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この世界とは――異次元空間に多重に存在する全ての世界を指している。
次元や時を超え、全ての世界を統べる力を持つ者と言われる時津守和多利(ときつのかみのわたり)によって形成されているのである。

人でも妖怪でもない者、謎とされる者、と称され、姿形は誰にも”見えない”存在だ。何故なら時津守和多利は世界そのものなのだから――だ。

不死であり、次元を自在に操り、万物の生みの親たるそれは、人と妖怪が共に生きる世界を望み、生きる力として人には霊気を、妖怪には妖気を分け与えた。

人は基本的に温厚ではあるが臆病であり欲深い。
妖怪は豪胆だが獰猛で狡猾な性格。

それによりやがて力に差が生じ始めて争いが始まる。

世界は争いを収束させる為に人一人に霊光玉を与えた。多くの者に力を分け与えては事態は酷くなるからだ。
その霊光玉は、力ある妖怪を誘う『餌』としても有効であった。
世界に混乱を生む力を持った妖怪を倒すことを使命とし、霊光玉を携える者は『霊光波動拳継承者』として引き継がれていった。

だが争いにより生じた憎悪の塊は簡単には浄化されなかった。

その塊はやがて意志を持ち始め、時津守和多利はその塊を自らの影に押し込んだ。しかし、それによって屍鬼が生まれ、自らの主である時津守和多利の力を奪い、屍鬼自らが世界に君臨せしめんと行動を起こした。

だが時津守和多利は力を拡散させたことで影に力を奪われることを回避した。そしてその拡散した力をまた一つ所に集約し、元に戻して主に還元させることと、それのついでに影の浄化を使命として生まれたのが空幻と空環だった。

『器を見つけ、力を与え、玉を収める』

時空間を統べる力は強大。そう簡単なことでは無い。長い年月をかけて計画し、長い年月をかけて実行しなければならない。
その間に影が暴走してしまっては事だと、陰の空環は影を抑える役目とした。しかし、空環は元来より気紛れなサボり魔だ。
それにより大半の役目を空幻に任せ、空環は影に取り入る”ふり”をして姿を消した。
空幻はこれに怒って「わしもサボる!」と言って、人に恋して現を抜かした。

そんなどうしようもない二人に世界が嘆いたのは言うまでもない。
時が過ぎ行く中で本来の役割そのものまでも忘れかけ始めた二人を見つめ、世界は彼らにとって変わる人材を求めることにした。

嘗て人に力を与えた霊光玉とそれを収める為の器を探さなければならない。

霊光玉を受け継ぐマヒロは直ぐに見つかった。だがそれを収める器とするには力不足であった。それをすれば『死』を招くだけ。そうなっては彼女の人生はあまりにも悲しく孤独で哀れなものだ。それに加えて『死』を齎すにしては、彼女があまりにも不憫だと世界は思った。

ならば、自ら進んで”犠牲を武器に戦う者”がいたとすればどうだろう?

他者を生かす為に自らの身を盾にして守る気概を持ち、尚且つ、玉を収める『青の魂』を持つ者を探した。
そして――。
世界はマヒロとは異なる世界に生きる者に目を付けた。
マルコだ。
試しとばかりにその世界に存在する『悪魔の実』を利用し、不死鳥となる力を備えた幻獣種トリトリの実を落とし、マルコの手に渡らせるように仕組んだ。
案の定、マルコは自ら進んでその実を口にした。
敬愛する船長や家族と呼べる仲間を守る為、その力を欲したマルコに世界は望みを託すことにした。そして空間に穴を開け、マルコをマヒロの世界に飛ばして二人を出会わせたのだ。

全ては世界が、時空を統べる時津守和多利が、何もかも仕向けたことだった。

ただ誤算が一つ起きた。
それはマルコとマヒロがお互いに無くてはならない程に近しい間柄になったことだった。
異なる世界の住人同士が恋に落ちることは本来あってはならないことだ。
その為、事が進み、別れとなる際に、二人の記憶を消すべきかどうかを考えた。
しかし、彼らに大きな仕事を託すのだ。それも”強制的に”だ。
となれば、今回のことは大目に見よう。報酬では無いがせめてもの礼だ――ということだ。

「ぶっちゃけた話をするとのう、これは全て”世界の命令”によるわしら双子の仕組んだことなのじゃよ」
「はァ!? 何だって!?」
「おお怖いのう! おお怖い!」

戦いの前、確かに空幻はそう言っていた。だがいつも冗談を口にする老人の世迷言だとばかりに思っていたマルコだったが、全て本当のことだったのだと最後に知った。

元の世界に戻ったマルコとマヒロは砂浜に寝転んだ状態で真っ青な空を見つめながらそんな話をした。
白ひげ海賊団には、マルコからサッチへの以心伝心手段により連絡済みだ。
モビー・ディック号が島に来るまで、二人は戦いの疲れを取るかのように静かに時を過ごした。





マルコとマヒロはモビー・ディック号から離れ、夏島シャブナスにあるロダの村を訪れていた。
村長にチシとサコのことを伝えに来たのだ。
大切な孫を預かっておきながら死なせてしまったことに謝罪をしなくてはならない。
罵詈雑言を浴びる覚悟で訪ねたのだ。
しかし――。
村長の家に訪れたマルコとマヒロを出迎えたのはノバとシバの二人だけだった。
話によると村長は、白ひげ海賊団が島を離れてから数日後に体調を崩して床に伏し、それから半月程して老衰で他界したのだという。
その間、村長に世話になっていたノバとシバが村長の代理として働いていた為、そのままノバとシバがロダの村の長となったらしい。
今ではウィルシャナやキリグやコープと交易等で接するようになって上手く付き合っているのだということを知った。

「……村長さん、本当にごめんなさい……」
「向こうで会えてると良いねい」
「うん。きっと、家族みんなで楽しく過ごしてると思う」

村長の墓の前でマヒロはチシとサコと共に船の上で過ごした話を報告した。
マルコは隣で黙ってその報告を聞いて、時々クツリと笑ったり相槌をしたりしていた。

「守るどころか守られちまったよい。本当に出来た二人だった。感謝してもしきれねェよい」
「本当に……。凄く優しくて可愛くて強い、とても良い子達でした」

最後に別れを告げる際、マルコは深く頭を下げて感謝の言葉と謝罪の言葉を口にし、マヒロもそれに倣い隣で頭を下げて涙をポロリと零した。
その後少しだけノバとシバと話をした。
何でもウィルシャナのゾイルと意気投合したそうで、今では飲み友達といった近しい間柄になったという。
マルコとマヒロはお互いに目を合わせてほとほと驚いたのだった。

それから――。

「いい加減に身を固めやがれバカ息子!」
「そうだよ!」
「二人に遅れを取っちまってんだ。カーナがあまりに不憫じゃないか。なァサッチ」
「おおおおう、わわわわかってらァ!!」
「ちゃんとお道化ずに真面目に言えよい」
「「「経験者の助言は大事だぞサッチ!」」」
「くっ!」

船長室で白ひげに檄を飛ばされ、周囲の隊長達の後押しを得たサッチは、花束と何やら指輪が入ったケースを手にして船長室から出て行くところだ。
不安気な表情で後ろを振り向くサッチに白ひげを始め隊長達が皆してグッと拳を作って「ファイト!」と声を掛けて励ます。
この光景を白ひげの側に立っていたマルコは、まるでいつかの自分を見ているようだと思い出してクツリと笑った。

この日、甲板にいたカーナはマヒロと談笑していた。そこにサッチが緊張した面持ちで現れるとマヒロは「邪魔だから失礼するね?」と言ってカーナを残して船内へと足早に去った。そして二人きりになったところでサッチの一世一代のプロポーズが始まった。

「お、おれっちの嫁になってくれ!」
「!」
「カーナ、好きだ!!」
「サッチさん……嬉しい!」

ガバッ!

「!!」
「喜んで!」

サッチのプロポーズが見事に成就した瞬間だった。
大いに喜んだカーナは人目も憚らずサッチに抱き着き、サッチも嬉しそうにカーナをギュッと抱き締めた。

カーナについてだが、今となっては普通の美人なお姉さんといった容姿をしている。

マルコがマヒロと共に船に帰還したその日から、カーナはマルコの治療を強制的に受けさせられた。
最初こそ戸惑っていたカーナだが、半妖怪の姿から普通の綺麗な人間の女性の姿へと変貌を遂げていった。そして、カーナもまたマヒロと同様に『普通の女』として生きたいのだと願った。
それを知ったマルコはサッチを呼び出し、その力を全てサッチに背負わすことで、カーナは力を失い普通の女へと変わることができた。
サッチはマルコにどうやってそんなことができるのかと訊ねたが「企業秘密だよい」と言われて結局はわからず仕舞いだ。
一方エースはというと、共鳴する根、つまり大本(玉)が無い為、徐々に力が失せていった。そして今となっては再び見えない人となっていた。しかし彼は至って平然としており、何も気にしていない様子だった。

モビー・ディック号は優雅に大海を行く。
船上は至って平和だ。
時々、命知らずの海賊団や海軍と交戦することもあるが、大抵はあっさりと撃退してしまう。
妖怪達と戦い続けた日々を思えば、相手は人間なのだ。故に余裕を持って戦えるというもの。
白ひげ海賊団は無敵を誇る世界最強の海賊団であった。

「偵察に行ってくるよい」
「気を付けてね」
「あァわかってるよい。二人の面倒を頼むよいマヒロ」
「えェ、わかってるわ」
「いってらっしゃ〜い!」
「お土産よろしく〜!!」
「……無いよい」
「「えェェ!? ケチ!!」」
「ッ……、あー、わかったわかった。ったく、何かあったら買ってきてやるよい……」
「もう、本当に子供に甘いんだから」
「マヒロの分もな」
「わァお! 凄く楽しみ!!」
「「ママ……」」

モビー・ディック号の船尾で偵察に出るマルコを見送るマヒロと共に幼い子供が二人いた。
女の子と男の子だ。
大戦後、マルコとマヒロは正式に婚姻して晴れて夫婦となった。それから数年の時を経て、二人の間には二人の子供に恵まれた。
マルコとマヒロの力を受け継いだ子供達は幼いながらに特殊な力を持っていた。
回復を専門とする力を持つ姉アイと、海を味方に力を継承した弟カイだ。
マルコはマヒロと子供達に見送られながら空へと高く舞った。

「僕お腹が空いた〜」
「私も〜」

子供達二人はマルコを見送った後に船内へと戻ってしまったが、青い不死鳥と化して空高く舞い上がるその姿をマヒロは「綺麗……」と言葉を零し、その姿が見えなくなるまで愛しいものを見る目でずっと見つめていたのだった。

〜〜〜〜〜

「マヒロ、その、あーのよい……」
「マルコさん、何?」
「……ょぃ……」
「よい?」
「ッ、あー、コホン! マヒロ、おれはお前を一生掛けて守るからよい」
「……うん……」
「おれと結婚してくれるかい?」
「!!」
「……マヒロ、返事は……」
「はい、……はい!!」

青い力の奇跡が結んだ二人は幸せに満ちた一生を得た。
色々あったが、全てはこの時の為――。
誓い合うように唇を重ね合い、お互いの想いを重ねるように抱き締め合った。

愛してるよい、マヒロ。
愛してます、マルコさん。

大団円

Fin.
あとがき

最後までお付き合い頂きありがとうございました。
2018.06.15

〆栞
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