07


暗闇の中、片足を掴まれて引き摺られている。三叉槍に胸を突かれた痛みはあれど怪我を負った節は無い。その代わりに金縛りにあったかのように体の自由を奪われて思うように動けないでいる。
どこに連れて行かれるのか、向かう先に目を凝らすと、そこは武器や弾薬等を保管している倉庫のようだった。

何でこんな所に……?

影が倉庫のドアを開けた。

「!」

空間に黒い渦が広がり何処ともわからない世界に繋がっているのが見えた。影はレイムを引き摺りながらゆっくりと渦へと向かう。

「あ、うあ……、嫌、だ……嫌だ!」

渦の先にうっすらと黄色に光る目が複数。この影と同じような影が数体、まるで待ち構えているかのように佇んでいる。足を引き摺る影がレイムを見下ろして光る目を孤に描く。

 アキラメロ

地の底から這うような低い声音がレイムの頭の中に響き、恐怖心を与えて支配する。確実な死の匂いを嗅ぎ取ったレイムは、絶望しながら何度も泣き叫んだが、その声は誰にも届かない――はずだった。

バチンッ!

暗闇に弾く音がけたたましく鳴った。その瞬間に掴まれていた片足が床に落ちた。涙で滲む目で天井を見上げるレイムは何が起きたのかわからなかった。
あの影は渦の世界に既に入り込んでいた半身を引いてレイムの片足を再び掴もうとした。しかし、バチンッと再び弾くようにして青い閃光が走り掴むことができなかった。
うっすらと黄色に光る目が線を引き、レイムに、では無く、ドアの向こう側に向けられた。
一体何が――。
涙をボロボロと流して茫然自失となっていたレイムは無意識の内に声を振り絞り助けを求めていた。





自室に入ったマルコは机上の惨状を一瞥しつつベッドにレイムを寝かした。
手にしていたシルバーネックレスをレイムの胸元に置き、それを軸に青い炎を篝火のように灯した。そこから十字架の上下左右の天辺に向けて小さな輪が連なる青い鎖が伸びてレイムの体内へと入り込んでいく。暫くしてバチンッと激しく音が発したところでホッと息を吐いた。

「何とか間に合ったよい」

本腰に対処するには時間がいる。ただ船長室で白ひげと隊長達を待たせている現状では応急処置的なこの方法で保たせることしかできない。

「念の為、二重にするか」

青い炎の周りに光円を作り出して印を紡いで鎖を派生させるとレイムの体内へと入り込ませる。

「暫く耐えてくれよい。オヤジ達との話が終わったら直ぐに戻って“助けに行く”からよい」

レイムの額に触れながら言葉を掛けたマルコは早々に部屋を出て船長室へと向かった。
ノックする時間も惜しい。そう言わんばかりに船長室のドアを開けて中に入ると、お前にしては珍しく無作法だな、と目を丸くしたビスタが声を掛けた。

「ハハ、急がねェとって焦ってたからついな。オヤジ、待たせちまって悪かったよい」

適当にはぐらかすようなことを言いつつマルコは白ひげの前へと向かった。
白ひげは椅子の背凭れに預けていた体を起こしてマルコを見下ろした。表情は普段通りの様相に見えるが、その目は明らかに探るような鋭さがある。

「大部屋に行っていたらしいが、何があった?」

白ひげの問いにマルコは視線をイゾウとサッチに向けた。イゾウは顔を向けることは無かったが、サッチと視線が交わった。
サッチは苦笑しながら顔の前に合掌して謝る素振りを見せたが、報告するのは当たり前なことだ、とマルコは片眉を上げて微笑するだけで視線を白ひげに戻した。

「オヤジ、おれの身に起きたことを先に話してェんだが、良いかい?」

白ひげは眉をピクリと動かしたが「あァ、構わねェよ」と答えた。隊長達の中には不満げな表情を浮かべる者が幾人かいたが、白ひげは構わず話せとマルコに促した。

偵察に向かった日、急な天候の変化が生じて異世界に飛ばされ、二ヶ月近くその世界で過ごすことになったこと。そして、その世界で出会った恩人の名を告げて色々と世話になったこと――等々。

マルコは異世界で起きた『決して現実味の無い事柄』を省いて当たり障りの無い説明をした。
女性に世話になっていたことに関してサッチが酷く敏感に反応していたが、これは想定通りの通常運転だから一切合切無視を決め込んで話を進める。

「文明が発達した世界でなァ、何もかも珍しいものばかりだったよい」

『異世界文明』『便利な機器』『移動手段など主だった生活様式』など、この世界では決して見ることも触ることも無い話をすると、白ひげを始め隊長達もそれらに興味を持ったようで、“大部屋で何があったか“から彼らの意識が離れた。ただ念の為にあと一押しとばかりにマルコは話を続ける。

「今でも惜しいと思うのは、せめて洗濯機なる機械を持ち帰ることができなかったことだよい」

くっ……、と本気で悔いるように話した。これに関しては若干マジだ。帰る間際に交渉もしたのだ。しかし――

「動かせるだけの電気があるなら……」
「で…んき……」
「最も肝心なところじゃな」

動かない洗濯機はただの箱に過ぎないということで諦めるしかなかったわけで。

「何ならコインランドリーごと持ち帰りたかったよい」
「それは何だ?」
「オヤジが今着ている服一式を半日も掛からねェ内に洗濯の全ての工程が済んじまうだろうよい」
「「「えェ!?」」」
「グラグラグラ、そいつァ凄ェじゃねェか。だが、それも動かねェんじゃあ諦めるしかねェなァ」

白ひげが楽しげに笑うと隊長達も異世界の話題に盛り上がった。どうやら彼らの頭の中から先刻のことは完全に忘れ去られたようで、特に何も聞かれることは無かった。
行方不明となった二ヶ月の真相がわかって納得したところで解散となり、隊長達は船長室から退室して行く。その中でイゾウだけが表情険しく船長室前の通路で立ち止まった。

「今はまだ話せる段階じゃねェんだろうよ」

最後に船長室を出たサッチが苦笑しながらイゾウの肩に手を置いて軽くポンポンと弾ませた。

「まァ、イゾウはマルコと同い年だし十代からの付き合いだから気に食わねェんだろうけど」

イゾウは眉をピクリと動かすと瞼を閉じて溜息を吐いた。そして、サッチの胸元に拳で軽く叩いてその場を立ち去った。
ハハ……、と胸元を撫でながら軽く笑ったサッチは、閉じた船長室のドアを一瞥してから食堂へと足を向けた。

船長室の前で止まっていた二つの気配が遠ざかって行く。
それを感じながらマルコは白ひげに顔を向けた。暫く黙ったままじっと見つめてくるその目に宿るのは、オヤジが息子に向ける慈愛であることを知っている。いつもの目だ。しかし、その奥に『疑念』を宿しているようにも思えた。

『霊気の元となる霊光玉』
『幼い妖怪から与えられた海の力』
『屍鬼との死闘』
『それら全ての影響で人外レベルで強くなったこと』

決して現実味の無い事柄。これらを話したところで果たして理解して信じてくれるだろうか。

「オヤジ……」

隊長達が退室して二人きりとなった今、より詳しく命懸けだった本当の話を、せめてオヤジにだけはすべきか――と、僅かに歯を噛み締めつつ何から話をすべきかを悩んで言いあぐねる。
とりあえず、恩人である彼女に関することから話すことにした。彼女の持つ特別な力を含めて……それを切っ掛けに話せるところを掻い摘んで報告といった形式で言葉を並べていく。
白ひげはマルコから一度も視線を外すことは無く、真剣な眼差しで黙って聞いていた。

何があったかは知らねェが、随分と変わっちまったな。

これまでに無かった表情。纏っていなかった柔らかな雰囲気。言葉の端々に感じる情の深さ。底知れない未知なる強さ等々――白ひげは確かな変化を感じ取っていた。

「なあマルコ」
「何だい?」
「辛いんじゃねェのか?」

片眉と口角を上げた笑みを零して問い掛ける白ひげにマルコは目を丸くした。

「恩人に対するそれは感謝だけか?」
「……」
「ひょっとしてお前ェにとって一生涯愛してやまねェ女だったんじゃあねェのか?」

白ひげの言葉に少し沈黙したマルコだったが、ふっと微笑してかぶりを振った。

「あァ確かに好きだったよい。けど、男としてってやつじゃあねェんだ」

マルコの返事に白ひげは片眉を上げた。

「何て言えば良いか……」

顎に手を当てながらマルコは言う。同じ種類の色を持って似た性質である力を持ち、同じ主義主張の上で理想と目的を掲げて戦った仲間として、友として、好きだった――と。
それは男女の恋愛うんぬんを通り越した間柄で、言うなれば兄と妹のような近しい関係といったところか。

「お転婆で頑固で負けず嫌い。無茶もするし目が離せない手の掛かるやつでよい」

これから一人でやっていけるのか、それだけが気掛かりでなあ……――とマルコは溜息混じりに零した。

「グラグラグラ、そうか」

白ひげ海賊団の長男のような立場柄であるだけに、兄貴気質さながらの面倒見の良さと優しさが恋慕の情に見えただけだったようだ。
それにしてもやはり以前よりも上に立つ者としての器が大きくなり深みを増して磨きがかかったように思える。だから尚更そう見えたのかもしれない。

「お前をここまで変えた女に会って礼がしたかったが……、こればかりは仕方が無ェな」

残念だとばかりに白ひげが言葉を零すと微笑して小さく頷いたマルコは時計をチラッと見た。
船長室に来てから大分時間が経っている。まだ恩人に関する話しだけしかしていないが、今に話さずともまたの機会はいずれ得られるだろう。

「あー、のよい、オヤジ」
「あァ、戻ってから休む間も無く悪かったなァ」

休みてェんだろう?と白ひげが言うと、ポリポリと頬を掻いたマルコは苦笑して頷いた。

「……まァ今日は十分だ。構わねェ、ゆっくり休め」
「すまねェ、ありがとよいオヤジ」

マルコは白ひげに軽く頭を下げて船長室から出て行った。船長室に残った白ひげはマルコを見送ると笑みを消して静かに息を吐いた。

「ただ恩人を残して来ただけじゃあ無ェ。他にも何かある……だろう?」

いくら変わったとしても大事な息子に変わりは無い。言いあぐねて考えながら話す様を見ていればわかる。素直に言えない事情があるのだろう。言葉を選んで当たり障りの無い話をして肝心なところを隠して有耶無耶にするのは昔からある悪い癖だ。

「隊長格の連中に隠せても親であるおれには隠しきれねェよ」

背凭れに身体を預けた白ひげは天井を見上げるとゆっくりと目を瞑った。
そういった点においてはまだまだだな、と僅かに口角を上げて静かに笑った。
一方、自室に戻ったマルコは部屋の扉を開けるなり机の惨状が視界に入るとげんなりして項垂れた。

はァ、二ヶ月の穴はでけェな。暫くは徹夜生活か……。

山のように積まれている書類に顔を顰めて軽く舌打ちをするが仕方が無いことだと諦めた。
だが今は書類の山に埋もれる机よりもベッドに寝かしているレイムに集中しなくては、と気持ちを切り替えてベッドへと歩み寄った。

「さて…と……」

今まで見て来た世界が一転して大きく変わったことを改めて認識する。以前には決して感じることの無かった気配を容易に察することができる。クリオンだけでは無い。他にもそこかしこにいるのだ。
まあ海賊船なのだからそれは何らおかしいことでは無いし当然とも言えるが、甲板に上がった際に”彼ら”は明らかに顔色を変えた。恐怖する者、威嚇する者、縋る者……様々だ。
このことに関しては、やはりオヤジと慕う白ひげにさえも話すべきではないかもしれない。

『死霊について』

そのような話をしたところで何を今更。海賊船なのだからいてもおかしくねェだろう。寧ろいない方が問題だ、とでも言いそうだが、それは『見えない者』だからこその科白とも言える。

しかし、それにしても流石に白ひげは勘が鋭い。当たり障りの無い説明をしている間、終始疑いの目を向けていたことをマルコはわかっていた。
全てを話し終えた後、まだ肝心な話があるんじゃねェのか? と口にこそしなかったが笑みを湛え乍ら鋭い眼光はそう言いたげだった。

「なあ、お前ならどうする?」

ピクリとも動かないレイムにそう言葉を投げ掛けたマルコは、椅子をベッド脇に置いて座るとレイムの手を両手で握り締めてスッと目を閉じた。
トクン...、トクン…、と柔らかく脈打つ不思議な感覚が妙に懐かしい。

「ハッ…、これも縁てやつか」

真っ青で澄んだ空に似ている。
同じだ。
同じ――青。

自ずと口角が上がってしまうのは『見える者』が、同じ種類の色を持って似た性質である力を持つ者が、こんな身近にいるなんて予想だにしていなかったからだ。

「妖怪って感じじゃねェな。どういう類か……、まァそれは後で考えるか」

とりあえずレイムを呼び戻すことからだ。時間が経てば経つほど体と魂の結び付きが薄れて戻れなくなる。

「行くしかねェか……」

ポツリと零したマルコは立ち上がると部屋のドアに鍵を掛けた。そうして再び椅子に戻ると軽く咳払いをしながら背筋を伸ばし、両手首を慣らすように振って両膝の上に下ろし、手のひらを上に向けてゆっくりと目を閉じて意識を高め始めた。
ジリジリとした空気の層に包まれる感覚が足元から全身へと広がる。やがてそれがフッと消えると上下の重力がぐらりと入れ替わった。

「……」

ゆっくり目を開ける。自室に居ることに変わりは無いが色が抜け落ちた薄暗い部屋へと変わっている。ベッドには“当然“レイムの姿は無い。
腰を上げたマルコは部屋のドアを開けると薄暗く色褪せた通路に出た。シンとした静けさに包まれる中、足早に歩いて大部屋を目指した。

「あ!」
「よう」

大部屋に来ると身を小さくして座り込んでいたクリオンが驚きの声をあげた。

「な、何で……?」

呟きながらクリオンは立ち上がるとマルコを呆然と見つめた。
ここは死者の世界だ。生者がいて良い世界では無い。半死半生のレイムのようになるには、瀕死に陥り意識を落とさない限り無理なはず……。

「どうやって……、どうやってこっちの世界に来たんですか!?」
「まァ、それは気にすんな」
「気にするなって……、いや、だって隊長は……、あなたは白ひげ海賊団のNo.2と呼ばれる懸賞金億超えの不死鳥マルコじゃないですか! そんなお人がまさか瀕死に陥るなんて――」
「んなわけねェだろ」
「――え?」
「自力で来た。だから気にすんなって言ったんだよい」

ポカンとするクリオンの気持ちは理解できるが説明をしている暇は無い。生気あるものがこの世界を彷徨っていると、死霊共が掻き付くように『死』へと引き摺り込もうと集まってくるのだ。ただ、通常ならば――なのだが。

「とりあえず、先にお前の首に絡み付いてる呪縛を解くか」

マルコの目にはクリオンの首に黒い靄状の鎖が絡み付いてるのがはっきりと見えていた。

「え……、首……?」

よくわかっていないクリオンは自分の首周りに触れた。しかし、特に何かが付いているわけでも無く、近くにあった鏡を通して見ても何も無い。眉を顰めてどういうことかとマルコに顔を向けた時、マルコの右手がクリオンの首を鷲掴んだ。

「な、何を!?」

狼狽えるクリオンを他所にマルコは指先に力を込め始める。

「あう…ぐっ…!」
「首を絞めて引き摺り込んだりするからだよい」

マルコに首を絞めらているクリオンはマルコの手首を掴んでギリギリと引き離そうと抵抗した。

苦しい! 何でこんなこと!

必死にもがくがビクリともしない。当然だ。相手は隊長だ。一隊員に過ぎない自分の力が適うはずも無い。
死んでいるのに殺される――おれはどうなる?――とクリオンは言い知れぬ恐怖を抱いた。

「おい、弾くぞ」
「!?」

マルコの声にクリオンは目を見開いた。右腕から青い炎を激らせ首を絞める手に向けて光が放たれた。眩い青い光に思わずギュッと目を瞑る。バシュンッと大きな音を耳にしながら身体に衝撃が走った。

「うあっ…!」

首を掴まれていた手が離れてどさりと尻餅をついたクリオンは、ハァハァと呼吸を荒げながら自分の首元を手で摩った。

「殺されると思ったか?」

う…、と軽く呻いて小さく頷いたクリオンは涙目のままマルコを見上げた。

「死んでるってのになァ」

くつくつと喉を鳴らして笑ったマルコは、膝を折ってクリオンの目を真っ直ぐ見つめた。

「お前はこれをレイムにやったんだ。その罰だと思えば良い」
「ッ…!」
「呪縛は解いた……が、何かまだあるな」

マルコはクリオンを見つめながら顎に手を当てて考えると徐に口を開いて訊ねた。

「お前、何か変わったもん持ってねェか?」
「変わった…もの……?」
「あー、例えばどこかで遺品みてェな古びた代物っつーか……」

マルコに言われて生前の記憶を辿るもののクリオンは、思い付かないです、と弱々しく答えた。

「石……とか」

マルコがポツリと呟くと、石……と反芻したクリオンはハッとした。

「まさか……」
「何か思い出しのか?」

違うかもしれないですけど、と前置きしてクリオンは答える。
自分が死んだ日から半年前、いや一年は経っていたか、時期がはっきりとしないし、どこの島で何という町だったかも覚えていないが、古い骨董品を売る旅商人――それも怪しげな年老いた男――に声を掛けられたことがあった。
興味が無い、いらない、と何度断ってもしつこくて、何でも良いから適当に一つ買えば離してくれるだろうと思って仕方が無しに取引きに応じた。
色々ある中で比較的安価で使えそうな短剣を買うことにした。それは骨董品と言うよりも、どこにでもある短剣で、ただ使い古しただけの品だった。
商人の売る品々の多くは、盗品か、どこかで拾ったか、そんな類のものなのだろうと思った。タダで得たものを売って金に変える。悪どい商売だが高額なものが無かっただけに可愛らしいものだと黙認した。
商人がガチャガチャと広げた骨董品を片付けている時、荷物から零れるように落ちて足元に転がってきた石があった。拾って見れば何らかの模様が刻まれていた。

「あァ、それは……、気に入ったのなら持って行け」
「いや、別に――」
「値は付けておらんからタダでくれてやる」

返そうとしても商人は頑なに首を振って決して受け取ろうとしなかった。それどころか荷物を纏め終えると、まるで逃げるように去って行くから呆気にとられた。

「あの石だ……」

どうして今まで気が付かなかったんだ!
顔を強張らせてワナワナと震えながらクリオンは歯を食いしばった。
何らかの模様。あれは――

「あいつの、あの影の……」

クリオンの言葉を耳にしながら視線を外したマルコは、成程な……、と引っ掛かりが消えて納得した。

「その石はどうした?」
「え、あ、持ち帰りました。まだあるかわからないけど、おれ荷物の中を調べればあるかと」
「そうか……」

クリオンの遺品は所属している隊の隊長であるビスタが預かったはずだが、その後についてはビスタに聞いてみないとわからない。
果たして覚えているだろうか? と言うか、聞くにしても今更になってクリオンの荷物の行方を探しているなんて、どう説明すれば納得してくれるのか。それが一番の問題だ。
透視してみるか……。
時が経っているだけに望み薄かもしれないが、それはやってみればわかることで、駄目だったら他の方法を考えれば良いだけだ。

「それは後でおれが探して対処するよい」
「石……だとしたら、あれは何なんですか……?」
「さあな、現物を見てみねェとわからねェが、何らかの儀式で用いられたか……」
「儀式?」
「まあ、呪いの一種に違いねェだろうよい」
「へ!? の、呪い!?」

素っ頓狂な声をあげて固まるクリオンに微笑したマルコは、クリオンの頭をくしゃくしゃと撫でて立ち上がった。

「お前に掛かる呪縛は解いた。時が来れば……と、もう良いみてェだな」
「!」

クリオンの体から白い光を発し始めた。クリオンは瞬きを繰り返しながら自身の手や足を見て、マルコに目を向けた。

「ッ……!」

優しい笑みに、その温情に、思わず胸が締め付けられる。

「クリオン、お前はもう自由だよい」
「マ…ルコ…隊長……」

クリオンは眉尻を下げて目に涙を浮かべると深々と頭を下げた。
命果てようとした時、最後まで尽力してくれた。そして、死んだ後にまでこうして助けてくれた。なんて人なのだろう。感謝の言葉だけでは足りないのに、思いが言葉にならなくて――

「十分わかってる。ありがとよい。けど、助けてやれなくて悪かった」
「!」

すまねェ、と口にしたマルコに目を丸くしたクリオンは、涙を零しながら笑みを浮かべた。

 ありがとうございました

眩い光に包まれる中、その言葉は声になることはなかったが、マルコにはちゃんと届いていた。
最後に強い光を発してクリオンの姿がフッと消えると、辺りは元の薄暗い部屋へと戻った。


〆栞
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