01


青い大空とその青を移して雄大に広がる大海。
太陽の光が燦々と照らして映し出す真っ青な世界に、白い雲と白波がアクセントを施してとても美しい。
そして、その世界の中に大きな白いクジラを模したような帆船が優雅に航行している。その船から、今、青い光を放つ鳥が空高く舞い上がり、ずっと先にある島へと飛んで行く姿があった。

この物語はそんな『青い力』が織り成す類稀なる奇跡が生む物語である。





マルコは遥か遠方にある島へと偵察をしに行く為の許可を得て船長室から出て来た。
行き先となるその島は地図に無い島でログポースも全く反応を示さない不思議な島だった。
航行する船のスピードからして到着するのは大分先になる。
別に急いで偵察に行く必要は無いのだが何故かどうしてもその島の存在が気になって仕方が無かった。
偵察に出る前の腹ごしらえに、少し早い時間帯ではあったが厨房を覗き込んだマルコはサッチに声を掛けた。

「どうしたマルコ?」
「少し早ェが食えるもん出してくれねェか?」
「ん?」
「この後、直ぐに偵察しに出て行くからよい」
「偵察? ……大分先じゃねェの?」
「まァそうなんだが、ちょっと気になることがあってねい。オヤジから偵察の許可も得たからよい」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
「悪い」

サッチに食事を頼んで食堂の端の席に腰を下ろしたマルコは待っている間、どうも落ち着きが無かった。
どこかソワソワしているといった雰囲気に、食事を乗せたトレーを手に厨房から出て来たサッチは軽く目を見張りながらマルコの元へと向かった。

「っつぅかさ、別に急ぐことはねェだろ?」
「いや……、よくはわからねェが気になってよい」
「大丈夫か? ……妙に落ち着きがねェっていうか、何か焦ってねェか?」
「おれがかよい?」
「……どう言って良いかわかんねェけどよ、少し間を置いた方が良いんじゃねェか?」
「気になっちまったら落ち着いてもいられねェって奴だろい。そういうのはさっさと解決しちまった方が気が楽だろい?」
「まァ、そりゃそうだけどよ」

サッチがやけに心配しているような言葉尻も妙に気になったがマルコは心配するなと言って受け流して食事を進めた。しかし、確かにサッチが言った通りマルコ自身もどこか気が急いているような気もしないではなかった。

「何か変に胸騒ぎするっつぅか、あんまり良い気がしねェんだってんだ」
「いつもの悪ふざけ……って感じでもねェな。どうしたよい、サッチがおれを心配するって?」
「悪いかよ? 一応、お前ェとは古い仲だしよ」
「なら信用しろよい」
「んー、まァお前の強さにゃ全幅の信頼は寄せてるぜ」

他愛の無い会話――のはずだった。
そのサッチの心配事が的中して後に急いたことを悔やむべき行動だったということになるとはこの時のマルコは想像だにしていなかった。
食事を済ませたマルコはトレーをそのままに席を立って甲板へと向かった。
サッチは4番隊の部下に「悪い、片しておいてくれ」とそのトレーを預けるとマルコの後を追うようにして甲板へと向かった。

マルコは船の欄干に立つと少し遅れて見送りに来たサッチへと振り向いた。

「じゃあ偵察に行って来るよい。おれが留守の間は――」
「はは、心配すんなって。まァ書類仕事はできねェがそれ以外はちゃんとしてるからよ、安心しろ」
「あー……おれが戻った時に書類仕事が無くなってたら世界が滅亡しちまうからねい、期待はしねェよい」
「おう、信用されてねェお言葉ありがとよ! ……マルコ、気ィ付けてな」

軽口を叩き合いながらマルコはクツリと笑うと青い炎を全身に纏い不死鳥となって空へと飛び立った。
サッチも笑みを浮かべながら軽くマルコに手を振って見届けると「さて、そろそろ飯の準備しねェとな」と仕事の為に踵を返して船内へと姿を消した。





数刻を経て、マルコが島の上空へ辿り着くと同時に急に天候が荒れだして激しい雨風と共に雷鳴が轟いた。

「チッ! さっきまで晴れてたろい!?」

マルコは身の危険を感じ、避難しようとその島へと一気に下降して降り立とうとした。そして、その島の地に着地した時だ。激しい雷鳴が鳴り響くと途端に視界がぐらりと歪んだ。

「な!?」

驚く声を漏らした時には地面がフッと消えて全身に浮遊感が襲った。

「何だっ――っ!?」

自分の身体が明らかに落下していると悟ったマルコは焦って腕を不死鳥化しようとしたが、直ぐ目の前に木々の姿が現れ、不死鳥化する前に木々に突っ込んで枝葉が激しく折れる音と共に地面へと身体を打ち付けた。

「いっ……つぅ……」

突然のことで何が何だかわからず、打ち付けた腰に痛みが走った。
少し涙目になりながら腰を擦ってふと顔を上げると、一纏めに結った漆黒の長い髪がやけに印象的な女が自分を見下ろしていた。

「ねェ、こんなところで何をされているんですか?」
「あー……、ここはどこだよい?」

髪の色と同じぐらい漆黒の瞳はどこか魅力的に感じた。そして、その髪と瞳の色が映える程に対照的な白い肌はどこか儚げなものを感じさせる。
普段、他人に関心を寄せることなど滅多に無いマルコが珍しく瞬間的に彼女に興味を抱いたことに戸惑いを感じた。

―― ッ……、な、何だよい? 

こんなに心に印象的なものを植え付けさせる者がいただろうか?

―― オヤジならともかく……ましてや相手は女だろうがよい。

マルコの女に対する価値観はかなり偏見もあって大変シビアなものだ。
基本的に性の捌け口としか捉えていない節がある。
サッチに言わせると『マルコは女の敵だぜ』だそうだが、それはマルコも自覚している。

だからこそ、目の前の女に一瞬でも魅力的に惹かれたことに驚いたのだ。

その女はマルコの胸元に届くか届かないかぐらいで身長は高いとは言い難い。
その身長に見合うように細見の体躯に、顔の様相からして年端も行かぬ十代前半ぐらいの少女と見受けた。

―― ……気のせいにも程がある。どんだけ気が動転してんだよい。

「とりあえず、立てますか?」
「ん……よい?」

女の声にマルコはハッとして我に返ると腕に力を入れて立ち上がろうとした――が、何故か足腰に力が入らず立てそうにない。
目を丸くして呆気に取られて停止していると女は目をパチクリさせてマルコを見つめた。

「あ、ひょっとして腰が抜けてます?」
「……」

―― まさか……、腰を抜かした経験なんざ生まれてこの方一度も無ェってのに。

マルコは思わず絶句した。

「仕方が無い……。じゃあ、とりあえずここでは何なので私の家にお連れしますね?」
「何? お、おい!」
「よいしょ!!」

女がぽつりとそう言葉を落としたのをしっかり聞いたマルコは俄然驚いて女へ視線を向けた。女はマルコの左腕を自らの肩に回して右手をマルコの腰へと回すと一気に担ぎ上げた。

「なっ!?」

―― ちょっ!? マジかよい!? そんな細い腕と 小せェ身体のどこにそんな力があるんだよい!?

ただでさえ腰を抜かした(と思われる)身体にショックを受けていた上でのこの仕打ちにマルコは最早唖然とするしかなかった。

―― っ、じょ、冗談じゃねェよい!

「お、おい、お前!」
「喋らないで? 舌を噛みますよ?」
「っ!?」

担げたとしても歩けるわけ無い――といったマルコの考えは簡単に吹き飛んだ。その足取りは何も苦にする風でもなく軽いもので、ひょいひょいと山の中を駆けて行く。マルコは流れる景色を唖然として見つめ、何も言えずに黙って女に担がれたまま大人しくしているのだった。

―― なんて……女だよい。

暫くして女の家に着くと縁側に下ろされたそこに座った。

「少しお待ち頂けますか? とりあえずお茶入れてきますので」
「……あ、あァ、手間を掛けさせちまって悪い。そう気遣って貰わなくても構わねェからよい」

少し微笑んだ女の表情にマルコは思わず心臓が跳ねた気がした。何とも言えない高揚感が身体を支配する。

「……な、んだよい? 何でこんな……」

―― こんな感情、おれは知らねェよい。

地図に無い島。
気になって仕方が無かった島。

まさかその島に関わったことで、マルコの心情に大きな変化を齎し、マルコの運命でさえも大きく狂わせることになるとはマルコ自身思いもしなかった。

世界の転換

〆栞
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