リッカが住む檻にシオンが連れてこられたのは、数週間前。青く澄んだ空が高く晴れあがる、秋の始まり。
 今、リッカの目の前では……異国で生まれた黒い髪の毛と浅黒い肌を持つ男の子が、あどけない顔をしてすうすうと眠っている。
 リッカは生まれた時からずっと性別を間違われている。家族はきちんと男性として扱ってくれたが、それを公に伝える手段はない。とうとう繁殖の為にこの見知らぬ男の子と今日から一緒に住むことになった。どうしていいのか分からない。複雑な気持ちだった。
 何となく気まずい。リッカは寝室に入って、シオンが起きるのを待った。目が覚めたシオンが大騒ぎして……しばらくして寝室に入ってきた。

「大丈夫? もう少し横になっていた方がいいよ」
「あ、あの……ここは、一体……」

 戸惑うシオンにこの檻の事と繁殖の説明をした。シオンはものすごく怯えていた。いきなり連れてこられて男と性行為をしろなんて、怖くて当然だ。可哀想だな、とリッカは思った。それは、自分の弟と年がそう変わらない子に対する同情。
 リッカは施設生まれだからどこにも逃げられない。逃げたら家族がどうなるかも分からない。
 この子はまだ若い。女の子と一緒に楽しく暮らして、可愛い子どもを作って穏やかに暮らしてほしい。そう思った。
 しかしシオンは故郷に帰って家族に会いたいらしく、交尾の真似をして外に出された時に隙を見て逃げ出そうとしている。それは不可能に近い。リッカは分かってはいたが、伝えなかった。もし出られるとしたら繁殖することができなくて相手を交換される時だ。
 僕たちは、檻から一生出られない。
 ……どうしても言えなかった。遅かれ早かれ、シオンにも分かるだろうから。

 それから交尾の真似をした。リッカはこういうことをするのは初めてだったが、思いのほか激しかった。耳を噛まれたり、太ももで性器をこすられるたびに、今まで感じた事のなかった、ぞわぞわとした気持ち良さが背筋に走る。恥ずかしくて、どうしたらいいか分からない。

「ほ、ほんとのエッチみたいだったね…………あの、明日もしてみようか…………」

 リッカは照れ隠しで笑った。
 しっかりしなくちゃ。僕の方が年上で、お兄ちゃんで……女の子みたいな姿をした男で、子どもは作れない。
 何年かかるか分からないけれど、交尾の真似をいっぱいして……シオン君を本当の女の子の所に連れて行ってもらおう。それがきっと、お互いにとって幸せな事なんだ。そう思った。


 でも。それからずっと一緒に暮らしているうちに。
 くるくると変わる表情や、ご飯をおいしそうに食べる姿。誰もいない時にここぞとばかりに走り回る元気さと、まだ幼さの残る顔で甘える所が。リッカにはとても可愛く見えた。もう二度と会えないかもしれない実弟と重ね合わせていたのかもしれない。
 シオン君とずっと一緒にいたいな。リッカはそう思うようになった。しかし、シオンは盛んに性行為の真似をせがむ。数日前にやってみたばかりなのに、腰を押しつけてくる。

「頑張れば、早く出られるかもしれません。俺、早くここから出たいです。家族が心配ですし……」
「そう……そうだよね…………」

 早く出たい、家族に会いたい。外国からいきなり連れてこられたシオンの立場からしたら、当たり前の感情だった。だが、リッカには受け入れられない。
 いやだ。シオン君がどこかに行くのも、女の子とこんな事するのも、全部全部、いやだ。
 身体はとても気持ちいいのに、心はきゅーっと締めつけられるように痛む。その時にリッカは自分の気持ちに気付いた。弟じゃなくて、もっと違う風に見ていたこと。
 だから、交尾の真似を拒んだ。でも、苦しかった。悲しそうにうつむくシオンを見ると、リッカも泣きたい気持ちになる。ごめんね、ごめんねと思いながら心をこわばらせていた。

 そんな時だった。シオンが自慰をしているところをたまたま見てしまい、慌てて立ち去ろうとしたら気づかれてしまったのは。
 それからなぜか床に押し倒されて、組み敷かれた。

「なんで、なんでこんな事するの、なんで……?」
「……分からないです。俺も、分からないよ……」

 いつも後ろからやっていたから、初めての格好だった。顔がよく見える。リッカが見上げた先のシオンはいつもと全然違う表情だった。弟みたいなあどけない男の子ではない、成人した凛々しい男性がそこにいた。
 リッカの胸がうるさいぐらいに跳ねる。身体が震えた。


「分からないから、教えて。知らない事、分からない事、好きなもの・嫌いなもの、他に何でも……俺に、あなたの全部を教えてほしい」


 耳元で熱っぽく囁かれた。リッカは耳が弱い。身体の力が抜けて何もできないリッカに、シオンは強い力で無理矢理に舌を絡めてきた。
 熱くぬめる舌が、口の中を舐めまわして、何も言えなくしてしまう。最初は甘くだんだんと苦くなっていく、赤い果物の味。強い力。シオンの匂い。どうにかなってしまいそうだった。
 分からないのは僕の方だ。何でこんな事になっているのか全然分からない。教えられる事なんて、ない。
 リッカにたった一つ分かること。それは。


「…………シオンくんのこと、好き…………」


 小さな声で、それだけ伝えた。
 涙が、あふれた。



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