短い秋が終わって冬がやってきた。生まれ育った国とは全然違う気候、あまりに寒い異国の冬。シオンはぶるぶると震えながら檻ごしに空を見る。リッカの髪の毛より少しだけ暗い灰色。そこから、ふわりと白い羽毛のようなものが落ちてきた。シオンは慌てて、寝室で休むリッカに声をかける。

「リッカ、リッカ。雪が降ってきた!」
「ああ、もうすっかり冬だね。シオンくんの国では、雪は珍しいの?」
「うん! 昔の言葉で『白く輝く山』っていう意味をもつ、誰も登れない霊峰の上にだけ降るんだ! こんなに近くで見たの、初めて!」

 シオンは興奮気味に言った。寒い寒いと丸まっていたのに、おおはしゃぎで走っては檻の中から空を見上げる。無邪気で可愛いなとリッカは思いつつ、寝室から出て一緒に雪を見た。そして、何となく思い出したことを独り言のように呟いた。


「……そういえば僕の名前も、この国の昔の言葉で『雪』っていう意味があるんだ」
「そうなの!?」


 シオンは驚いた顔でリッカをまじまじと見て……頬をピンク色に染めて、少しだけ微笑んだ。リッカは首を傾げる。でも、シオンは何も言わなかった。ただ、そっと寄り添ってリッカの首元に頭をこすりつけた。
 高山にしか積もらない雪は、一生に一度触れるか触れないか、そんなとても珍しいもの。子どもの頃、シオンは雪が欲しくて山に向かって手を伸ばしていた。もちろん、手に入れることはできない。
 檻の中に連れてこられなかったら、一生出会えなかったリッカ。雪とリッカを重ね合わせる。ずっと欲しかったものが違う形で手に入ったようだった。

「雪は冷たくて、触ると溶けちゃうんだね。じゃあリッカの方がいいな。触れるし、あったかいし……どこにも行かないもん」

 すりすりと頭を胸元に寄せて、シオンは呟いた。今度はリッカが何も言えなくなってしまった。明日急に離れ離れになるかもしれない。いつ引き離されるのか、リッカとシオンには分からない。好きな子が甘えてきてくれて嬉しいのに、胸が苦しい。
 
「…………シオンくんと、ずっと一緒にいたい」

 ようやくできた返事。それだけですべてが伝わった。ただリッカとシオンは寄り添っていつまでも空を見ていた。ふわふわの初雪が、辺りを真っ白に染め抜くまで、ずっと。



 それから春が来て、夏が来て、また秋になって、冬。何回かそれが繰り返された。たくさん遊んで、一緒にご飯を食べて、寝て、時に愛情を確認しながら、年を重ねた。
 故郷に比べたらはるかに狭い檻の中。しかし、いつしかシオンにとってそこは大切な家になっていた。リッカがいて、寝床があって、くつろぎのスペースがある、大事な家だ。だが、故郷を思う気持ちが全くなくなったわけではない。
 朝焼けの湖に、無数の水鳥が集まっている。それが一斉に飛び立つときの空の色。頂に真っ白な雪を乗せて氷河が流れる神聖な峰。乾いた風と、草の匂い。どこまでも続く草原を走り回る兄弟。
 たまにリッカにせがまれて、シオンはそんなふるさとの景色の話をした。

「シオンくんの生まれた所はすごいんだね……何だか、想像がつかないや」
「……見た方が早いよ。いっぱい見せたいものがある」
「そっか……」

「いつか、リッカと一緒に故郷に帰りたいな……」

 絶対に叶わない夢。手の届かない山頂の雪。ひなたぼっこをしながら、シオンとリッカは寝転がって鼻をちょん、とくっつけた。少しだけこぼれたシオンの涙を、リッカが舐める。

 …………それを、天井の機械と檻ごしに宇宙人たちがずっと見ていた。寝ている時、起きている時、何もかも全部。四六時中。
 そしてこまめに、他所の宇宙人と交信し……ある日、何がしかの取り決めを行った。


 檻の中でシオンは何度目かの誕生日を迎える。初めて会った時のリッカと同じ年になった。
 それから少しして、リッカはシオンの前から突然姿を消した。



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