02


穏やかな潮風を感じながら見つめる先は、どこまでも真っ青に広がる空と海。その反対側には地図に載っていない島があった。

大きな白クジラを模したモビー・ディック号がこの島に停泊してから早二ヶ月近くなろうとしている。

白ひげ海賊団のNo.2と称される不死鳥のマルコがこの島を偵察しに出掛けたまま消息不明となったからで、島に到着するなり総動員して探したものの未だに見つけられずにいる。

「はァ……、本当にどこ行っちまったんだ……」

溜息を吐いてぼやいたのは1番隊の副隊長であるギルだ。
今は行方不明となった隊長に代わって1番隊を率いて行かないといけない身であるのだが、精神的に相当まいってしまっているのか、重たい溜息を吐くばかりだ。しまいには、その辺に咲いていた蒲公英を摘んでジッと見つめるとブツブツと独り言を呟く始末で。

「ギル、蒲公英なんか摘んでなにを……?」
「見つかる、見つからない、見つかる、見つからない」
「はあッ!? ちょっ、あんたの気持ちはわかるけど、余計に不安になるからヤメテもらえませんかね!?」
「「「不穏過ぎる!」」」

少々乱心気味の副隊長に嘆き節を叫ぶ1番隊の隊員達を尻目に黙々と痕跡が無いかを探索している一人の隊員。それに気付いた隊員が声を掛けた。

「新人! そこはもうとっくに探したぞ!」
「あ、そう…ですか……」

新人――。
名前を呼ばれない彼は小さく返事をして探索を止めた。

1番隊は真面目で忠義心厚く働き者の集団だ。彼らからしてみれば新人である彼は到底不似合いな存在であり、1番隊に居て欲しくない厄介者のようだ。

名前を呼んでもらえないのは覚えていないからでは無くそんな理由からだ。と、誰かが話していたのを耳にしたことがある彼は、拾った枝木を軽く振りながら草木をペシペシと払い除けて1番隊の元に合流した。

摘んでは抜いて摘んでは抜いての花占いを続けるギルの手から同隊員のジャンが蒲公英を奪って投げ捨てた。

「新人、ギルを連れて先に帰ってろ」
「え? ですが……」
「うー……、たいちょ〜……」
「捜索の邪魔でしかないから」
「……」

ギルの首根っこを掴んで投げ寄越すジャンの言葉に、周りの隊員達も同意するように首を縦に振った。
足元に転がって平伏したままシクシクと涙するギルを見ればそうだろうなと思って頷いた彼は、ギルの腕を引っ掴んで立たせた。

「あ、間違っても変な気は」
「わかってます」
「――……」

ジャンの言葉を遮って答えた彼は、ギルを引き摺るようにしてモビー・ディック号が停泊している港を目指した。
暫く歩いて海辺に着く頃にふと後ろを振り返ると、超絶不満気な顔をした同隊員のダルムがいて、彼は目を丸くした。

「どう…されたんですか?」
「別に……。あとはおれが部屋に連れて行くから新人は戻って捜索しろ」
「はァ、わかりました」

ダルムは彼の手から奪うようにギルを抱えた。その時、ダルムに少しだけ手が触れた。

「ッ……!」

ギルを連れてダルムが立ち去った後、知りたくも無い彼らの会話が強制的に脳裏に響いた。

〜〜〜〜〜

「本当、可愛げの無い新人だぜ……ったく」
「まァ、大丈夫だろ」
「乱心気味とは言え小柄で細身のガキみてェな新人にギルがやられたりはしないっしょ」
「放置して逃げない限りはな」
「「「え……?」」」
「ん……?」
「「「……」」」
「おい! 誰か監視で一人行け!」
「だ、誰が行く?」
「おれはマルコ隊長を早く見つけたいし」
「おれだってそうだよ!」

誰もが嫌がる中、ジャンは堪らず声を上げた。

「あ”ーもう! こういう時は困った時のダルム!」
「え”!?」
「行って来い!!」
「なんでおれ!?」
「「「出たよ、兄貴の権力」」」
「兄貴っつったって生まれたのが数秒先だったってェだけなのに兄貴の権限もクソも」
「「「宜しくダルム」」」
「――ッて、やっぱり!?」

〜〜〜〜〜

信頼なんてされていない。
新人と呼ばれている時点で彼はわかっていた。

―― 嘘つき ――

言われ慣れた言葉のおかげもあって誰からも信頼されないことだって平気。ただ粛々と、ただ黙々と、やらなければならないことをやるだけだ。
草木を掻き分けて開けた場所に出ると、大木の陰で出会い頭に誰かとぶつかった。

「うあっと! 悪ィ!」

目の前の景色が一瞬だけ真っ白になったので新人は驚いた。見上げると忘れもしない特徴的なリーゼントヘアスタイルが目に飛び込んだ。
視界が真っ白になったのはコック服に身を包んでいるからで、黄色いスカーフが妙に似合っているこの人は、4番隊の隊長であるサッチだ。

「あー、お前か。マルコんとこに配属になった……えーと」
「あ、はい。新人です」
「――そう新人! ……って、まだそう呼ばれてんの?」

眉を少し顰めて困ったような笑みを浮かべるサッチに、彼は小さく首を振った。

「新人ですから」
「いやいや、だからって」
「それよりもマルコ隊長の方を心配しないとダメですよ」
「――ッ、ま、まァ、そうだけどよ……」
「まだ探索されていない北西の離れ島に?」
「あーうん、そう、そのつもりでこっちにな」

少し戸惑いながら彼の調子に合わせてサッチは頷いた。それに対して彼は思う。
きっと気まずさからそんな”ふり”をしたのだろう。隊長格の彼が他の隊に配属となった元敵だった信用ならざる新人のことなど心配なんてするわけがない――と。

「おれも一緒に行っても構いませんか?」
「ん? あァ、それは良いけど1番隊の奴らは?」
「南東の方にいます」
「一緒に行動しねェの?」
「一緒に行動してましたけど、ギル副隊長が少々乱心気味で連れて帰るように指示されて別れましたので」

あァ成程。と、サッチは察したように苦笑を浮かべて頷いた。

「で、再捜査に戻って来た所でおれっちと出くわしたってことね」
「はい」
「ん、なら一緒に北西の離れ島を探索するか!」

快く承諾したサッチと共に彼は北西にある離れ島を目指すこととなった。

「で、えっと、名前なんだけどよ」
「あ、新人です」
「そう新人……じゃねェでしょ? お前って意外と根に持つタイプだったりするわけ?」
「いえ、淡泊な方だと思ってます」

そう返事をして黙々と歩く彼の隣を歩いていたサッチの足が止まった。どうしたのだろうと彼が振り返ると、サッチは今度こそ本当に困ったとばかりに表情を曇らせていた。

「あの……?」
「帰ったらマルコの代わりにおれっちからあいつらに言ってやる」
「え?」
「ちゃんと名前を呼べって」
「あ、いや、それは別に……」
「んまァ、本当に淡泊!」

両手で自分の頬を挟んで顔を青くしながら声を上げたサッチは、彼の鼻先に触れそうな程に顔をずいっと近付けて「よ・く・な・い・で・しょ」と言ってガクリと項垂れた。

「はァ……、勘違いだけは止してくれよ」
「勘違い?」
「そ。1番隊の連中は表立って言わねェけど、『マルコ命』って奴らの集まりみてェなもんだから気が立ってんだよ」
「えェ、それは見ていればわかります」
「だったら」
「おれは一員になって日が浅いですし、よく知りもしない内にマルコ隊長が行方不明になってしまったので、1番隊の隊員でありながら彼らと違って淡泊な受け答えをするおれが気に食わないんだと思います」
「――ッ、」

反論の余地が無いのかサッチは言葉を飲み込んだ。

「全く信用されていないことも重々理解していますしね」

大したことでは無いですよ。と、最後にそう付け加えた彼に、サッチは「ん”ー……」と呻くような声を発して難しい表情を浮かべた。

ドクンッ!

「!」

今いる場所から離れたところで妙な気配を感じた彼の心臓が大きく脈打つ。それが何であるかはわからない。しかし、人のソレで無いことは確かだと瞬間的に察した。

「あ、あの!」
「ん…?」
「早く、早く行きましょう!」
「お、おう、そうだな。まずはマルコを見つけてからだ」

早く、早く、この島から離れたい――。
逸る気持ちを抑えて、なるべく平静を保って、彼はサッチと共に北西の離れ島を目指した。

新人

〆栞
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