05


深く寝入っていたマヒロはゆっくりと瞳を開けた。
ぼやける視界の中にある自分の両手――とは異なる大きく骨ばった手がそこにある。その手をじっと見つめながら腰に感じる重みや背中から感じる自身のそれとは異なる体温が眠りに落ちる前の記憶を呼び覚ました。

―― !

微睡んだ瞳をカッと見開くと同時に顔に熱が集中して集まる。
マヒロは慌てて起き上がろうとした――が、ツキンと鈍い痛みが腰を襲った。

「ッ……」

―― うぅ…、は、激しかったから腰が……。

甘く切なく熱情的な性交の末か、身体が怠くて重い。
起き上がる気力は直ぐに萎え、身体から力が抜け落ちた。
二年ぶりの再会は二人を予想以上に熱くさせたのだ。

「マヒロ……、起きたのか……?」
「あ、はい――!」

背中越しに言葉を投げ掛けられ、それに釣られるように振り向こうとしたマヒロだったが、腰に回されたマルコの腕に力が込められてギュッと抱き締められた為、マルコの顔を見ることは叶わず息を飲んだ。

「激しかったからなァ……」
「ッ……」

肩越しにマルコの吐息がサワリと肌を撫でたかと思うと耳元にどこか甘く掠れた声が届けられてドキンと心臓が跳ねる。

「腰が辛ェなら無理して起きるなマヒロ」
「う……」

きっと自分の顔は茹で蛸のように真っ赤だろうと思いながらマヒロはギュッと目を瞑り、コクリと頷くことしかできなかった。
しかし、自分の身体を抱き締めるマルコの腕や目の前にあるその手に自分の手をそっと重ねて小さく撫でた。するとマルコの手や腕が僅かにピクンと動いた。

「……温かい」
「お互いにな。悪ィがもう少しこのまま寝ていたいんだが……」
「じゃあ私も、もう少し眠ることにします」
「ハハ、あァそうしてくれよい」
「ふふ」

一度は目を覚ました二人だったが、お互いの温もりが手放せないとばかりに身体を寄せ合いながら目を瞑った――が、やはりマヒロはマヒロだった。

再び休もうとした矢先にマヒロはガバッと上体を起こしてシーツで身体を隠しながら、これ以上無い程に真っ赤にした顔を両手で包み隠すように覆い、軽く身悶えながら狼狽し始めた。

マルコは呆れにも似た溜息を吐くと片肘を突いた手で頭を支えながら「あー……」と声を漏らしつつ視線を彷徨わせて溜息を吐いた。

「わわわ、私、そ、そそそその」

冷静になったところで羞恥心がマヒロを襲ったのだろう。

お互いに裸のままで一つベッドの上で抱き締め合って眠る等、素に戻ったマヒロには到底飛び越えれそうに無い高いハードルだった。

そんなことは百も承知しているマルコは上体を起こし、軽くパニックを起こし掛けるマヒロの頭に手を置いてクシャリと撫でた。

「落ち着け」
「うっ……、腰が痛い……」
「あー……まァそれは…悪かった」
「ッ……」
「今聞くのもおかしいが、その、何つぅかよい……、正直なところおれに抱かれるのは嫌になっちまったかい?」
「へ!?」
「その……、歯止めが利かねェまま何度も抱いちまったからよい、身体……辛ェんだろい?」
「そ、それはっ! そんな…わけ……な、無い…です……」
「……」
「求めてたもの。私もマルコさんを求めてたから嫌だなんて思いません」
「ッ! ……マヒロ……」

少し心配そうに見つめるマルコにマヒロは首を振って否定しつつ恥じらいながらも素直な気持ちを口にした。だが先刻前にマルコから受けた寵愛ぶりを脳裏に掠めるとマヒロは更に一層顔を赤くする――が、決して顔を逸らす事はせず、マルコをじっと見つめてそう答え、マルコはどこかホッと胸を撫で下ろすように小さな溜息を吐いた。

―― それなりの年齢に差し掛かったおっさんだってェのに、ガキみてェにがっついたからなァ。

もう少し大人の余裕というものを持っていたかったのだが、いざマヒロが直ぐ目の前にいて、肌に触れ、声を、吐息を耳にして、欲しかったマヒロの全てが手の内に収まった瞬間、自制の箍は破壊され、若い男が女を貪るようにマヒロを抱いたことを自覚している。

見つめて来るマヒロから視線を外したマルコは少々反省し、眉間に少しの皺を寄せて一呼吸を置くとマヒロへと視線を戻した。

先刻のような情事はマヒロの負担が大きく、それは決して望ましいことでは無い。ただ、二年という月日がマルコの心の奥底に募らせたマヒロへの想いが暴発して抑止できず、己の欲を満たすまで何度でも無理強いして抱き続けてしまうのだ。
ぽっかり空いた二年の空白と、募りに募った想いをある程度解消して安定するまで、マルコはマヒロとの情事を暫く断つことを決意した。

「……次は暫くお預け…か」
「ん?」

首筋に手を当ててマルコがそうポツリと呟くとマヒロはその真意がわからずに首を傾げて考えた。

―― ……お預けって……?

少しだけ眉を顰めたマヒロだったが何か察したのか小さくハッとして目を丸くした。すると途端にどこか気が抜けたようなヘニャリとした笑みを浮かべて小さく笑う。するとマルコは眉をピクリと動かして片眉を上げた。

「マヒロ?」
「気にしないでマルコさん」
「っ!」
「これからは――」
「けど、お前ェの負担が――」
「したい時にはいつでもできますから、お預けだなんて必要は無いですしね!」
「――!」
「私も求めて欲しいし、したいですし……ん?」
「!?」

―― し、したい時にはいつでも? 求めて欲しい? い……良いのかよい?

まるで凄い提案をしているかのようにマヒロは手を叩いて満面の笑みを浮かべている。その言葉が爆弾であることなどマヒロは当然気付いていない――が、自分の発した言葉の意味を改めて精査したマヒロは満面の笑みを浮かべながら妙な汗を掻き始めて焦り始めた。

「って、……あ、あれ? わ、私、今、な、何だか凄く恥ずかしいこと言いました!?」
「ッ――」

マヒロが投下した爆弾は見事にマルコの脳天にぶち当たっていた。マヒロの”うっかり”口にしたその言葉の羅列の破壊力たるや、あまりにも凄まじく、マルコの決意を一瞬にして木っ端微塵に粉砕した。それどころか理性をも簡単に吹き飛ばし、マルコの雄の根に再び火を点けた。

―― これ以上無ェ誘い文句を投じておきながら意味がわかってねェって、天然にも程がある。……なァマヒロよい!!

久しぶりの行為に無我夢中で何度も抱き続けた先刻を経てから一睡したとしても疲弊した身体はまだ回復しておらず、少々腰が怠くて重さも感じる。今また抱けるかと言われると流石にマルコとは言えちょっと――と思いつつもマヒロの言葉のせいで身体の中心に熱が高まる一方でどうしようも無く、ギリッと奥歯を噛み締めた。

―― くっ……、天然発言だってェわかってるが、身体が真面に受け取っちまうよい。

これも惚れたが為か、男の性はやけに素直に反応してみせるのだから、マルコもまだまだ若くて元気な証拠である。

「マヒロ、相変わらずお前ェはおれを甚振るのが好きだねい……」
「へ!? あっ、い、いや、け、決してそういうわけじゃ!!」
「で?」
「で?」
「今、欲しいのか欲しくないのかどっちだよい?」
「い、今!? ちっ、違います! そ、そういうつもりで言ったんじゃ――」
「”マヒロが”したいってなァ、そんな素直に言われちまったらおれは」
「ばっ!? バカ言わないで!? そんなこと口が裂けても言いません!」
「……そうかい、ならおれはもう少し寝るよい」

顔を真っ赤に抗議するマヒロにマルコは両腕を組んで溜息を吐くと枕に顔を埋めながらシーツを引っ張り上げ、再び眠る体勢を見せた。

「あ、ちょっ、ま、待って!」

何だかよくわからない内にマヒロは眠ろうとするマルコの肩を掴んで制止を呼び掛けるとマルコは片目を開けてマヒロに視線を向けた。

「で?」
「……はい?」
「”おれが”欲しいのか?」
「!?」

口角を上げて少し意地の悪い笑みを浮かべて問い掛けるマルコにマヒロは「ぐぬっ!」と、心理的に追い詰められた。どうやらマルコは何としても『マヒロがマルコを求めている』ということを言わせたいらしい。

―― こ、この不死鳥! またしても嵌められた!!

マヒロは口をパクパクと開閉を繰り返している。

「寝て欲しく無ェってんなら、どうして欲しいんだい?」
「ッ……」

押し黙ったままのマヒロに痺れを切らすかのようにマルコは身体を起こしてマヒロの背中から抱き締めた。

「マヒロ」
「!」

マヒロの肩に顎を乗せて耳元に唇を寄せて甘く囁くようにマルコが名を呼ぶとマヒロの身体が小さく跳ねた。

―― そ、そんな甘い声で……名前を呼ばないでよ……。

ドキンと心臓が跳ねて強張らせた身体の奥底から熱が発するのを感じたマヒロは思わずシーツをギュッと握る。そんなマヒロの反応にマルコな喉を鳴らすようにクツリと笑うと身体を横たえた。

「無理にとは言わねェ。まだ疲れが取れてないなら寝るか、身体を洗いたいならシャワールームがあるから好きにして良いよい」
「わ、私は!」
「これからはマヒロが言ったように、いつでもしたい時にできんだからよい」

誘っておいて突き放す。マヒロの天然で軽く肩透かしを喰らった意趣返しといったところだ。マルコは冗談だとばかりに笑ってマヒロを解放し、再びベッドに身体を倒した。

「ッ……う、うん…そ、そうだね」

マヒロは小さく頷いて返事を返すと仰向けになったマルコは堪らず噴き出すように笑い始めた。

「クッ……ははっ! 何だ、あっさりと認めんのか――よい? ……マヒロ?」

まるで勝ち誇ったように笑うマルコにマヒロは何を思ったのか、ゆっくりと動いてマルコの顔の直ぐ横に手を突き、マルコを見下ろすように覆い被さり、マルコは笑うのを止めて目をパチクリとさせてマヒロを見上げた。

「したい時に、しよ? ね?」

少し艶っぽい表情を浮かべながら愛らしい笑みを浮かべたマヒロはそう言った。そして――チュッ――と、軽く唇が触れる程度のライトキスを落とした。

「!?」
「にひひ、お休みなさい!!」

マヒロは悪戯っぽく笑うとシーツを頭から被ってマルコから背を向けて眠った。マルコはただ唖然として目を見開いたまま停止し、徐に手で口元を覆うと顔を真っ赤にした。

「……はァ……」

―― してやられた……よい。

マルコは深い溜息を吐きながら自分から背を向けて眠るマヒロを包み込むように抱き締めながら自身も眠りに入ろうと目を瞑った。
暫くしてマルコが眠りに入った頃、マヒロは身体を捩って反転してマルコの寝顔を見つめながらクスリと笑みを零した。

「マルコさん、私はあなたに抱かれるのは……凄く好きです。温かくて、優しくて、時々余裕を無くして乱暴そうにしながら、それでも、優しい。だから好き。あなたが好き。どうしようも無いぐらいに……」

眠るマルコの頬にそっと手を添えてマヒロは切なげな表情を浮かべ、募らせた想いを言葉にして呟いた。
マヒロにとっても二年の月日はとても長かった。

『二度と会えない』

覚悟していたとしても、理解していたとしても、マルコへの想いは日ごとに募るばかりであることは自覚していた。また会えるということが分かった時、例え死の淵に立たされていたとしても、心の底から震える程の喜びに感極まって涙したのを昨日のことのように鮮明に覚えているのだ。

「ずっと側にいて、ずっと共に生きて、ずっと……良いよね?」

もう二度と触れることができないと思っていた大切な人に触れることができる喜び。愛し気に手をゆるゆると動かしてマルコの頬を撫でる。

「二年前、あなたと別れた後で後悔しなかったって言ったら嘘になる。本当は後悔してた。あなたを離してしまったことをずっと後悔してた。もう、あの時のあの辛さは二度と味わいたくない。何の目的も目標も持たずにただ生きてるだけを過ごていた私に生きる彩りを与えてくれたあなたを、私は、私は――」

思いの丈を言葉にしてマヒロが夢中になって話していると、マルコの頬に添えた手に大きく骨ばった手が重ねられ、マヒロはハッとして我に返って目を丸くした。
閉じられていた瞼が開けられ、青い瞳がじっと自分を見つめ、微笑を浮べるマルコにマヒロはキュッと唇を噛み締めて目に涙を溜めた。

「知ってるよい」
「っ……」
「おれも後悔した口だよい。だからもう――」
「!」

マルコは自分の額をマヒロの額にコツンとくっ付けた。

「おれは二度とお前ェを離さねェ……」
「マルコ…さん」
「好きだよいマヒロ」
「ふっ…うっ……」

マルコの言葉にマヒロは我慢が出来ずに涙を零した。そんなマヒロを愛し気に優しく抱き締めてマルコは何度もマヒロの頭や背中を摩った。
いつかマヒロの世界でこうして泣く彼女を慰めたことを思い出しながらクツリと笑みを零して――。

「なァマヒロ」
「……はい」
「これから先、おれと共にいてくれるかい?」
「はい!」
「それと」
「?」
「おれと共に戦ってくれるかい?」
「!」

マルコの言葉にマヒロは少し驚いた。以前はどちらかと言うと『戦わせたくない』と、口にはしないがそういう気持ちであったことをマヒロは何となく察していた。だが今回は『共に戦って欲しい』のだとマルコが自ら口にするのだ。
この二年間で、マルコがどれだけ強くなったのか――。
最初こそ話だけでは今一つピンと来なかったが、実際に相対し、屍鬼の毒に侵された身体を想像し得ない方法で簡単に治した術を目の当たりにしたマヒロは、とてつもなく強くなっていることを予想していた。だからこそ、こうして側に居ることを許されたとしても戦いは控えるように言われるのではとマヒロは思っていたのだ。

「ッ……」
「嫌かい?」
「ううん、喜んで」
「ハハ、そうか、なら助かるよいマヒロ」
「今度は私がマルコさんを守りますね!」

嬉しそうにマヒロがそう言うとマルコは少し眉をピクリと動かした。

「あーいや、……マヒロに守られるってェのは……」
「私にあなたを守らせろい!」
「!」
「ね?」

渋るマルコだったがマヒロの言葉に目を丸くしたマルコはフッと笑みを零した。

「お互いに……な」
「ふふ」

お互いに額をくっ付けたまま笑みを零して笑い合った。そして二度と離さないとばかりにお互いに手を繋いで身を寄せ合い、二人して再び深い眠りへと就いた。

翌日早朝――。

待ちに待った島に漸く到着したぜ――と、サッチが意気揚々にマルコの部屋を訪れてノックもせずにバンッと開け放って入って来た。だが、床に散らばる二人の衣服が目に飛び込み、ベッドの上へと視線を向ければ、マルコとマヒロが(恐らく裸体のまま)抱き合いながら気持ち良さそうに眠る姿がそこにあった。するとサッチは笑顔の様相を一つも崩さずに後退り、静かに部屋から廊下へと出ると静かに扉を閉め、何事も無かったかのように足早に甲板へと向かった。

そして――。

どこまで広大な青い空に向かって絶叫にも近い声音で高らかに遠吠えをし始めた。

「ちっくしょおォォォッ!! おれっちだって、おれっちだってなァ! いつか絶対に良い女を横に侍らせんだってんだァァァ!!」
「アホが朝から何を叫んでるのかねェ……」
「アホはいつでもどこでもアホのままだ。放っておくのが一番無難だ」
「ククッ、何気にビスタもサッチには容赦無く毒を吐くんだねェ?」
「あァ、それは――」
「「サッチだからな」」

イゾウとビスタは声を重ねてそう言うとお互いに傑作だと笑った。そんなことを二人が話している等とは露知らずにサッチは悔し涙に明け暮れた。

「畜生ォ〜……マルコめ、幸せになりやがって……。しかし、マヒロちゃんって色が白くて艶っぽい身体してんだなァ。失敗した。折角なら……おっぱいを拝めば良かったぜ」

一通り叫んだ後にサッチは数分前に見たマヒロの白い背中を思い起こし、女性特有の丸い二つの果実を想像し始めた――その時だった。

バシュンッ!!

「ぴっ!?」
「「!?」」

鼻の下を伸ばして卑猥な想像を始めるサッチに、どこからともなく見えない弾丸が後頭部を目掛けて襲った。サッチは何とも言えない声を上げながら軽く吹き飛んで甲板に倒れ、突然起きたその現象にイゾウとビスタは何が起こったのかわからずに目を見開いて唖然とした。
だがこれは恐らく見えない攻撃を仕掛けることができる唯一の男の仕業であることが容易に思い浮かび、その人物はこの船において一人しかいないので、二人は「あァ」と納得して苦笑を浮かべた。そして、サッチに見えない攻撃を仕掛けた張本人である男は欠伸をしながら自室の部屋の扉を閉めるとシャワー室へと向かった。

「ったく、サッチの気配に気付かないまま眠っちまってたなんてよい。 久しぶりにヤり過ぎておれも相当疲れてたんだろうない」

マルコは一人反省しながら熱湯を頭から被りつつ溜息を吐いた。

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〆栞
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