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最下層で脱獄を扇動する数刻前、ヤヒロはLEVEL3の給仕仕事ついでにバギーとMr.3を探していた。

「あ、見つけた」
「何!? やべェ! 見つかっちまった!」
「何してるガネー!!」

ヤマダ・タロウ扮する看守とばったり出くわしたバギーとMr.3は酷く慌てふためいていたが、「違う違う」と首を振って帽子と眼鏡を外した。

「バギー、よく見ろ。ヤヒロだ」
「な……何ィィィッ!? あのヤヒロ!?」
「し、知り合いカネ?」

本当にヤヒロなのかと目を擦りながらマジマジと見つめるバギーは、髪が短くて黒いし、看守の制服だし…と、ブツブツ呟いている。
会えて良かったとヤヒロが満面の笑みを浮かべた。それにバギーは目を丸くした。この笑顔に見覚え大有りだ!――と、心の底から沸々と湧き上がる歓喜に押されるように「ヤヒロ!」と声を上げた。
どうやらバギーの心の中では、ヤヒロに対する想いが未だに春真っ盛りのようで、喜々として表情を崩した。
しかし、それは直ぐにヒクリと引き攣りを起こして硬直した顔へと変わる。事の顛末を聞かされたバギーは呆然とし、隣にいるMr.3が「とんでもない女だガネ〜」と顔を青くしてかなり引いていた。
看守としてインペルダウンに潜入して仲間になってくれそうな囚人の脱獄を手伝い、そのまま海軍本拠地であるマリンフォードに向かって死刑囚となったポートガス・D・エースの処刑阻止に力を借してもらうのだと。そんな計画を聞かされたら当然の反応だ。

またハデにどえらいことしようとしてんじゃねェか!ここは触らぬ神に祟り無しだぜ……。と、その戦争に巻き込まれたくない気持ちであったバギーだったが――

「そうそう、LEVEL2の牢獄の鍵なんだけど、Mr. 3」
「な、何カネ?」
「蝋で合鍵を作って皆を脱獄させやってくれ」
「え!?」
「バギーには悪いんだけど、彼らを統率してやってくんないかな? 私は最下層に行くからさ、同じくらいのタイミングで解放して暴れたら看守達は混乱するだろうし脱獄もし易くなると思うんだ」

眉尻を下げた笑みを浮かべて「頼むよバギー」とヤヒロが懇願するように言うと、バギーは「おう! ハデにおれに任せろ!」と即答した。
尻込みしていたバギーは一瞬にして消えた。何故かヤヒロに頼まれると断れないようで、Mr.3は流石に呆気に取られた。だが直ぐにハッとして密かに舌打ちした。

恋は盲目というガネ。よく見れば確かに可愛いかもしれないが、パッと見は男だと思ったガネ。
眼鏡を光らせて胸の内で鬱々とした言葉を並び立てるMr.3。しかし――

「Mr.3も宜しく頼むよ」

Mr.3の手を何の躊躇も無く両手でギュッと握ってカギを渡したヤヒロに、こ、これは……!と、Mr.3は思わず胸キュンした。又、ヤヒロの行動にバギーは思い切り眉間に皺を寄せるとMr.3を嫉妬心丸出しで睨み付けた。

確かに惚れてまうやろガネェェ!!
素直であっさりと人の壁を乗り越えて来る女にMr.3は初めて会った。彼はどちらかと言うと女に”モテない”タイプだ。同僚だとか、仕事仲間だとか、そういう間柄であれば良いが、いざ友達、ましてや恋仲等といった間柄を求めると、見た目で損をしているのか、はたまた蝋人間だからか、その辺はよくわからないが、兎に角、敬遠されてしまう悲しき非モテ人生を歩んで来たのだ。

恋仲は無理にしても友達になれるチャンスだガネ!!
まさに春の到来。あァ、何だかバギーの気持ちもわかる気がする。

「任せるだガネー!!」

Mr.3がヤヒロの手を自分から握り返して俄然やる気を見せると、「いい加減に、離れやがれ!!」とバギーに殴られ、軽く仲間割れの喧嘩が始まり掛ける。

「おい、仲間なんだから喧嘩すんな。仲良くやれっつぅの!!」

ヤヒロが仲裁すると二人は途端にニッコリ笑って手と手を取り合いながら「おう!」と答えた。
頬を赤く染めて鼻の下を伸ばしている二人の顔が如実に『好き好き惚れてる光線』を放っている――が、こと恋愛に類するものにはハデに鈍感なヤヒロは一切気付いていない。
「じゃ、頼んだよ!」と、ヤヒロは笑顔で手を振って去って行った。
バギーとMr.3も春を迎えた笑顔で手を振り返して応えたのだが、ヤヒロの姿が消えると二人してハッと我に返った。そして、急に寂しくなるわ、しかも恥ずかしい気持ちが湧き上がって来るわで、何とも言えない哀愁が心を支配した。

「で、では……、囚人達を解放するガネ……」
「お、おう……、ハデに脱出作戦実行だぜ……」

二人の春が今後どのような展開を迎えるのか、ある意味見物ではあるが、きっと詳細に描かれないであろうことは明白だった。





LEVEL4の灼熱地獄にて――
クロコダイルがMr.1を仲間に引き入れたところで「そうだ! 忘れてた!」とヤヒロは、クロダイルの腕にミサンガを付けさせて、ジンベエやルフィにもそれぞれミサンガを付けた後、急いで紐を漁ってMr.1の分のミサンガを作って彼の腕にも付けた。

「御守! ちょっとばかしの気持ちだけど、いらなかったら捨てちゃっても構わないから!」

先程まで人懐っこい満面の笑顔で話していたヤヒロはどこへ行ったのだろうか。――今、目の前で起こっている惨劇は一体何だ?

「おい! 捕まえに来たくせに何逃げてんだゴラァァッ!! それでよく看守なんてやってられんな!? 根性無さ過ぎるだろうがてめェらァァァァァ!!」
「ひぃぃぃッ!? ご、ごめんなさァァい!!」
「あ”ァ”!? ごめんで済んだら海軍いらねェんだよ!!」

ずがしゃーん!!

「「「ぎゃあああああッ!!」」」
「あれが……、鬼神のヤヒロか。う、噂通りに恐ろしい……」
「ヤヒロって怖ェェ……」
「……」
「……社長、顔色があまり良く無いみたいだが……」

落ちていた鉄パイプを拾ったヤヒロは、極悪非道な顔へと変貌させて自分達を捕らえに来た看守たちを尽く殴打し、蹴り上げ、シメていった。
誰一人とて殺すことは無かったが、確実に彼らの精神を削って瀕死に陥らせていたのは確かだ。そんなヤヒロの戦い方を初めて目撃したジンベエ、ルフィ、クロコダイル、Mr.1は絶句した。

白ひげ……、どうやってこの女を娘にしやがったんだ……――と、クロコダイルは眉間に皺を寄せて憎きクソ爺の顔を思い出していた。
グラグラグラ!!と、鼻高々にドヤ顔で笑う白ひげが脳裏の浮かんだ途端に、何だかわからねェが、ぶち殺す!!と、クロコダイルは理由も無くムカついて誓った。何故か誓った。心の底から誓った。よくわからないが本当に悔しかったようだ。

鬼神の如き戦いで道は自ずと開かれ、あっさりと上層部へと登ることができた。ヤヒロのイレギュラーはここでも大いに発揮されたようで、思いのほか脱獄する時間が通常より早かった。
ハンニャバルは焦ってLEVEL2へと急いだが、LEVEL2の囚人達はバギーを中心に暴動を起こして脱獄を計っていて荒れに荒れた。更に最下層組が雪崩の如く合流したのだから、最早ハンニャバルだけでは押し止めることはできなかった。

「あ、ハンニャバル!」
「お、おにょれ〜!! ヤマダ・タロウめェ!!」

採用してくれてありがとな!!と、ヤヒロは笑顔で御礼を述べつつ容赦無く右ストレートを放つと――

バキッ!

「ペキョッ!?」

ハンニャバルの顔面にクリーンヒットして吹き飛ばした。

「あァ!? 副署長!!」

勢い良く壁にめり込んだハンニャバルを看守達が助け出そうとしている隙を突いて、脱獄囚の集団が波の様に押し寄せて上層に向かう階段を一気に駆け上って行った。
そして、LEVEL1に来るとマゼランがいた。
脱獄囚達を止めようとドクドクの実の能力を解放して毒竜へと姿を変えたマゼランは、問答無用で襲い掛かろうとした。

「チッ! 厄介な相手だ!」
「あいつか!? ヤヒロ! あいつの毒には気を付けろよ!」

クロコダインやルフィは足を止めたが、あろうことかヤヒロだけはダッシュしてマゼランへと自ら向かって行った。

「いかん! ヤヒロ! 危険じゃ!!」
「あの子! 何を考えっちゃぶる!?」

ジンベエやイワンコフが焦って叫ぶもヤヒロは一切無視してドクドクの実を解放したマゼランに挑んだ。

「新人のタロウとか言ったな小僧! 舐めるのも大概に――」
「うらああああああッ!!!!」

ズガアアンッ!!!

「がっはっ!!?」
「な!?」
「うげ!?」
「な、何じゃと!?」
「毒ごとマゼランを殴っちゃったぶる!?」

地面を強くを蹴ってマゼランへ飛び込んだヤヒロは、拳を固めた右ストレートでマゼランの鼻っ柱を思いっ切り殴り飛ばした。
殴り飛ばされたマゼランが毒竜の姿のまま地に伏した一方で軽やかに着地したヤヒロは、ゆらりとした動きで看守達に向けて口を開いた。

「門を開けろ。船を出せ。速やかにだ。私に逆らうなら容赦しねェ。黙って従うか、逆らって殴り飛ばされるか、お前達に与えられた選択権はこの二択だ。さァ、選べ」

笑みは一切無い。無表情無感情ながらに凄まじい怒気を含ませた冷酷な声で放たれた言葉は看守達の心を束縛した。

「ひぃぃぃッ!!」

看守達は悲鳴を上げて門を開けると船を明け渡した。

「ん、ご苦労さん。悪ィな」

鬼が途端に消えてニコッと笑ったヤヒロは、「よし、お前らァ、行くぞ〜!」と、後方にいる脱獄囚達に向けて声を掛けると颯爽と船へと乗り込んで行った。

「し、信じらんねェ。ヤヒロの奴、ハデに強過ぎじゃねェか……」
「お、恐ろしいガネ! 尋常じゃないガネ〜!!」

バギーとMr.3は初めて見るヤヒロの鬼神ぶりに恐れ慄いていた。しかし、これはある意味好機かもしれないとバギーは声を上げた。

「ハデにやってくれるじゃねェか! 流石はおれ様が惚れた女だけあるぜ!!」

何れ自分の女になるんだ。あれぐらい強かったら怖い者無しだぜ!――と、まだまだ春真っ盛りなお花畑思考がバギーの気持ちを奮い立たせたのだ。
片や春を迎えたばかりでバギー程の真っ盛りな状態にまで達していないMr.3は、どこか冷静で、恋を成就させよう等とは微塵も思っていなかった。ただ、お友達として付き合ってくれるならといった具合なので、恋心に突き進むバギーに仕方なく付き合う態で、「こうなったら行くとこまで行ってやるガネー!!」と、若干棒読みで気合いを入れた。
ただ――

「「「うおおっ! あの女!! バギー船長の恋人だってよ!! マジですげェェェ!!!」」」

おれ様が惚れた女だけあるぜ!と口走ったばかりに、あの鬼神のようなヤヒロはバギーの恋人なのだと受け取った脱獄囚達は、バギーに羨望の眼差しを向けた。そして、「「「バギー船長!! おれ達!! あんたに一生ついて行きます!!」」」――と、大いに勘違いしてバギーについて行く宣言をした。

「何ィィッ!?」
「奇跡だガネ……」

うおお! ヤヒロがおれの女になっちまったァァァ!! ハデにラッキーじゃねェか!!
焦りはしたが多人数の公認となれば確実にヤヒロを自分の女にできんじゃねェかと、バギーは本気で思った。どこまでも彼の心は春爛漫だ。眩し過ぎて目が眩んで何も見えなくなってしまう程に――。
バギーの恋人認定宣言的な言葉が、少し離れた所にいたルフィとクロコダイルの耳にも届いていてピクリと反応を示し、それを見逃さなったジンベエとイワンコフはお互いに顔を見合わせて小声で言った。

「どうやら麦わらボーイもクロコボーイもヤヒロのことが好きみたいっちゃぶるわね」
「ううむ……、これは、いかんことじゃ」
「あら、恋は素敵なことじゃない。それの何がいけないのかしら?」
「ヤヒロは……、白ひげ海賊団のマルコの女だという噂じゃ」
「ひっ…ヒーハー!!?」

あまりの驚きで『ヒーハー!!』の使い所を間違えたイワンコフであったが、誰も何も突っ込まない。何故イワンコフが盛大に驚いていたのかがわからなかったからだ。
ふ、ふ、不死鳥マルコの女!? だからあんな服を纏うことができるってわけなのね!?と、合点がいったとばかりにイワンコフはヤヒロの背中にある青不死鳥を見つめた。

「おーい! 早く乗れよお前ら!!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
「はァ、ヤヒロちゃんったら本当に素敵だわね!」
「ボンちゃん! あんまり無理すんなよ?」
「あちし! 頑張る!!」

誰一人も欠けることは無く、全員が船に乗った。正義の門はどうぞとばかりに開けられて簡単に脱出することができた。大いに発揮されたヤヒロのイレギュラー力によって、あのオカマボーイのボン・クレーも一緒だ。

「無事に一緒に脱出できて良かったなボンちゃん」

笑顔で言葉を掛けるヤヒロに、ボン・クレーは涙を流して喜びの舞を踊った。

「んー……、残ってるのはこれだけか。仕方がないか」

流石に全員分は無理だった。手元に一つだけ完成されたミサンガは、全てを終えた後、あの人に渡すつもりで作ったものだ。それ以外に残った紐の長さは短くて、全員分は到底作れそうになかった。
甲板で笑うバギーやMr.3に視線を向けたヤヒロは暫く考えた。
彼らは他の者達と比べるとラッキー色が強い気がする――と思ったヤヒロは、彼らには黙っておくことにした。そして、泣いて喜ぶボン・クレーにだけ、ピンクと白と水色で編んだミサンガを付けてあげることにした。奇跡的に色のイメージもピッタリだ。

「これは?」
「ミサンガっていう御守だ。私のちょっとばかしの気持ち。お洒落でも付けたりするんだけど、気に入らなかったらごめん。あ、あと、全員分が無いから黙っておいて」
「わかったわ! 大丈夫! あちしの好きな色合いよ! 素敵じゃない! あちし、大事にするわ! ありがとうヤヒロ!」
「ハハッ、気に入ってもらえて嬉しいよボンちゃん! ありがとな!」

その後、ヤヒロはイワンコフにもミサンガを渡した。イワンコフは目を丸くして驚いていたが、「素敵な色ね。大事にするなぶる!」と喜んで受け取った。

ヤヒロがミサンガを配ったのは『御守』の気持ちも強かったが、彼ら一人一人に対する『愛情』にも似た感情がそこにあった。誰もが大事で大切だったからだ。
『家族』というものに縁が薄かったヤヒロは、自分で『絆』を築いて結んで行けば家族が作れると思ったからだ。それは白ひげ海賊団で学んだことだ。そして、自分を娘にと言ってくれたオヤジに対する想いがそこにあった。

さァ、目指すはマリンフォード。
白ひげ海賊団と合流してエースを助ける。
誰一人欠けること無く、全てを終わらせてみせる。

ヤヒロは自身の腕に結んだミサンガを見つめてギュッと握った。

「マルコ……、愈々決戦だよ」

ついにその時が目の前に迫った。

Let's 脱獄 A

〆栞
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