25


ヤヒロがインペルダウンの看守として任務に就いた頃、グランドラインの海上では白ひげ海賊団と赤髪海賊団が接触していた。
持参した酒を片手に覇王色の覇気を放ちながらシャンクスが白ひげの前に姿を現わすと、「若ェ衆は下がってろい」とマルコは忠告を口にしたが、ただそれを危険だからという意味としてしか捉えなかった若い隊員達は、シャンクスの覇気に当てられた途端に意識を失い次から次へと倒れていく。
はァ…と、小さく頭を振りながら溜息を洩らしたマルコに目を向けたシャンクスはニヤリと笑みを浮かべた。

「よう、マルコ。おれんとこに来ないか?」
「赤髪、会う度に勧誘すんのはいい加減止めろい」
「お前がうちに来てくれりゃあヤヒロも来ると思ってな」
「!」

シャンクスの言葉にマルコは目を丸くした。周りにいる隊長達や気絶しなかった隊員達も同様に驚いて、甲板上は一気にザワつき始めた。そんな中、白ひげは口端を上げた笑みを浮かべるだけで静かにシャンクスを見つめている。

無事に赤髪と接触したかと脳裏にヤヒロの姿を浮かべた白ひげは、視線こそシャンクスから外すことは無かったが、意識だけはシャンクスの船へと向けた。しかし、そこにヤヒロの気配が全く感じられなかったことに一抹の不安を抱えた。
マリンフォードへ向かう前に赤髪のシャンクスと接触することは、『これから起こりうる未来の話』の中で聞いていた事象の一つとして覚えている。そして、この船上で軽く一閃を交えることも覚えてはいる。――のだが、今お前はどこにいやがるんだと白ひげは一抹の不安を抱える。

あのじゃじゃ馬娘は何をしでかすかわからんからなァ、と。わざわざこうして赤髪が接触を試みて来るのは何もエースの件だけじゃあねェんだろう、とも。

白ひげはサッチやスクアードの姿を尻目に捉える。もう既に何もかも異なった事象が起きているのだ。話の内容が変わる可能性は多分にあるだろう。
さて、赤髪。お前はどう出る?
ヤヒロの名を聞いて表情を変えたマルコの様子を伺いながらシャンクスを見つめる白ひげに、言葉が無くても何もかもわかっているかのようにシャンクスは口端を吊り上げる。

「おー、ちゃんと会えたみてェだな!」

意気揚々と声を上げたのは両手を後頭部に組んで満面の笑みを浮かべるサッチだ。

「別れる前にヤヒロがあんたに会いに行くって言ってたからな。ヤヒロは強いし何でも熟す器用な奴だから大丈夫だとは思ってたけど、安心したぜ」
「お前がサッチか。無事で何よりだ」

シャンクスの言葉にサッチは少しだけ目を丸くした。

「おれのこと知ってるってことは、ヤヒロから話を聞いたってことか?」

口端を上げた笑みを浮かべたシャンクスは首を左右に振った。これから起こる一連の話はもっと前に聞いていたとシャンクスは答えた。そして、サッチから視線を外してマルコを一瞥してから白ひげに目を向ける。

「話の出所は鷹の目か」

白ひげの問いに「あァ、そうだ」と答えたシャンクスは、白ひげの前に立つと「こいつは土産だ」と持参した酒をサッチの方へと放り投げた。

「うおっと」

慌てて酒を受け取ったサッチは目をぱちくりしてシャンクスを見やると、シャンクスは軽く肩を竦めて白ひげへと顔を向けて腰を下ろした。

「ヤヒロからの伝言だ」
「何?」

眉をピクリと動かした白ひげは笑みを消して真剣な表情へと変えた。こうしてお互いに真剣な表情で顔を突き合わすのは何時ぶりか、空気がピンッと張り詰める。船長同士の真剣な話し合いが行われる――はずだった。
覇王蜀の覇気を引っ込めたシャンクスは白ひげから顔を背けてマルコへと向けた。それに白ひげは片眉を上げて釣られるようにマルコに目を向ける。

「は…、な、何…だ……?」

二人して何故こっちに顔を向けるんだと、目を丸くしたマルコが戸惑っていると「マルコ」とシャンクスが声を掛けた。

「な、何だよい」
「ヤヒロはイイ女だな。凄ェ怖いけど」
「!」

軽い口調で言い放ったシャンクスはゲラゲラと笑い出した。何を言い出すのかと思えば――と、思わずピキッと額に青筋を立てたマルコは口元をへの字に曲げて不満気な表情を浮かべる。それにシャンクスは更に声を上げて笑った。

「おれ達はヤヒロに会う為にグランドラインに戻って来たんだが、まさか彼女の方から単独で乗り込んで来るとは思ってなくてな」

自分の膝をバシバシ叩きながら楽し気に話し始めるシャンクスに、真剣な表情を浮かべていた白ひげは破顔してグラグラグラと笑った。
どうやら『この船上で軽く一閃を交える』ことは無さそうだ。
何とも拍子抜けした気分を味わったマルコは、白ひげの元へと歩み寄ってシャンクスの顔が伺える位置に立つと目線を合わせるように腰を下ろした。

「船員にガンを飛ばしてビビらせておきながらおれの前に来るなり表情を一変してガキみてェな笑顔を浮かべて、誰も聞いてねェのに勝手に自己紹介を始める始末でな。あまりのマイペースっぷりにおれでも呆気に取られたもんだ」

他の隊長達も周囲に集まってシャンクスの話を聞こうとその場で腰を下ろしていく。彼らの行動を観察していたシャンクスは、ヤヒロがこの船の者達にどれだけの影響を与え、どれだけ愛されているのかが手に取るようにわかった。

〜〜〜〜〜

「シャンクス! 初めまして! 鷹の目から聞いてるかもしんねェけど、私がマジマヤヒロだ! 宜しく!」
「は? お、お前が……ヤヒロ?」
「おう! あ、証拠ならあるぞ。この特攻服が証拠」

この特攻服が証拠だと背中を見せて親指で指したヤヒロは、呆然としている赤髪海賊団の船員達にも「ほら、これ」と言ってその場でぐるりと回って見せた。
鷹の目から話こそ聞いていたが、実際にそれを目の当たりにすると心底から驚いたのはシャンクスだけでは無く、ベックマンやヤソップにルウといった幹部の者達も同様で、誰もがその背中に描かれていた刺繍をマジマジと見つめた。
赤い龍と青い不死鳥が織りなし金糸で描かれた文字を間に互いを睨むように描かれたそれは実に見事なもので、シャンクスは徐にヤヒロの側に歩み寄ると思わず手を伸ばして背中の刺繍に触れた程だ。

「本当はミホークの勧めでシャンクスの船に来るはずだったんだけど、私の我儘で白ひげ海賊団の方に身を寄せたんだ。色々理由があって……。その、嫌いだったからとかそういうんじゃないんだ。気を悪くしてたりとかしてたら謝る。ごめん」

頭をカリカリと掻いて苦笑を浮かべたヤヒロは、別に何も言っていないにも関わらずシャンクスに深々と頭を下げて謝罪を述べた。ポカンとしていたシャンクスは額に手を当てて「ガッハッハッ!」と笑い出した。
いきなり海賊船に乗り込んでガンを飛ばしながら船員を退け、船長相手に子供みたいな表情を浮かべて名を名乗ったと思ったら気遣いして謝罪する。
破天荒だが一本筋の通った真面目っぷり。なんてハチャメチャな奴なんだ。こんな女は世界のどこを探してもいない。いや、こんな”人間”は世界のどこを探してもいない。
鷹の目が興味持つのもわかる。こいつはその辺の奴らと器が違う。あまりにも愉快な奴だとシャンクスは直ぐにヤヒロを気に入った。そして、変わった魅力を持つヤヒロと赤髪海賊団の一行が打ち解けるまでの時間は殆ど掛からなかった。

〜〜〜〜〜

「で、日が高いうちに宴を始めたは良いが、まさか日が傾きもしねェうちに船の酒を全部飲み干すことになるなんて思ってもみなかった。あれには本当に舌を巻いた」

語られたヤヒロの酒豪ぶりに白ひげ海賊団の誰もが一様に頬を引き攣らせて苦笑を浮かべた。

「その点については謝る。本当にすまねェことをした」

とっても深い溜息を吐いた白ひげが頭を下げた。それに続いて全員が「本当に申し訳無かった」と声を揃えて頭を下げた。
これには流石に驚いて目を丸くしたシャンクスは、アハハと乾いた笑いを零した。
あァ、成程。この船でも最強の酒豪ぶりを発揮していたということか――と、チラッとマルコに視線を向けると眉間に手を当てながら呆れたとばかりに盛大な溜息を吐いたマルコがガクリと項垂れた。そんな姿にどちらかと言えば白ひげ海賊団も被害者側に属したことがあるのだなとシャンクスは失笑した。

「グララララッ、ヤヒロはどこに行っても変わらねェなァ」

あのじゃじゃ馬娘がと機嫌を良くして心底から笑う白ひげの様子に、まさか白ひげまでも心酔させたのか?とシャンクスは目をパチクリとさせた。

ヤヒロ、やはりお前はとんでもない女だな。

部屋が無くて連日添い寝をしたが、その間に手を出さなったことをシャンクスは今になって少しだけ後悔した。惹かれなかったわけじゃない。ヤヒロの寝顔を見る度に本気で自分の女にしたいと何度も思った。ただ――

「なァ、マルコ」

シャンクスがポツリと呟くように呼ぶと何だとばかりにマルコは顔を上げた。

「ヤヒロは、この船の連中も、そこのサッチも、そしてエースも、本気で守り助けたいと何度も口にしていた。何故そんなに強く思うのかと訊けば、あいつは何と答えたと思う?」
「……」

シャンクスの問いに答えようが無かったマルコは押し黙った。近くにいたサッチはシャンクスの問い掛けを耳にして密かに二人へと目を向けた。
ヤヒロが宿で見たという夢。本来起こりうる未来に佇むマルコに会ったという話を思い出したサッチは静かに微笑を零した。そして、シャンクスの目を見るなり赤髪もヤヒロに心酔――どころでは無い。あれは男の目だと察した。

「会って間もない自分に『面倒見てやる。直ぐに信用できねェだろうがおれはお前を信用する』と言ってくれた不死鳥を悲しませたくないのだと言っていた」
「!!」
「ヤヒロはな、お前が悲痛な顔してんのが一番堪えるそうだ。ハハ! 妬けるなマルコ!」

少し茶化すように笑うシャンクスは笑った。しかし、目を丸くしたマルコは羞恥で怒るどころか眉尻を下げて目元を手で覆い隠して俯いた。

―― ヤヒロ、お前……。

ヤヒロの言葉が、その心が、有難くて、嬉しくて、本気で守りたいと心の底から強く思う。そして――恋しくて、愛しいと胸に染みる。
ふぅっと息を吐いて僅かに笑みを零したマルコは、真剣な面持ちで顔を上げた。

「悪いな赤髪、ありがとよい」

シャンクスに向かってマルコは深々と頭を下げた。
まさかシャンクスに対して素直に頭を下げて礼を口にするなんて、シャンクスを含めて誰もが驚いて目を丸くした。
これこそイレギュラーだぜ――と、珍しい光景にサッチはまさに奇跡だとばかりに小さく笑った。

「ところでだ、赤髪」
「ん? 何だ白ひげ」
「ヤヒロはどこに行きやがったのか教えやがれ」
「あァ! そう、それが本件だ!」

白ひげの言葉にシャンクスは膝を叩いて「そうだった! そうだった!」と笑いながら白ひげへと向き直した。

「ヤヒロはな、インペルダウンに潜るっつって出て行った」
「「「ナンダッテ?」」」

ほら見ろヤヒロ。誰だってこうだ。
白ひげ海賊団の一同が声を揃えて反応するなんて本当に貴重だ。かなり面白いが気持ちはわかるぞ。おれ達も同じだったからな――と、シャンクスはうんうんと頷いた。

「看守として潜るんだと。それでな、時期が来たらインペルダウンの囚人達と共に直接マリンフォードに行くから、マリンフォードで会おうって伝えておいてくれと言われたんでな、それを――」
「「「はァァァ!?」」」

流石は白ひげ海賊団。息が揃った悲鳴滲みた驚愕の声に、シャンクスの身体が若干のけ反った。何気に白ひげの声が一番でかいと思ったのは気のせいでは無いだろう。
あァ、あれは相当に怒っているな。おれは悪くないぞヤヒロ。と、シャンクスは失笑するしかない。
目の前にいる白ひげを始め、隊長連中も隊員達も一様に驚き、そして、怒りを模した表情を浮かべてプルプルと震えていた――が。

「かァァァ! マジかそれ! インペルダウンなんて脱出不可能な監獄だぜ!?」
「だよね。でも、ヤヒロらしいかも!」

驚きながら不安を口にしつつもどこか楽し気なサッチに同意するようにハルタが笑った。

「ガッハッハッ! 流石におれでもそんな大それたこと考えねェぜ! それも単独でなんて阿呆がすることじゃねェか!」
「けど、まァ、やってのけるだろうな……ヤヒロなら」

額とお腹に手を当てて盛大に笑うラクヨウ。その隣で煙管を口にしながらくつくつとイゾウが笑った。
違ェねェ!!と隊長連中が声を揃えて肯定すると、隊員達は両手を上げて声を大にして叫んだ。

「「「さっすがヤヒロ姐さん!」」」

大胆レベルが突き抜け過ぎてやべえな!と盛大に笑い合う。そんな白ひげ海賊団達の反応にシャンクスは半ば呆れた表情を浮かべたが、彼らとは一線を画して白ひげの表情は険しく目を瞑っている。
これでヤヒロは完全に海軍から危険人物として目を付けられる存在になるだろうことを意味しているのだから心配するのは当然だろう。

「おれの用はこれだけだ。あァ、後……一応、おれも少し遅れてマリンフォードに駆け付ける予定でいる。エースを無事に救出してお前達が撤退する頃を見計らってな」
「それは”戦争を終わらしに”か?」
「あァ、それがおれの役目だ。無事にお前達を撤退させることをヤヒロに約束した」
「赤髪、何故その気になりやがったんだ?」
「簡単なことだ」

腰を上げたシャンクスは白ひげに背を向けた。

「おれはヤヒロの矛だ。理由はそれだけで十分。そうだろうマルコ?」
「……」
「お前はヤヒロの盾だ。ちゃんと守ってやれよ」
「あァ、わかってるよい」

マルコの返事を聞いたシャンクスは歩き出した。それに応じてマルコも立ち上がってシャンクスの後を追うように付いて行く。他の隊長達や隊員達も続こうとしたが、二人にしてやれと白ひげが制止した。

「お前らは直ぐに戦いの準備を始めやがれ。サッチ、傘下の連中に連絡を入れろ。マリンフォードに向かうとな。ジョズ、コーティングの準備だ」

指示を受けた隊長達を筆頭に慌ただしく動き始める隊員達。その中で白ひげはシャンクスとマルコへと視線を向けると目を細めた。
とんでもねェ矛と盾を得やがった。ヤヒロは下手すりゃあ世界で最も脅威となり得る存在になるかもしれねェなァ、と僅かに口角を上げる。

インペルダウン潜入の目的は囚人達を仲間に引き入れてエース奪還の為に助力する数を増やすのが目的だそうだ。サー・クロコダイルやジンベエといった面子だ。それと囚われている間のエースを支える為が本来の目的だとも言っていた――とシャンクスの話を聞きながら白ひげは、とんだ女を娘にしちまったもんだ。鷹の目がわざわざ連れて来るだけの女であったということかと思った。

船長室に戻って椅子に腰を掛けた白ひげは愛刀を手にして刀身を見つめると久々に血が騒ぐ感覚にグラグラグラと笑った。
一方その頃――
わざわざ見送ってくれるのかと僅かに口角を上げたシャンクスは欄干の手前で足を止めた。同時に後ろにいるマルコの足音もピタリと止まった。

「なァ、マルコ」
「何だ?」
「確かにヤヒロは強い。だが、脆い一面もある」
「……」
「気付いて無いわけじゃないだろうが……、お前が支えてやれ」
「はァ……、何でお前に言われなきゃなんねェのか、それがわからねェんだよい」

振り返ってみればガシガシと頭を掻いて不満気な様相を浮かべるマルコに、余計なお世話だったかとシャンクスは軽く笑って欄干に飛び乗った。
直ぐ目の前には赤髪海賊団のレッドフォース号がある。赤い龍を模した船首に目を向けたマルコは「矛か……」とポツリと呟いた。

「おれの出る幕はそうそう無いだろう。矛は必要無いと思える程に強いからな」
「戦うところを見たのか?」

ハッハッハッ!と笑ったシャンクスだったが、途端に真顔になって振り向いた。それに軽く驚いたマルコは思わず後退りした。

「あれは正に鬼神だ。相手が本当に可哀想で同情までしたのは初めてだ。おれを含めて全員が引いたぐらいに……。ロギアの能力者ですら覇気も無しに殴り飛ばした時は、呆気に取られて笑えなかった」

敵方の海賊達の様子はまるで地獄に堕ちた亡者のようで、死の向こう側を垣間見た気がして戦慄を覚えてしまった。たぶん、そんな感じだろう。四皇の一角であるシャンクスでさえも遠い目をして語る様に、頬をヒクリと引き攣らせたマルコは「そ、そうかい……」と答えることしかできなかった。

「覇気使いでも無い。そこが不思議なところだが、ヤヒロが戦う時に空気が変わるアレが関係しているのだろう。まァ、せいぜい奮闘するのは盾の役割であるお前だマルコ。頑張れよ」
「何だかんだ言いつつヤヒロを気にしているみてェだが……、赤髪」
「ん?」
「お前、まさかヤヒロに惚れたか?」
「あァ、そうだな。惚れた」

先程の顔はどこへやら。満面の笑みを浮かべてシャンクスは答えた。そして、レッドフォース号の甲板へと飛び移る。

「マジかよい……」

マルコは思わず息の止まるような心持ちになって唖然とした。

「マルコ!」
「ッ…!」

まだ何かあるのかとマルコが眉根を寄せるとシャンクスは安心しろと言った。それにマルコが片眉を上げるとシャンクスは続けた。

「ヤヒロは誰よりもお前のことを考えている女だ。おれは端から相手にされていないことぐらい理解しているから心配するな」
「は!?」

何を言うかと思えば!と顔を赤くしたマルコに、シャンクスは自身の腕にあるミサンガを翳して指を差した。

「お前のミサンガを見ればわかることだ」
「――ッ!」
「じゃあな」

軽く手を振ってシャンクスはその場を後にした。それから間もなくしてレッドフォース号は動き出してモビー・ディック号から離れて行った。

小さくなって行くレッドフォース号を見つめていたマルコは、自身の腕に結んだミサンガに視線を落とした。
色に意味は無い。
そう聞いてはいたが、ヤヒロがマルコをイメージして編んだとするこのミサンガに、どんな気持ちが込められているのか――。

「ヤヒロ……、何でお前は……」

自ずと口から零れた自身の言葉を耳にした時、「あんたのそういう顔が見たくないからだ」とヤヒロの声が頭の中で響いた気がしてハッとしたマルコは、ミサンガにそっと触れてヤヒロへと想いを馳せた。
しかし、お前の中にはおれじゃねェ別の奴がいる。なァヤヒロ。と、マルコはどこを見るでもなく独り言ちてその場を後にする。
矛と盾以外にもう一つ。
世界最強の刃を持つ鷹の存在がいることにマルコは素直に喜べないでいた。だが、それでも――
守る。青い不死鳥で守護たる者として必ず守る。

「未来のお前と約束したってよ。皆が笑っていられる未来に変えてみせるからって、一人で墓前に佇むお前にそう約束したらしいぜ? んでな、未来のお前はヤヒロにな――」

サッチが帰還した折に先立って聞かされた話をマルコはふと思い出した。最初は現実味が感じられなかったというのが正直なところだった。仮にもしの話、疾うにサッチが死んでいて、後にオヤジとエースが死んで、彼らの墓の前に立つとしたら、おれは――。

 その約束を、期待する
 
きっと、その言葉を口にすると思う。

「お前がヤヒロにキスしたってよ」
「は!?」

最後にとんでもない話を聞かされた時は「何してくれてんだい……おれ」と、少しばかり未来ゆめの自分に嫉妬して半ば呆れた溜息を吐きながら独り言ちたものだが、その時の自分を見たヤヒロの心情を聞かされた時、何とも言えない気持ちになった。
シャンクスに惚れたのかと問いながら自分自身はどうなんだ?と胸の内で問い掛けた。答えは同じだ。

あァ、そうだよい。
おれはヤヒロに惚れている。

鬼神の前にどーんと聳え立つ壁があるけども――。

「マリンフォードの決戦より過酷な気がしてならねェ……」

目指す先はマリンフォード。
決戦の時は直ぐそこだ。
そして、マルコの中では個人的な戦いが控えている。
脅威としたのはやはり――世界最強の刃を持つ鷹という存在だった。

白と赤の会合

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK