男をかなりの距離まで吹っ飛ばした。即座に佐助とアナが男を取り囲む。男は気絶していた。


「鎌之介!」
「才蔵……!」


倒れこみそうになる鎌之介を受け止めて、才蔵はすぐに拘束を解いてやる。細く白い手首には縄が摺れたせいか、真っ赤な拘束痕がついていた。
自分がしっかりしていなかったせいで鎌之介が怪我をした。その事実が才蔵の胸に重く圧し掛かる。傷を指先で優しく撫でる才蔵に、鎌之介は微笑んだ。


「才蔵、ありがとう」
「何で……俺は、お前を守れなかった」
「そんなのどうでもいい。俺は、才蔵が来てくれただけでいいんだ」


才蔵の手を取りふわりと笑う鎌之介に、ドクンと心臓が音を立てる。ああ、こんなのは反則だ。
静かに笑う鎌之介を抱き締める。強く、それでいて優しく。身体を離し、互いに見つめ合う。ゆっくりと触れあった唇は、夜の冷気と相まっていつも以上に熱かった。そのまま熱に浮かされたかのように何度も何度も唇を重ねる。

気絶した男を縄でぐるぐる巻きにしたアナはさっそく仲睦まじそうにしている二人を見て呆れたように溜息を吐いた。


「ああ、やだやだ。余所でやってよね、もう」
「でもアナ、笑ってる」
「貴方もね」


地面に転がる男の身体にそれぞれ片足ずつを乗せて、佐助とアナはこっそり笑い合った。


********


捕まった男は幸村の手によって数々の悪行を暴露され、大名という地位を追われることになった。その消息は不明だが、今まで行ってきた理不尽な行動を見ると恐らく生きてはいないだろう。彼に恨みを持つ人間などこの世に大勢いる。


「一件落着ですね」


勇士たちの前で事の顛末を語った幸村は六郎のその発言に眉を跳ね上がらせる。


「何を言っておるのだ六郎。まだ一つ解決しておらんぞ」
「え……?」
「まだ才蔵と鎌之介の婚姻の儀式をやっておらん」
「……………はい?」


突然名前が挙がった二人はどういうことだと顔を見合わせる。その様子に幸村は嘆かわしいとでもいうように首を横に振った。


「才蔵、お主こう申したそうではないか。 鎌之介と夫婦になるのは俺だと」
「え、いや、あれは、なんていうか、その場の雰囲気というか………」
「あ、才蔵ひっどーい。そうやって誤魔化すつもり?」
「男に二言はないわよね、才蔵?」
「いや………えーっと……」


女子二人に責められたじろぐ才蔵。その姿を見て幸村は扇子の裏でちらりと笑う。


「婚姻の儀式ってなんだ? 殺し合いか?」
「何だ、知らねぇのか。婚姻の儀式っつーのはな……」
「おいこら海賊のおっさん! 鎌之介に変なこと吹き込むんじゃねぇ!」


きょとんとする鎌之介の隣に擦り寄る甚八。それを必死で止める才蔵。その才蔵を取り囲む伊佐那海とアナ。幸村は騒ぎ立てる勇士たちを見つめながら、そっと扇子を閉じた。


120303

ふみさま、リクエスト有難うございました!



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