20


現在、ウォーターセブンに到着。
港に降り立った矢先に現れたのは、海水パンツ一丁でビシッとポーズを決めたフランキー。「スーパー!!」と突然叫ばれてもヤヒロは目を点にして「あ、うん」と頷くしかなかった。

特攻服で町を歩くのはあまりにも悪目立ちすることから、先達てベックマンから貰ったマントを羽織ったヤヒロの出で立ちは地味な旅人といったところ。背中にある赤龍と青不死鳥と夜叉鬼神は当然隠れて見えていない。だから目立ってないはずなのに、どうしてピンポイントでフランキーが現れたのか不思議でならない。

「アウ! 見ねェ顔だな!!」
「そりゃあ、今さっき上陸したんだから当然かと」
「そんなちっこい船でグラインドラインを渡って来たってェのか? それも女のたった一人で?」
「悪いか?」
「アウ! こりゃあスーパーな姉ちゃんだぜ!!」
「……」

思わず釣られてアウ!と言いそうになったのは御愛嬌。喉元まで出かかった『アウ』の二文字をゴクンと飲み込んだヤヒロは、何でか彼のノリについて行けそうにない気がして、若干ではあるがフランキーが苦手かもしれないと頬を引き攣らせて笑うしかなかった。
ヤヒロの心情に気付くことの無いフランキーは、相変わらずのマイペースでヤヒロが乗って来た小船をジロジロと観察していた。――のだが、

「チッ! あいつらもうそこまで追いついて来やがった! おれは逃げるぜ! じゃあなスーパーな姉ちゃん!!」
「え? お、おう、じゃあな」

はてさて彼は誰から逃げているのだろうか。走り去って行くフランキーの背中を見つめていると、背後から勢い良く飛んで来た ” 何か ” に掴まれたヤヒロは、思わず「うあ!?」と声を上げて身を捩ってギリギリで躱した。
強引な動きでバランスを崩したヤヒロは地面に倒れそうになった。しかし、ガシッ!と腕を取られてふわりと抱き止められたことで地面に転がるような難は逃れた。だが、ヤヒロの目に飛び込む金髪と渦を巻く眉毛に思わず「へ!?」と間の抜けた声が漏れ出てしまったのは仕方が無い。

「お怪我はありませんかマドモアゼル。おい! ルフィ!! てめェ気を付けやがれ!!」
「ハハハハッ! 悪い! 悪い!」
「ああああああっ!!!」
「「ん?」」

最も見慣れた二人を前にしてヤヒロは思わず叫んで指を差した。

―― いきなり遭遇って、どんだけ運が良いんだ!?

驚き固まるヤヒロに対して二人が首を傾げて不思議そうな表情を浮かべるのもまた仕方が無い。だって彼女が目を白黒させて口をパクパクしながらも嬉しそうな表情を浮かべていたのだから。
そして――
気持ちを落ち着かせたヤヒロは改めて脳内整理を始めた。二人の話を聞く限りでは、どうやらウォ―タ―セブン編が終わった直後らしい。本当はカクやルッチに会ってみたかったヤヒロだったが、ここは余計な詮索や行動はしないに越したことは無いということで、身勝手な私欲は封印して無かったことにした。
そんでもって、今現在の麦わらの一味は船を新たにして出向前の時分に差し掛かるところで、何とかフランキーを仲間にしようと躍起になって追い掛けているようで――と言っても主にルフィが、なのだが……。

「あ! 見つけた! フランキー!!」

フランキーを見つけたルフィは真っ先に飛んで行った。残されたヤヒロは「あァ、行っちゃった。麦わら海賊団がどんな船に乗ってるのか興味があったんだけどなァ」と大きめの声音でワザとらしく呟いた。その時、サンジの耳がダンボになったのを見逃さなかったヤヒロは、チョロイな……と思った。

「おれが案内して差し上げましょう」

女の願い事を断ち切るような真似は絶対にしないサンジは速攻で了承して快く案内してくれた。しかし、何だかとっても心配だ。それで良いのかサンジ……と、ヤヒロは思う。相手は初対面だぞ? 少しは疑ったらどうなんだ?とも――。
案の定、船で待機していたナミに軽く怒られるサンジという構図を目にしてやっぱりなとヤヒロは苦笑した。
自己紹介をそこそこに麦わら海賊団の新たな船にお邪魔したヤヒロは、丁度良いタイミングで腹の虫が鳴ったので、一味(主にサンジ)のご厚意によって食事を頂くことになった。

「美味いなこれ」
「お口に合ったようで光栄です」

まるで執事の様に丁寧に頭を下げるサンジ。だが次の瞬間には頬を赤く染めて目をハートに変えて「ヤヒロさ〜ん!」と抱き付かんが勢いで迫って来る。しかも、足はハリケーン。何て凄技を駆使しての突撃か。しかし、片手で顔面をガシッと掴んで制止させたヤヒロは真向いに座っているナミに聞く。

「こいつは女相手だと誰にでもこうなのか?」
「そうね、通常運転よ」
「メロリーン!」

ハートを飛ばすサンジを尻目にナミは笑みを浮かべて答えた。それに頷きながらヤヒロは徐々に指先に力を込め始めた。

ギリギリミシミシ……――。

「い、いだだだだだっ!」
「そりゃそうだ。アイアンクローを掛けてんだから痛い」
「ああああ! 愛and苦労!! 何て素敵な響きだ!!」
「えー……?」

サンジお前、本当に良いのかそれで……と、やっぱりサンジの将来が心の底から心配になってしまうヤヒロは困惑の表情を浮かべた。
この一連を遠目から見ていたゾロが「アホ眉毛」とボソッと呟く。地獄耳なのかサンジは途端に怒りの表情へと変えて「今何つったクソマリモ!!」と、ヤヒロのアイアンクローから脱してゾロに突っかかって行った。

「あれも通常運転だから気にしないでね」

溜息混じりにナミが言うと、隣に座っていたロビンがクスリと笑った。

「ヤヒロは海賊なのか?」

食事をしているヤヒロを見上げて話し掛けたのはチョッパーだ。

「ん、まァ一応な。今はワケあって単独行動中なんだけど……」

最後の一口分を掬ったスプーンを口に運んだヤヒロは、手拭きで口元を拭ってからチョッパーを見下ろした。

「つーか、マジで可愛いな」
「うあ!? 何!?」

自分を見上げる小さなトナカイ。このフォルム。毛のモフモフ触感。これは堪らん当然萌えるだろとばかりにヤヒロはチョッパーを抱き上げてギュッと抱き締めた。

「や、止めろよ! く、苦しい!!」

勿論、突然のことで驚いたチョッパーは悲鳴を上げた。しかし、逆効果だ。それが煽りとなって更に萌え処に火を点けた。

「可愛い! やべェ! マジでやべェ!!」

嫌がるチョッパーに興奮したヤヒロは更に強く抱き締めた。数日前に海上で出会ったドフラミンゴのマントにしてもそうだが、どうやらヤヒロは柔らかくてモフモフしたものが大好きなようだ。チョッパーに軽く頬擦りまでし始めた時点でそれは確定と言えるだろう。
そんなヤヒロを呆れて見つめるナミとクスクスと笑うロビン。少し離れた所でそれを目撃したサンジが「うおおおっ!? チョッパー!! 何を一人だけ良い目してやがんだゴラァァァ!!」と怒鳴り散らしてゾロが溜息を吐く。
何とも賑やかで飽きの来ない連中だなとヤヒロは思った。まさに漫画で読んで得たイメージ通りだと。

「あ、チョッパーごめん。癒しをありがとな」
「お、おう……」

抱えたチョッパーを下ろして謝罪して御礼を述べると、戸惑いながらチョッパーは頷き、そして、「れ、礼なんていらねェよ!」と言いながら嬉しそうにクネクネするものだから、萌え琴線に触れそうになったヤヒロは咄嗟に顔を逸らして口元を押さえながら悶え我慢という妙技で何とか耐え抜いた。
そんなこんなで暫くすると、漸く説得に折れたフランキーがルフィと共に乗船して、いよいよ出港しようということになるのだが――。

「あ、じゃあそろそろ失礼するよ。サンジ、凄く美味しかったよ! ありがとな!」
「ヤヒロ、何言ってんだ?」
「え?」
「お前、仲間だろ?」
「……ナンダッテ……?」
「おれ達の仲間じゃねェか」

さも当然というような表情でルフィは言う。片や何を言ってるのだお前はとヤヒロが首を傾げる。で、また始まったとばかりにナミは深い溜息を吐いた。

「ヤヒロさん、こうなったらルフィは梃でも動かないわよ」
「いや、仲間も何も……私は別の海賊団に所属してる身だから無理だ」
「だから、その海賊団を辞めてこの船で海賊をやれば良いじゃねェか!」

おれはヤヒロも気に入ったからなとルフィがニシシと笑う。

「いや、それは嬉しいけどさ。その前に――」
「何だ?」
「ウソップを忘れてねェか?」

肝心な所が抜け落ちたら洒落にならんだろとヤヒロは言った。ルフィは目をパチクリとして停止した。それは、この船に乗る一味全員同じだったようで甲板に沈黙が流れる。そして、ハッと我に返った途端にケジメという名の騒動の末、ウソップが漸く新しい船に乗り込んだのだが――。

「お前ら! おれの存在を忘れてただろ!?」
「いや〜悪い悪い! ついヤヒロにばっかり気を向けちまってたから!」

悪びれもせずにルフィが笑顔で言ったが、ウソップは項垂れて影を背負い半泣き状態だ。
これは完全にイレギュラーな存在である自分が引き起こしてしまった結果だと思ったヤヒロは、悪かったウソップ……。マジでごめん――と、心の中で本気で詫びた。

「……じゃねェ、そうじゃない。船を出港させてんじゃねェって!? 降ろせ!!」
「だから仲間だろ?」
「いつ!? どこで!? 誰が!? 誰と!? 仲間になったって!?」
「今、ここで、ヤヒロが、おれ達と、仲間になった!!」
「ッ……」

くっ! 眩しい笑顔で爽やかに言いやがって!――と、軽く立ち眩みがしたヤヒロは心の中で悪態吐いた。
ほんの少し会って軽く言葉を交わす程度で済ますつもりだったのに、がっつり(食事の)お世話になって、いつの間にか仲間として迎え入れられ、つい来たばかりのウォーターセブンが徐々に遠ざかって行く。

「ところで、ヤヒロっつったか? お前、元はどこの海賊団に所属してたんだ?」

ゾロが質問するとヤヒロは羽織っているマントに手を掛けた。ゆらりと動くその様に麦わらの一味は背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じて咄嗟にヤヒロから距離を取った。

「ななな何? な、何か、様子がおかしく無い!?」
「そうね……。明らかに空気が変わったわ」

顔を青くして身構えるナミに同意したロビンも身構える。

「なァルフィ」
「お、おう。何だ?」
「屈託無く誰とでも話ができて、自分の意見を述べて突っ走るってェのは簡単なことじゃないし、それができるってのは良いことだと思う。けどな、相手の話を聞くことも大事だと私は思うんだ」
「何かわかんねェけど褒められた!」
「バカか!? どう考えても褒めてる雰囲気じゃねェだろうが!?」

ルフィが鼻息荒く笑って喜ぶ一方でウソップが即座に怒鳴ってツッコんだ。

「さっきの質問の答えを教えてやるよ」

マントを脱いだヤヒロは、ゆっくりと彼らに背を向けた。

「うおお、何かすっげェ!」
「な、何だァ!?」
「ヤヒロさん……、なんて服を着てんだ……」
「ななな何あれ!? 嘘でしょ!?」
「おいおい……、スーパーな姉ちゃんだと思ってたが何つーもんを着てやがんだ!?」
「ぎゃあああっ!? 何かわかんねェけど怖ェェェ!!」
「あわわわわ! ふ、普通じゃねェ!!」
「赤い龍に青い不死鳥……。それにあの金糸は……何?」

ルフィを始め、ゾロとサンジ、ナミとフランキーにチョッパーとウソップ、そしてロビンと、彼らは揃って驚嘆してヤヒロの背中にあるそれを見つめた。

「私は白ひげ海賊団船長エドワード・ニューゲートの娘だ。赤龍と青不死鳥を加護に背負い立つ夜叉鬼神のヤヒロ。それが私だ」
「「「な、何ィィィィッ!!?」」」

麦わらの一味が声を揃えて驚きの声を上げた。中でも酷く恐れ慄いたウソップが尻餅を突いて「しししし白ひげェェェ!?」と叫ぶ。但し、一名を除いて――。

「あれ? てェことは、ヤヒロはエースの仲間ってことか!」
「!」

恐怖も何も全く抱くことは無くルフィは目を爛々とさせて言った。それにハッとしたヤヒロだったが遅かった。
アウ! そうだった! すっかり忘れていたけどそうなるよな!? やべェ、スーパーやっちまった感!!
とんだ失態を犯したとヤヒロが胸の内で嘆いている間に、「何だよ、そうならそうと早く言えよ!」と言いながらルフィはガシッとヤヒロを捕まえるとぐるぐる巻きにして抱き付いた。

「そっか! エースの仲間なのかァ!」

とても嬉しそうに笑うルフィを尻目にヤヒロは酷く後悔した。何だったら赤髪海賊団としておいた方が良かったか。いや、それだと却って尚更ややこしくなってしまう。

この麦わらの少年の器のでかさったら本当にパねェな。
頬を引き攣らせたまま若干白目を剥いたヤヒロはルフィにされるがままだ。すっかり意気消沈気味になったヤヒロに、先程まで恐怖して怯えていたチョッパーやウソップ、そしてナミまでもが何故か目をキラキラと輝かせてヤヒロの側に歩み寄る。それに気付いたヤヒロは眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。

「ねェ、ちょっと背中を見せて!!」
「え、うあっ!?」

特攻服に興味津々といった具合で掴んだナミは、無理矢理にヤヒロから特攻服を脱がして奪った。それによりヤヒロは上半身サラシだけとなった。別に隠す所は隠しているし全く問題無いはずなのだが――

「な!? ナミさん大胆!!」

ブハッ!!

サンジだけがヤヒロの素肌を曝した背中を見た途端に勢い良く鼻血を放出して倒れた。

「あああ! サンジ!? 誰か医者ァァァ!! …………おれだァァァ!!」

チョッパーは慌ててサンジの元に駆け寄ると鼻血による大量出血で瀕死状態に陥ったサンジを抱えて船内へと急いで入って行った。

「……」

最早完全に麦わら一味のペースに飲まれていた。想像以上の個性派集団。想像以上に常識を逸脱している。
ヤヒロはヒクリと頬を引き攣らせていた。そして、隣でクスクスと笑っているロビンに視線を移した。

「あら、ごめんなさい」

白ひげの海賊さんでも流石に呆気に取られているみたいだからとロビンは言った。

「……良い仲間に巡り合えて良かったな」
「え?」
「大事にしなよ? やっと手に入れた仲間なんだから、自分から手を離すなんて二度とすんなよ」
「!!」

微笑を零してそれだけロビンに伝えたヤヒロは、サラシのまま仕方無しに周囲を見回して、一人でのんびり寝転がっているゾロの元へと向かった。

「ミホークは強かったか?」
「!?」

ヤヒロの言葉に目を見開いたゾロはガバッと勢い良く起きた。

「てめェ……、鷹の目と知り合いか?」
「まァ、色々と合ったのは確かだ。” 最初に ” 縁を持った男だからな」
「……最初に? わけわかんねェな。どういうことだ?」
「色々と事情があるんだよ」

苦笑を浮かべて軽く笑うヤヒロに、ゾロは眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべて睨み付ける。その辺りは他の者達と違って警戒心の強さはピカ一といったところか。

―― 流石はゾロだ。

麦わら海賊団は個性派揃いだが、長所と短所が上手く噛み合っていて良い仲間であることを肌身で感じた。漫画で読んだ程度ではわからないものを直に感じることができたヤヒロは、満足そうに笑みを零して「ハハ」笑った。

―― ……ッ。

ゾロは思わず目を丸くした。

「ん、何だ? 私に見惚れたか?」
「はァ!? 何でそうなる!!」
「自分で言うのも何だけど私は競争率高いぞ青年!」
「ハッ! 自分で言ってりゃ世話ねェな」
「とか言って、どうした? 顔が赤いぞ」
「ッ〜〜!」

ゾロの頭に手を置いて軽く撫でるとゾロは顔を赤くして狼狽えながら身を引いた。呼吸を荒くして睨んで来るが、真っ赤に染まる顔のせいで凄みが半減している。

あれ? 何か思いのほか可愛いなこいつ。
恋愛に疎いヤヒロだが、相手が年下となると何故か余裕を発揮してゾロの反応を楽しんだ。

年下ってこんな感じか……。
恐らくマルコやシャンクスに見せる自分の反応もこんな感じなんだろうなとヤヒロは思った。

成程。そりゃ揶揄いたくなるよな。
納得したとばかりに二ッと笑ったヤヒロは、「じゃあな」と言って立ち上がるとルフィ達の元へと向かった。

「な、何なんだあの女?」

離れて行くヤヒロの背中を見つめてゾロは独り言ちた。そして、チッと舌打ちをする。
ちょっとしたことで動揺するなんざおれもまだまだ修行が足りねェ!と、ダンベルを手にして鍛錬を始めた。
ゾロはどこまでもストイックだ。

「もう良いっしょ?」
「あ!」

特攻服に群がるルフィやナミの手からそれを奪い返したヤヒロは、袖に腕を通して羽織ると更にマントを羽織って背中を隠した。

「もうちょっと見たかったのに」

唇を尖らせて不満を口にするナミに苦笑したヤヒロは、「また機会があったら見せてやるよ」と言って欄干に飛び乗り彼らに向き直した。

「ちょっとだけ話ができて良かったよ!」
「え? ちょっと! まさか!!」
「ヤヒロ、何をすんだ?」

狼狽えるナミを尻目にルフィが首を傾げる。

「また会おうな!」

軽く手を振ったヤヒロは、欄干を蹴ってピョンッと飛び降りた。

「「「えええええ!!?」」」

ドボーンと大きな音と波しぶきが上がる。

「ヤヒロ!!」
「ヤヒロさん!!」
「マジで泳いで行く気かよ!? ここはグランドラインだぜ!?」

ルフィ、ナミ、ウソップの声を背中に受けて泳ぎ始めるヤヒロ。波がちょっと高いけど、泳げない程では無い。ウォーターセブンから大分離れてしまったが何とか泳げるだろう。
そうしてクロールで海を突っ切ったヤヒロは、何とかウォーターセブンへと辿り着いた。海からザパァッと這い上がってその場に転がると、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返して動かなかった。

「遠泳とか…はァはァ、マジ、きっつい!」

サッチを助けたの時は無我夢中だったし、波に身を任せていたこともあって、体力的にはきつく無かったのだが、今回は完全に自力によるものだったから流石にきつかった。

「二度としねェ……」

もう遠泳は懲り懲りだと愚痴を零しながらヤヒロは、未だに立ち上がることもできずにその場に横たわっていた――が、気付いた時には寝てしまっていたようで疾うに夜を迎えていた。

「んげ!?」

思わず驚いて飛び起きたヤヒロは周囲を見回した。人っ子一人いない。

誰か……、声ぐらい掛けてくれても良いんじゃね?
確実に誰かはいたはずなのに、何とも見事な放置っぷりに、ヤヒロは少し寂しい気持ちになった。
だが仕方が無い。
突然海から這い上がってきた女を誰もが警戒して近付こうとはしなかった。それも物凄い形相で這い上がってくるのだから尚更だ。

「明日……、出港しよ」

ヨロヨロと立ち上がったヤヒロは、ふらふらとした足取りで宿屋を探した。この冷え切った身体を一刻も早く温めたいという一心のみで――。

麦わら海賊団

〆栞
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