* 岩泉 *
星も瞬かない秋の夜。秋とはいえ、この時間になっても気温は高いからそれほど寒くないのが救いだ。
「こんな遅い時間になにしてんだよ」
暗闇に紛れて誰にもあわないと思ってたのに、よりにもよってなんで岩泉なんかに会ったのか。
「お前ひでぇ顔してるぞ」
「うるさい」
そんなこと、私が1番知ってる。
こぼれそうな涙を耐えるために、瞬きをしないようにしてたんだから。空でも見上げればいいんだろうけど、生憎星なんて少しも見えやしない。
「何してたんだよ」
「塾だったんだよ」
「それにしても限度があるべや」
成績がふるわない。私だけが努力してるわけではないから、そう簡単に結果がでないこともわかってる。それなのに、私の努力は努力じゃないと言わんばかりに成績は落ちていく。足掻けば足掻くほど周りと差が生まれる。
少しでもその差を埋めたいと思って何が悪い。そのためにできることをして何が悪い。
「ほら、さっさと帰るぞ」
「1人で帰れる」
「いいから黙って送られてろ」
有無も言わさず歩き始めた岩泉の後ろ姿をただ眺めた。歩き出さなかったのは、わずかばかりの抵抗だったのかもわからない。
「あー、ほら」
遠慮がちに捕まれた腕を緩く、それでいて力強く引っ張るものだから仕方なしに足が動き始める。逆の腕を引かれてたら、痛みで跳ねてたかもしれない。
「頑張ることと無理することは違ぇべ」
「ムリなんてしてない」
「なら自分で歩け」
「岩泉がいなければ歩いて帰ってた」
「そーかよ」
いや、どうだろう…歩いてたな。こんなの偶然会った岩泉に甘えてるだけだ。甘えてすがってるだけ。それのなんて醜く浅ましいことか。
「岩泉、いい。離して」
「離さねぇって言ってるべ」
「言ってないよ」
「細かいこと気にすんな」
細かくない。
だけどそんなことどうでもよくなるほど、岩泉の手の熱が私の肌を焼く。
「お前はなんでもかんでも頑張りすぎなんだよ。及川くらい適当にやっとけ」
「及川くそストイックじゃん」
「女がくそとか言うなや」
及川ほど頑張ってもいないけど。だから私は成果が出ない。だから私が悪い。わかってるのに、理不尽なストレスが弾けようとする。それを押さえようとすればするほど私の心は生き場所をなくして、迷子の子供みたいに泣き叫びたくなる。
「いいから歩け」
「うん」
頑張って抑えるから。どうか振り向かないで。