雪解けの季節だった。緑の匂いを乗せた風が檻の中に吹き、柔らかな日差しが鉄格子で縞々の影を作る。
 リッカはひなたぼっこをしながらそれをぼんやりと見ていた。その傍らにシオンが寝転がってぽかぽかとした初春の光に照らされていた。
 リッカとシオンが一緒に暮らし始めてもう何年もたつ。その間にシオンはすっかり立派な青年になり、リッカもそのぶん年を取った。

 リッカは思う。シオンくんの隣にこのままずっと一緒にいていいものだろうか、と。

 出会った時に比べて衰えを感じる。前より物が食べられなくなって、痩せてしまった。節々に痛みもある。少し動くと息切れがするようになった。
 そんなリッカの身体を気遣ってか、夜の営みの回数も減った。でもまだシオンは若く健康な男性なので、性欲が旺盛である。誰も見ていない所でこっそり自慰をしている事を、リッカは知っている。
 何かお手伝いできないだろうか、そう思って誘ってみるけれどシオンは顔を真っ赤にして首を横に振る。
 だけどどうしても我慢できない時もあるのか……月に一度だけ身体を重ねるようになった。
 それはとても優しいものだった。痛くないように、辛くないように気遣って、ゆっくり行われる。リッカにとってはすごく気持ちいい。しかし、シオンはどうなのだろう。そう考えるようになった。
 とろ、と太ももを伝うシオンの精液。それは本当だったら赤ちゃんを作るために使われる大切なものだ。それを無駄にしているという罪悪感。年の差。身体の衰え。リッカは色々なことを気に病むようになった。

 若く健康で綺麗なシオンに、年を取ってしまった自分は不釣り合いなのではないか。
 最初に思っていたこと……『女の子と一緒に楽しく暮らして、可愛い子どもを作って穏やかに暮らしてほしい』。それが、シオンにとっての本当の幸せなのではないか。こうして男同士で檻にいるよりも、ずっといいんじゃないか。

 誰に言われたわけでもなく、リッカはそう思うようになってしまった。
 ひなたぼっこをしながら、傍らのシオンを見た。リッカのお腹に頭を乗せて、幸せそうに眠っていた。どんな夢を見ているんだろう。涙がこぼれた。
 ずっと一緒にいたい。君の事が好き。離れたくないよ。でも、それじゃだめなんじゃないかな。
 リッカはシオンの隣で寝転がりながら、ずっと心の中に押し込めていた自分の気持ちを少しだけ伝えた。

「シオンくん……あのね、君の事を、心から愛している」

 ずっと言いたかったこと。その次にリッカが続けて言ったのは、できれば言いたくなかったこと。


「だから、僕のことを忘れてほしい……幸せになって……」

 



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