19


これから白ひげに会いに行くと言っていたシャンクスに、今後の動きを一通り伝えておいて欲しいと伝言を頼むとシャンクスは唖然とした。隣で聞いていたベックマンも目を丸くしたまま軽く固まって、ヤソップが腹を抱えて笑っていた。ルウは相変わらず骨付き肉を頬張っているが一言も発さないところから驚き過ぎて何も言えなかったと見える。

「本気か!? 本気でやるのかそれを!?」
「書類は出しておいたから、返事が来たら面接だ」
「いやいやいや、大胆過ぎるにも程があるだろ」
「んー、ちょっと先に入って仲良くなりたい奴がいるからさ」
「しかし、計画的というよりは無謀に近いように思えるんだが……」

困惑するシャンクスに「何とかなるって、大丈夫!」と、ヤヒロはVサインを出してニシシと笑った。

「「「その自信がどこから出て来るのか教えて貰いたいな」」」

ベックマン、ヤソップ、ルウ、その他大勢が間髪入れずに声を揃えて言った。しかも真顔で。それにはヤヒロも流石にヒクリと頬を引き攣らせ軽く後退った。
そして――
島に到着する手前で別れることになっているヤヒロは、小船に荷物を積み込んだ後、余った紐の色を一つ一つ丁寧に編み込みんで完成させたミサンガを持ってシャンクスの元に向かった。

「シャンクス、これ」
「何だ?」
「ミサンガっていう御守みたいなもんだ。世話になったから御礼を込めて編んだから、手首か足首にでも付けてくれると嬉しいな」
「そうか、なら付けてくれ」
「ん、えっと、で良いのか?」
「あァ」

赤、白、黒、オレンジの四色が織りなすミサンを右手首に結ぶと、目線の高さに翳して見つめたシャンクスは笑みを浮かべた。

「良い色合いだ。気に入った。ありがとうヤヒロ」
「気に入ってもらえて良かったよ」

満足そうに顔を綻ばせるヤヒロに、やはり心配な気持ちが残るシャンクスは、「本当にやるのか?」と改めて訊いた。

「ふっふっふっ。誰も考え付かないことをするから面白いんだ」
「面白いで済めばな」
「強さは立証済みだろ? 心配なら上手く行くことを祈っててよ」
「まァ……、強さに関してはあまり心配していない」

本当、ヤヒロの強さだけは――と、シャンクスは渇いた笑いを上げて遠い目をした。

〜〜〜〜〜

数日前に一度だけ敵襲があった。その際、ヤヒロは客分だからと船内に避難しろとシャンクスは指示を出そうとした。しかし、あろうことかヤヒロは率先して敵船へと向かって行った。そして、唖然とするベックマン、ヤソップ、ルウと共にシャンクスが見つめる中、ヤヒロ一人によって壊滅していく敵船の憐れな姿と恐怖して逃げ出す海賊達の姿があった。

「恐怖して逃げるたァどういうことだ!? んな半端な覚悟で海賊やってんじゃねェ!! 襲うなら死ぬ気でやりやがれ!! こんの玉無し共があァァァ!!」

赤い龍と青い不死鳥を背負った鬼神の強さに愕然としたヤソップとルウは青い顔をして船縁に立つヤヒロの背中を見つめて呟く。

「なァ……、おれは初めて女を怖いと思った」
「おれもだ」

ベックマンは深く紫煙を吸って吐き出すと、隣に立つシャンクスに言った。

「あの強さは異常だな。あんたでも勝てないんじゃないか?」
「……」

シャンクスからの返事は無かった。

ヤヒロ……、何なんだそのお前の強さ……。
鷹の目に本気で戦いたいと言わせるだけはある。とは言え、ちょっと洒落にならないとシャンクスは思った。

世界政府が何だ。海軍が何だ。
そんなものヤヒロにゃ関係無い。

ヤヒロは人にどうこうしてもらうような奴じゃない。

自分で自分の居場所を作れる奴だ。
自分で自分の道を切り開く奴だ。

『女として見ている気は無い。一人の人物として興味がある』

あァ、わかる。鷹の目の言葉が今じゃ本当によぉぉぉくわかる――と、シャンクスは納得した。そして、青い炎を纏った男が脳裏に浮かぶ。

「あれを自分の女にするには相当の覚悟がいるぞ……。なァ、マルコ」

と、同情するような気持ちで誰に言うでもなくポツリと独り言ちた。

〜〜〜〜〜

当面の資金だと渡された袋はズシリと重い。バギーで貰った餞別以上の額が入っていることに、ヤヒロは苦笑を浮かべた。そして、ヤヒロは思う。実はまだ心残りがあるんだよなァと。
それは――
ルウがいつも骨付き肉を頬張っていることだ。常々頬張っている姿を目撃しては、いつもどこに隠し持っているのか――と、どうでも良いことなのだが気になって仕方が無かった。これを赤髪海賊団における最大の謎だと位置付けていたヤヒロは、別れる前にどうしても知りたかったのだが、何も聞けずに今は小船で一人、大海原を突き進んでいる。

「フッフッフッ……。大層な服を着ていやがる」
「勝手に乗り込んでんじゃねェっての」

目的地をシャボンティ諸島に定めて小船を走らせていると、トンッと足音が聞こえてヤヒロは振り向いた。
それはそれはとっても背の高い金髪のお兄さんが立っているではありませんか。しかも、サングラス付き。口元が笑っているから――まァ、楽しそうに見える。
ただ、肝心のヤヒロは反応がとても薄かった。表情を一ミリ、いや、ミクロンを通り越してナノ、いやピコ単位さえ変えることなく、視線を前方に戻した。
赤髪海賊団の船にお世話になっている間、熟睡とは程遠い日々を過ごしていた為、もうすっかり寝不足気味。
あァ、とうとう幻を見るようになったかと思ったヤヒロは、クアッと欠伸をして涙が滲む目を擦った。――ところで、今日は晴天なのに自分の周りだけ影になったことで「ん?」と漸く反応したヤヒロは、改めて後ろを振り返った。そして、軽く二度見して目を見開いた。

「うお、いたのか!?」
「ククッ…、どれだけ鈍いんだ」

サングラスのブリッジを右手の中指で押し上げながら軽く笑った男は、「てめェは、何者だ?」と続けた。
しかし、思いもしなかった急な客人に度肝を抜かれたヤヒロは、男の質問を返すどころでは無いようで、指を差して「ど、ど、ど、ど」と、口をパクパクと開閉を繰り返すのみ。

マジか!? 何でここにお前がいる!?
ヤヒロは大いに動揺した。だが、男の顔から男が纏っているピンクの外套(?)へと視線が向かうと興味は一気に傾いて――「あ、ちょい失礼」と宣って手を伸ばした。

モフモフモフ……。

気持ちの良い羽根の感触に「やべェ!? 何これ凄ェ気持ち良い!」と感嘆の声を上げたヤヒロは、目をキラキラと輝かせて男を見上げる。
突発的なヤヒロの行動に視線を落としている男の表情からは疾うに笑みが消えて、逆に眉間に皺が寄せられ額に青筋を張っていることから不快感を覚えたようで…。

「てめェ、良い度胸をして」
「ちょ、ちょっとごめん!」

ばふんっ!

「――!?」
「うおお!!」

目をキラキラ輝かせたまま満面の笑顔で男のコートに顔面から突っ込んだヤヒロに、流石に動揺を隠し切れなかった男は思わず身を引こうとした。

「んー、マルコを思い出すな」

ポロリと零したヤヒロの言葉に、ピクリと反応した男は動きを止めた。

「赤髪か白ひげかと思ったが、不死鳥の名を口にしたということは、貴様は白ひげの者か」
「あ、一応。今はフリーで行動させてもらって……おおっと!」

モフモフを堪能しながら顔を上げたヤヒロは、サングラス越しに目が合うと、自分がしていることにハッとして慌てて身を離し、気不味そうに笑みを浮かべて頬をポリポリと掻いた。

「悪かったな。ごめん」
「……」

謝罪を口にするヤヒロに、男は何も言わなかったが口端を上げた。そこに許してやるといった意図を汲み取ったヤヒロは、一、二歩程退くと腰を下ろして胡坐を掻いた。それに対して男もその場で膝を折る。その様は所謂ヤンキー座りだ。
おおう、様になってんな。しかもピンクが似合うってかなりイカしたお洒落さんだよな――と思ったヤヒロは「流石はドンキホーテ・ドフラミンゴか」と口にした。

「おれを知っておきながら大胆な行動をしやがる」
「あ、それに関しては本当に悪かった。どうしても誘惑に勝てなかったんだ。けど、大体そういうの見たら誰でもモフモフしたくなるだろ!?」

最初こそ悪気は無かったんだとばかりに謝罪していたというのに、何故か途端にビシッと指を差して逆切れ気味に声を荒げたヤヒロに、誰にモノを言ってやがると思ってんだこの女――と、ドフラミンゴは口端を上げた笑みを湛えたまま蟀谷に張っている青筋の数をピシリと増やした。
そんなドフラミンゴの左肩超しに目を向けたヤヒロは、この船から離れた海上にピンク色の特徴的な形をした船があることに気付いた。

「えっと、とりあえず何だ?」
「女が一人でこの海を渡っていりゃあ誰だって興味を引く」
「あー」

そりゃそうだよなと笑ったヤヒロは、「あ、そうだ」と何か思い出したように口を吐いた。

「ちょっとだけ待って」

袋を漁って手にした数本の紐を編み始めるヤヒロにドフラミンゴは片眉を上げた。

「どっちでも良いから腕を出してくれ。あ、足首でも良いけど」
「それは何だ……?」
「ミサンガっつぅ御守。紐が余ってたし、この色はあんたに似会いそうだからさ、お洒落感覚で付けてみて。気に入らなかったら捨ててもらって構わねェから」

ドフラミンゴに見せたのは、紫、白、ピンク、赤、オレンジが編み込まれた五色のミサンガだった。

会ったばかりのおれにこれをやるだと?何を考えてやがる……。と、多少警戒の色を示しながらドフラミンゴは腕を差し出した。
訝しんでる様だがそれても受け取ってくれんだなとばかりにニコッと笑みを浮かべたヤヒロがドフラミンゴの腕にミサンガを結ぶ。腕に触れるヤヒロの手先が妙に擽ったく感じたドフラミンゴは反対の手で目元を覆うと口端を上げた。興味本位で近付いてみただけなのだが、妙な気分にさせやがると胸中で吐露した。

「できた! やっぱりこの配色が凄ェ似合うな!!」
「……」
「あー、でも、気に入らなかったら」
「貰っておいてやる」
「――お! 良いのか?」

受け取ってくれてありがとなと笑うヤヒロに悪い気がしないドフラミンゴは、くつくつと軽く笑って立ち上がるとヤヒロに背を向けた。

「てめェの名は?」
「あ、そうだった。私はヤヒロ。マジマヤヒロだ。宜しく」
「ヤヒロ……」
「あ、一つ良いか?」
「何だ?」

呼び掛けに応じて振り向いたドフラミンゴに、ヤヒロは言った。「また会ったらそん時は宜しくな!」と。そして、にぱっと満面の笑顔。

「……」

ドフラミンゴは何も言わなかったが、何をどう宜しくかはわからんが……、まァ聞いておいてやると胸中で吐露しながら甲板を蹴って自分の船へと去った。

サングラスをしている分、何を考えているのか読み取り難いが、僅かに口角を上げる動きを見せたのをヤヒロは見逃さなかった。
案外、話をすればわかる奴かもと思いながらヤヒロは軽く手を振って「またなー!!」と声を出した。

ぶっちゃけた話、あわよくば頂上戦争時に味方になってくれねェかな――という気持ちがあったのは言うまでもない。

あ、でも戦いそっちのけで勧誘してたような……。うーん、その辺りは本当に記憶に無いや。けど、あの場にいたことは確かだ。
王下七武海の一人である彼は、ミホークと同様に海軍に招集されて頂上戦争のあの場所に立っているのだ。海軍側の者として。そんな海軍側の人達をせっせと味方に引き入れようと考える辺り、自分でもよくやるなとヤヒロは自嘲した。

「さて、目指すはシャボンティ諸島! ……の前にだ。ちょっくら寄ってみるか」

急遽目的地変更。
時系列は詳しく無いから今どの辺りに差し掛かっているのかはわからないが、ひょっとしたらなんて軽い気持ちを抱いて行ってみることにした。

一度は会っておきたい。
話をしておきたい。

若干ミーハー心もあったけど、折角の機会だしと思っての突発的行動だ。どうやら思い掛けないドフラミンゴとの出会いに触発された――のかもしれない。

疾うに終わって立ち去った後だったら高速マッハでシャボンティを目指さないといけなくなるけどなァと思いながら目指しま先はウォーターセブンだ。
後々、例の一味達は『スリラーバーグ』で足止めされることをヤヒロの記憶からはスッパリと抜け落ちていた。

「ぬおお、急がねばー!」

だなんて、慌てなくても余裕はあるはずなのだ。たぶん……。
そんな無責任な天の声など知る由も無いヤヒロは、超特急で小船を走らせた。そして、出会った。

「スーパー!!」

変態に――。

まさかの遭遇

〆栞
PREV  |  NEXT



BACK