守るべきもの 01

※分割verです





真田が城主・上田城では各地の大名を招いて宴会が催されていた。大名同士で宴会を開くのは珍しい事ではない。その目的はただ単に親交を深めるためであったり、自分たちの結束力を他の大名に知らしめるためであったりと様々だ。


「どれ、皆さま方。どうぞ遠慮なく食べてくだされ」
「さすがは幸村殿。どれもこれも美味しそうな食事ばかりですな」
「全くです」


酒が入り、どの大名も赤ら顔をして呑気に笑っている。お世辞にも熱が入り、宴会場の熱気は冷めやらぬといったところだ。

幸村の傍には六郎が控えている。しかし他の勇士の姿はない。勇士は基本的に公の場に姿を現すことはない。小姓である六郎は別として、勇士は幸村だけが知りえる独自の手練たちだ。勇士の存在を公表することはつまり幸村の手の内を晒しているようなものだ。それがどれほど危険なことか。
だからこそ勇士たちは宴会場には近寄らず、各々定められた場所に待機していた。


********

「ねー、さいぞー。なんであっちに行っちゃ駄目なの?」
「あほ、さっきも言っただろ。大名たちにほいほい姿見せるわけにはいかねーんだよ」
「ぶーぶー!私もご馳走食べたかったー!」
「お前は充分食ったろうが!」


俺の分まで! そう叫びたいのをぐっと堪えて才蔵は意識を宴会場の方へと向ける。勇士たちは念のため上田城の警護にあたっている。
佐助は宴会場の屋根裏、アナは城外、清海・十蔵・弁丸は宴会場付近、甚八は森、才蔵と伊佐那海、そして鎌之介は宴会場のすぐ側の部屋に潜んでいた。それなりに名の通った大名たちが揃っているのだ。警護に身が入るのも無理はない。

しかし伊佐那海はそうではなかったようだ。楽しくご飯を食べる事が大好きな彼女はひっそりと夕飯を済ませなければならなかったのが不満だったらしい。膝を抱えて頬を膨らませている。

はぁ、と才蔵は溜息を吐く。どうして俺がこの二人と一緒なんだ。この配置は六郎の決定だが、どうにも悪意を感じる。気のせいだろうか。

だが伊佐那海も状況は分かっているのか静かだし、あの鎌之介も今日に限って何故か大人しい。それが不思議でならなかった。
この部屋に待機していた当初は伊佐那海と犬猫のような喧嘩を繰り広げていたのに、だんだんと口数が少なくなってしまいには無言になってしまったのだ。普段騒がしいだけにここまで静かだと心配になる。


「おい、鎌之介。お前どうしたんだ?」
「何が」
「いや、やけに静かだから………」
「別になんでもねーよ」


そう言い捨てて鎌之介が立ち上がる。どこに行くんだと才蔵が問うよりも早く「喉渇いたから水貰ってくる」と言い残し、鎌之介は部屋から出て行った。


「………何だ?」
「なーんか鎌之介、機嫌悪かったね」


残された二人は顔を見合わせて首を傾げた。


********


暗がりの廊下を一人歩く。夜の冷気に当てられた床はひんやりとしていて気持ちいい。自分の中で燻っている熱を冷ましてくれているかのようだ。鎌之介はひたひたと裸足で廊下を進みながら、ぐっと眉を寄せた。

水を貰ってくるなどあの部屋から出る口実だ。耐えられなかったのだ、あの部屋の空気に。否、才蔵と伊佐那海の親密さに。才蔵と想いを通じ合わせているのは自分なのに、彼は伊佐那海ばかりを相手にする。それが酷くつまらなくて、苦しくて。つまりは逃げたのだ。

一体いつから自分はこんなに女々しくなったのか。才蔵と出会ってから自分がどんどん違う人間になっていくようで、少しだけ怖かった。

月明かりしかない廊下は酷く暗い。下を向いて歩いていた鎌之介は、前方からやって来る人影に気づかなかった。


「わぷっ」
「おうう?」


ドンッと何かに頭からぶつかった。結構な勢いでぶつかったせいで鎌之介はその場に尻もちをつく。腰も少し打った。痛い。ただでさえ機嫌が悪いのに他人とぶつかるなんて最悪すぎる。鎌之介はキッとぶつかった相手を睨み上げた。


「いってぇな! どこ見てやがんだ!」
「おお、すまない。大丈夫かい」


相手はどうやら倒れなかったらしく、鎌之介に手を差し出した。その手と声から30代くらいの男だということが分かる。

無視してやろうかとも思ったが、こんな時間にこの辺りをうろついているのは幸村が呼んだ大名に違いない。宴会が始まる前に六郎に「決して粗相がないように」と厳しく言いつけられていたことを思い出す。無視するのは流石にまずいだろう。鎌之介は大人しく差し出された手に自分のものを重ね、起き上がらせてもらう。

月明かりに照らされたその大名はそれなりに見目の良い男のようであった。この顔ではさぞかし女にもてることであろう。
しかしそんなことには全く興味のない鎌之介は「…どうも」と小さく礼を言い、その場を去ろうとする。だが、男はまるで進路を塞ぐようにして鎌之介の前に立ちふさがった。


「可愛いねー。君は上田城の女中か何かなのかい?」
「はぁぁ?」
「でもさっき宴会場にはいなかったね。…もしかして、幸村様の夜枷のお相手?」
「はぁぁぁぁぁぁ?」


どうやら目の前の男は自分のことを女だと思っているらしい。冗談じゃない。どうして必ず初対面の人間に女に間違えられるのだろうか。しかも幸村の夜枷の相手ときた。様子を見るに、そうとう酔っているらしい。呂律はきちんと回っているが、瞳は焦点が定まっていない。自分は面倒くさそうな酔っ払いに捕まってしまったということか。鎌之介は頭が痛むのを感じた。


「俺は男だ! ふざけんな!」
「え、男なの? うそぉ、信じられない」
「そんなの知るか! そこどけよ!」
「ふぅん、どれどれ」


酔っ払いに敬意も何もないだろうと普段通り乱暴な言葉遣いになる。しかし男は気にしていないようで、酔っ払いに独特の緩慢な動きで鎌之介の胸に両手を当てた。それなりにがっちりと。

一瞬何が起こったのか分からず静止する。胸元あたりをさわさわと指が這う感触。「あ、ほんとだ胸ないねー、あははは」と言う呑気な声。ブチ切れる余裕も、叫ばないでいる自制心も今の鎌之介にはなかった。


「ぎゃあああーーー!!!!」


色気もなにもあったものではない、しかし只事ではないと感じさせる切羽詰まった悲鳴が上田城に響き渡った。


「鎌之介!?」


悲鳴を聞いて速攻で駆けつけたのは才蔵だった。その後に伊佐那海が続く。

廊下の真ん中で声の主が蹲っていた。その正面には手をわきわきとさせて立っている大名がいる。一瞬「どういう状況だ?」と頭に疑問符が浮かぶが、ひとまず気にせず才蔵は鎌之介の傍に片膝をついた。


「おい、どうした鎌之介! 何かされたのか!?」
「い、いいいや、何でもない。びっくりしただけ……」


ざっと身体を見回してみるが怪我らしきものはない。とりあえず無事の様でほっとする。
あの悲鳴を聞いた時、身体中から熱が引いていくのを感じた。鎌之介に何かあったのか。それだけが気がかりで、心配で、不安で。警護のことなど頭から吹っ飛んでしまった。


「才蔵、どうしたのです」
「何なの、今の悲鳴」


悲鳴に気付いた六郎とアナもすぐに姿を現した。あの悲鳴は宴会場まで聞こえていたらしい。さすがに幸村が抜けるわけにもいかず、六郎が代理としてやってきたのだろう。アナは忍だからか耳がいい。城外にいたにも関わらずすぐに駆けつけてきた。


「いや、よくわかんねーんだけど、鎌之介が」
「うーん、確かになかったけど、女の子でもない子もいるしさぁ。それに私は男の子でも全然いけるんだけど」
「は?」


鎌之介の肩を優しく抱いた才蔵は訳の分からないことを言う大名を見る。強い酒の匂いがする。この様子ではかなり飲んだのだろう。自分が何を言っているのか理解しているかどうかも怪しい。

大名の言葉の大半も理解できなかった鎌之介以外の人物は首を傾げたが、次に言い放たれた言葉に一体何があったのか理解した。


「君に胸がないのは分かった。でも女の子だろうか男の子だろうが関係ない。私は君という存在を好きになってしまったんだ。私と夫婦になろう!」
「何だと!?」


伊佐那海も六郎もアナも驚きのあまり固まってしまう。目の前で恋人に告白し始めた男に才蔵は掴みかかりそうになったがぐっと堪える。
相手は大名、幸村の客人。手を出しては駄目だ。だがこの男が鎌之介の胸に触ったかと思うと沸々と殺意が湧いてくる。


「こいつは駄目だ!」
「何でだい?」
「こいつは俺と夫婦になるんだよ!」
「おお、略奪愛か。いいね燃えるね!」
「だーっ! 完璧酔っ払ってんだろこのおっさん!」


一応会話は成立しているものの、終着点が全く見えない。だんだんと苛々してきた才蔵は一発ブン殴って何もかもを忘れさせてやろうかと拳を握るが、それが決まる前に男はその場にぶっ倒れた。
ドシン、と大きな音を立てて倒れた男の背後には佐助が佇んでいた。どうやら首裏に手刀をお見舞いしたらしい。佐助にしては珍しい実力行使だ。驚く一同に佐助は不快感を隠そうともせず男を睥睨する。


「この男、よい噂、聞かない。鎌之介、気をつけろ」


佐助からの忠告に鎌之介は呆然としたようにコクコクと頷く。どうやら鎌之介に手を出されて苛立ちを感じたのは才蔵だけではなかったらしい。取り敢えず空き部屋に男を運び込みきちんと寝かしてから、宴が終わるのを待った。






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