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津波に乗ったヤヒロ達の船は大将青雉によって凍らされた津波の天辺で立ち止まってしまった。そこから湾内を見下ろすと白ひげ海賊団と海軍の戦争が既に始まっていた。

「ううむ、やはりこの津波はオヤジさんの仕業だったか」

ジンベエは眼下に見えるモビー・ディック号に佇む白ひげを見つけて独り言ちた。
この状況をどうにかしようと氷で埋まった船の脱出方法をルフィが提案しようとした時、海軍本部からの指令連絡を受け取った電伝虫が喋り始めた。

『予定を早め、ポートガス・D・エースの処刑を執行する! 以上!』

その言葉を聞いたルフィは愕然とし、イワンコフやジンベエも驚き固まった。しかし、ヤヒロは笑った。

「海軍は何とでもするっしょ。海賊相手に正しい時間、正しい情報で『はい、予定通りに行います』なんて言やしねェ。当然だろ?」

ヤヒロの経験上、対警察でしょっちゅうあったことだ。海軍も警察も然して変わりない。特に『正義』を謳う輩はそういうことを平気でする。賊が相手だから汚い手を使っても問題にはならない。

「さァ、どうする?」

ヤヒロは至って冷静だった。ルフィの頭に手を置いて声を掛けると、ヤヒロならどうすんだ?とルフィが問い返した。

「んー……、そうだな」

ルフィの問いにクツリと笑ったヤヒロは、船から飛び降りて氷が張った足場をコンコンと手で感触を確かめた。

「んじゃ、行くぞ〜!」
「「「はい?」」」

ドゴォォォン!!!!

「「「え!?」」」

パキパキパキパキ……。

「パキパキ言ってねェでさっさと砕けろってんだ!!」

足を振り上げて思いっ切り振り下ろしたヤヒロ。ズガシャン!と大きな音を発すると同時に氷はバキンッ!!と音を成した。
当然、足場は崩れて船ごと落下することになる。で、ヤヒロが冷静にルフィの質問の回答を述べた。

「私の答えはこうだ。落下した方が早い」
「「「それを先に言ェェェェっ!!!!」」」

全員が必死の形相で絶叫したのは当然だった。
夜叉たる鬼神を筆頭に、大至急で根性を叩き込まれたルフィ達を含むインペルダウンの囚人達は、ド派手に空から襲来する。
ヤヒロ達が乗っていた軍艦船は、一面の氷の中にぽっかりと穴が開いた海の中へと運良く落下した。
そこはジョズが氷塊を削ってできた穴だった。
白ひげ海賊団は海軍の軍艦が空から降ってきたことで海軍の奇襲かと思ったが、よく見るとそこにいるのは囚人服を来た男達で――。

「おい……、まさか、こいつらって……」

時期が来たらインペルダウンの囚人達と共に直接マリンフォードに行くから――。
赤髪のシャンクスがヤヒロの伝言として聞いた言葉だ。そう、彼らは紛れも無くインペルダウンの囚人達だ。と言うことは、

「じゃ、じゃあ!」
「あァ! そうだ!!」

白ひげ海賊団の隊員達はお互いに顔を見合わせると心の底から打ち震える程の喜びに満ちた表情を浮かべた。隊長達もまた確信して笑い、モビー・ディック号に佇む白ひげも破顔して声を上げて笑った。

バシャッ!

「ぷはっ!! はァはァ…、そ、そうだった……。海に落ちるって忘れてた」
「やれやれ、全く能力者というのは……」

クロコダイルとMr.1を引っ張り上げて顔を出したヤヒロに続いてジンベエがルフィとバギーとMr.3を抱えて海から這い上がった。

「悪かったな」

笑うヤヒロにクロコダイルはギリッと奥歯を噛み締めて睨み付けた。

「てめェ……、この埋め合わせは必ずしてもらうからな」
「アハハ…ハハ…」

クロコダイルに凄まれたヤヒロは頭をポリポリと掻いて目線を泳がしながら苦笑した。そして、顔の前にパンッと合掌して言った。

「ワニさん、埋め合わせ、必ずするから」
「その呼び方を止めろって言ってんだ……」
「許してワニさん!」
「……」

絶対にその呼び方を止めねェんだな。と、クロコダイルは立ち上がるヤヒロを見つめながら苦々しく思った。
ゆっくりと顔を上げたヤヒロは周囲を見渡して処刑台を見つけた。囚われたエースを視界に止めたヤヒロは、コホンッと一つ咳払いをして一歩二歩と足を進めた。海軍はおろか白ひげ海賊団達でさえもヤヒロの姿を見て唖然としている。
それは仕方が無いことだ。
ヤヒロの髪は短く切られて短髪になっていて、しかも黒髪だ。金髪の姿しか知らない彼らはそれが誰かわからなかった。纏っている特攻服によってヤヒロであることがやっとわかる程に、雰囲気そのものが変わっていて、見るからに女らしさはすっ飛んで少年そのものだったから。

「いっちにぃさんし!」

軽く屈伸をした後に蹴伸びをして首を左右にコキコキと鳴らして身体を動かしたヤヒロは、羽織っている特攻服の襟もとを掴んでバサリと着直した。それから改めて周辺をぐるりと見回して四か所程確認した。

オヤジとサッチがいた。
偶然に遭遇したドフラミンゴがいた。
そして――
マルコとミホーク。

口角を上げたヤヒロは、満面の笑顔を浮かべた。

「みんな、ただいま」
「「「うおおおおおおおおっ!!!!!」」」

白ひげ海賊団はサカズキの攻撃によって負傷者が続出して士気も下がり始めていたが、ヤヒロの登場により息を吹き返すように意気揚々と声を上げた。
まるで地鳴りのような大きな歓声。
怪我を負った者達も次々に立ち上がって剣を手にして戦闘態勢へと入る。その様子に海軍も、またインペルダウンから共にやって来た囚人達も圧倒される程だ。

「おめェら! 話した通りに頼む! ルフィはジンベエと! イワさんは囚人達と! ワニさんはMr.1と! バギーはMr.3と! それぞれが出来ることを念頭に動け!」 

ヤヒロは後ろを振り向いて共に来た者達に声を掛けて指示を出した。最後に「無茶だけはするなよ?」と付け加える。鬼神のちょっとした優しさを添えての指示にジンベエやイワンコフは苦笑する。

インペルダウンの囚人達は個性が強くて粗暴な輩だ。
女(?)の命令で動くわけがない。
ましてクロコダイルなんて他人の指示に従うとは到底思えない。

海軍は誰しもがそう思っていた。
だが彼らは笑みを零して「おう!」と返事をして立ち上がり行動に移った。

「なっ…、ば、馬鹿な!?」

これにはセンゴクも唖然とした。インペルダウンの囚人達がたった一人の指示に従うなんてあり得ない。

「く、あれは誰だ――ッ!?」

指示を出した人物に視線を向けたセンゴクは絶句した。

な、何だあの服は!?

それはセンゴクだけではない。ヤヒロの服を目にした海軍達は全員驚いていた。

「んー……、何だか普通じゃあ無いねェ」
「あらら、何て服を着ちゃってんだか」
「何者かは知らんがァ、ふざけた服を着おって、海軍を舐めよるな」

ボルサリーノは面白いものを見るかのような笑みを、クザンは呆気に取られて溜息を、サカズキは眉間に皺を寄せて睨み付けるように、それぞれがヤヒロをじっと見つめた。その視線にはヤヒロも気付いていたが気にする素振りも無い。

「やれやれ、まったく、遅かったじゃないか!」
「イゾウさん!」
「ヤヒロ! てめェ! 派手に登場しやがって! 面白過ぎだ!!」
「ラクヨウのおっちゃん!」
「待ちくたびれたぞ!」
「ジョズりん!」
「ッ……、その呼び方は止めてくれヤヒロ」

ジョズは泣きそうになった。それを聞いていたクロコダイルはジョズに思わず同情した。
隊長連中にもあだ名を付けて呼んでやがるのか。と、クロコダイルはジョズに同情した。しかし、ワニさん……まだマシだ。とも思って、嫌だけど、認めないけど、まァ良い方だと納得した。

「おハル! ビスタちお! フォッサんにブラメンこりっく!!」
「「「止めてくれ!!」」」
「あ、スピード違反」
「おう、もうそれでいいや……、違反だ、違反! おれは違反者らしく暴れてやる!! うおおおっ!!!」

スピード・ジルは涙を流しながら凄い勢いで海軍を蹴散らしていった。
つくづく……、ワニさんで良かった。と、クロコダイルは改めて思った。

「ったく、戦う前に味方を泣かせてんじゃねェよい」
「マルコ!」
「遅ェよいヤヒロ」
「悪い!」
「けど、良く戻って来た。おかえりだよいヤヒロ」

笑みを浮かべたマルコは、ヤヒロの頭にポンッと手を置いて軽く一撫でした。

「お、おう、た、だいま……」

雨の中、墓標の前に佇むマルコがフラッシュバックして重なって見えた。僅かに声が震えた。思わず目を丸くしたヤヒロは少しだけ顔を俯かせた。

「未来、変えてくれるんだろい?」
「!」

マルコの言葉にハッとしたヤヒロは顔を上げた。

「サッチから聞いたのか?」

眉尻を下げて笑みを浮かべてマルコは小さく頷いた。その時、近くにいたジョズが言った。未来を変える為に船に来たってことは、もう全員知っている、と。
隣に立っているイゾウも笑みを零して軽く頷き、ラクヨウは盛大に笑ってみせた。そして、マルコが両肩に青い炎を滾らせた。

「ヤヒロ、お前の知らない未来に向けてエースを奪還するよい」
「あァ、そうだ。私は、その為に……、オヤジの娘として、家族として、エースを奪還する!」

顔を上げて目的を強く言葉にしたヤヒロ。それを聞いたマルコは目を伏せて口角を上げた笑みを浮かべた。

「さァて、始めるよい」

白ひげ海賊団とインペルダウンの囚人達及びヤヒロ、ルフィ、ジンベエ、クロコダイル対海軍と王下七武海の戦いが始まる。

待たせたなエース!
絶対に助けてやるからな!
そんで――
また、みんなで笑おう!!

頂上戦争 B

〆栞
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