正直、薫は仕事どころではなかった。システムがどうたら、サーバがどうたら。仕事もヤバいけどボクの身体もヤバい!

「これ、力いっぱいエラー握りつぶしてるじゃん……」
「新人がやった所のチェックが漏れてたみたいですね」

 花澤薫、怒りのエラー修正。穏やかで普段怒ることはあまりない薫だったが、ムラムラしている時に休日呼び出しされてはたまらない。しかししっかり仕事をする。パソコンとにらめっこして、エラーを修正してぎりぎりに納品して、ようやく家に着いたのが夜の十一時。

「ただいま。遅くなってごめんね」
「……おかえり」
「お風呂と洗面所借りるね。あ、沸かしてくれたの? ありがとう」

 リビングのドアの所から勇人がひょっこりと顔を出した。薫は手を洗ったり歯磨きをして、お風呂に入った。綺麗に髪の毛と身体を洗って身支度を整えて部屋に入る。思わず目を疑った。

「こ、こういうの好きなのかなって……思って……」

 勇人の服がいつもと違う。ボタンが三つほど開けられた白い長袖のブラウス。赤いチェックのリボンタイ。短い紺色のプリーツスカート。ふくらはぎの半ばまでの長さの靴下。ワイン色の髪の毛にはアクセントのように星型のパッチン留めが付けられている。
 どこからどう見てもJK。それもギャルだ!

「……あんまり見たら恥ずかしい」
「な、なんでこんな格好を」
「…………嫌なら着替える」
「ああっ、そういう意味じゃない! やめて、着替えないで!」

 勇人が拗ねて頬を膨らませた。薫は慌てて止めた。必死に止めた。たぶん今日の仕事より真面目に、真摯に止めた。
 改めて勇人を見る。布団の上で、恥ずかしそうにもじもじとしていた。短いスカートの裾をもって引っ張っている。その柔らかそうで白い太ももに、ひときわ目立つ髑髏のトライバルタトゥー。

「……勝つために買ってみたんだけど、ずっと焦らされてたら、勝負とかどうでもよくなった……ね、えっちしよ?」
「まぁボクも正直……じゃあ、この勝負、引き分けということで」
「さんせーい」

 男たちの熱い戦いが、あっさりと終わった。布団に二人で寝転がった。顔を見合わせて笑う。勇人が薫の首に手を回して、キスをした。ちゅ、と音がして……舌がぬるりと入り込んでくる。薫は何だかやましい気持ちになった。三歳年下。女子高生の格好をして誘ってくる、甘えんぼのホスト。

「なんか、パパ活してるみたい」
「薫はパパって年じゃないかな……なんだろう? 近所のお兄さん?」
「それはそれでアリだなー」

 他愛もないことを言って、二人でごろごろと寝転がる。薫が手を伸ばした先に、勇人が幸せそうな顔で笑っていた。乱れた髪の毛を触ると、くすぐったそうに身をよじらせる。可愛いな、と思った。性格は猫みたいだけど、行動は犬っぽい。
 よしよしと撫でた。勇人が抱きついてきた。その背に手を回す。おでこにキスをした。次は頬。勇人が目を閉じて薫を見上げた。それはキスをおねだりする顔だった。
 可愛い。すごく可愛い。それなのに薫の胸が苦しくなる。ただのセフレよりは仲がいいと思う。でも友達かと言われると断言できない。セフレ以上で友達未満。そんな関係。
 他の誰かにもこんなに可愛い顔を見せてるのかな。そう思った。複雑な気持ち。それをごまかすようにキスをした。柔らかな唇を甘く食む。突き出された舌をフェラするときみたいに吸って、絡める。くちゅ、くちゅ、とかき回す。
 唇を離すと、唾液が口の端から垂れた。ほんのりと微笑む勇人を、強く抱きしめた。
 今だけは全部、ボクのものだ。なかなか素直になれなくてツンとしている所も、時折さびしげな色に染まる瞳も、膨らむほっぺも、意外と負けず嫌いな所も、全部、全部!
 身体の奥から何かに突き動かされるみたいだった。キスをしながらシャツの上から強めに乳首をいじる。つねる。

「ん、んっ、んうー、ン……あっ、あっ」

 そっと唇が離れた。口から漏れだす喘ぎ声。勇人のとろんとした目。ぽってり膨らんで、つんと尖る乳首。固くしこりだしたそれを薫はいじめる。
 勇人は乳首が好きだ。ここをいじると声が止まらなくなって、腰を押しつけてくる。スカートの前をはしたなく膨らませて、薫の服のすそを小さく引っ張って、温かな身体をこすりつけてくる。

「あっ、あの、もう……入れて。がまんできない……」

 勇人が寝転がったまま、ぴらりとスカートをめくった。女の子の下着だった。ピンク色で、リボンがいっぱいついている可愛らしいもの。さすがに貞操帯はもう外されているようで、膨らんでいるのが分かる。勇人は大きく足を開いておねだりをした。
 後ろはどうなってるんだろう。薫はお尻に手を伸ばした。布があんまりない。四つん這いになってもらって、改めて見ると……ゴム紐しかない。しかもよくよく見るとクロッチ部分に縫い目があって、開くようになっている。 

「すごいの履いてるね」
「……ううー」
「そんなに勝ちたかったの? 勇人はチンチンにいつも負けてるもんね……?」
「俺だってたまには勝ちたいー」

 わがままを言うのが可愛かったので、下着のゴム紐を上に引っ張った。そのまま上下に動かして、ふわふわの縦割れアナルに紐をこすりつける。くい、くい、と引っ張るたびに腰が揺れる。まるで種付けをする獣のように、かくかくとお尻を振って、女子高生の格好でセックスをしたがっている勇人。ぞくぞくとした。

「あっ、あっ、あっ、前と後ろ、こすれてるっ! あ、そこだめ、もうだめ、ちんぽっ、ちんぽほしい……!」
「じゃあ慣らさないと……」
「もうちゃんと準備してる……洗って、ローション入れてるからあ! ね、入れて……薫のちんちんで、いっぱいいじめて……ああああああっ!」

 本当はもっときちんと慣らさないといけないとは分かっている。でも薫も限界だった。お尻をがっちりと掴んで、下着の開いた所から強引に挿入した。
 勇人のナカはぬるぬるとして、待ち焦がれたように薫の性器を飲み込む。ちゅっちゅと吸いついてくる襞をかきわけて、そっと前立腺を突く。

「んんんん! あっ、あーっ!」

 軽く押さえただけなのに、勇人の性器から精液がぴゅ、と飛び出して可愛い下着を淫らに汚した。可愛いところてんだった。思わず何回か突きたくなる。でもこれはポリネシアンセックスなので……角度を変えて薫は奥へ性器を入れた。
 一番奥のすぼまり。他の人では届かなかった、薫だけの場所だ。抵抗するように絡みつく襞を通って、お腹の奥深くまで挿入する。

「あっ、あっ、あ……あ、ああああっ、お、奥まではいってる……」
「挿入して三十分は動いちゃだめだから……その前にちょっと体勢変えようね」

 四つん這いも可愛いけれど、いくら何でもその体勢で三十分はつらいだろう。ゆっくり抜くと、名残惜しそうにナカが絡みついてくる。我慢して抜いて、勇人を仰向けに寝かせた。それからもう一回入れる。
 二回目だからすんなり入る。ぬるぅ、と奥の奥まで簡単に入ってしまった。

「あっ、あ、あ、あ…………」
「入れただけでイッちゃったんだ……かわいいね」
「あ、だって……き、きもちいい……ねえ、動いて……ナカ、こすこすってしてぇ」
「だめ。ちゃんとスマホで時間計ってるから、あと三十分頑張って」
「あん、やだやだぁ〜! どんどんっ、て強くされたい。めちゃくちゃに抱いてほしいよぉ……」

 理性が飛んだ勇人が、いやいやと首を振ってえっちなおねだりをする。薫はぐっと我慢した。五日間のオナニー禁止。それからのこの生殺し。なんだろう、ポリネシアンセックスって。でも、入れてるだけなのに気持ち良かった。温かい身体を抱きしめる。まるで愛情たっぷりの恋人同士みたいだった。

 ポリネシアンセックス、それは身体を繋ぐ以上に心を繋ぐ「究極のセックス」とも呼ばれる。相手と体だけでなく心も一体になることで、未知の快感と精神が交わり合った充足感を得ることができる。
 さすがにそこまではインターネット辞書のページには書いてなかったから、二人はそれを知らない。でも、身体はちゃんと知っていた。お互いになじみ合っていて、とろけるように甘い快楽が生まれる。
 ただ入れてるだけなのに、満たされる。キスをしたり、乳首をいじったり、首元にキスマークをつける。いつもよりずっと濃密な愛撫。
 いつしか服が邪魔に思えた。素肌で触れ合いたい気持ちになって、せっかくのコスプレなのに薫は脱がせてしまっていた。二人で生まれたままの姿になって、ただただ求めあう。

「あ、三十分たったぁ……」
「激しくしたらだめみたいだから、ゆっくり動くね」
「……うん」

 本当は勇人は激しくしてほしかった。後ろからがっしり腰をつかんで、叩きつけてほしい。ゆっくりと性器が体内から抜かれていく。粘膜が絡みつく。

「あ、あ、あああああっ……!」

 それは今までに味わった事のない感覚だった。別に激しくされているわけではなく、一度抜かれてまた入れられているだけ。それなのに勇人の頭の中が真っ白になる。ずっと射精している時のオーガズムが続いているようだった。
 でも、それ以上に幸せだった。何だかとてもふわふわして嬉しくなって、初めての気持ちでいっぱいになる。薫をちらりと見た。珍しく頬が真っ赤になっていて、気持ちよさそうだった。それを見ると、何だかものすごく幸せな気持ちになった。
 俺で気持ちよくなってる。照れくさくて、でも嬉しくて、ただひたすらに温かなもので心の中いっぱいが満たされる。

 一方で薫は未知の快楽に戸惑っていた。快感がさざ波のようにして寄せては返しでやってくる。ずっと続く。まるで女性のイキ方だ。
 今までタチばっかりだったのでネコはあまり経験がない。でもその時もこんな感覚はなかった。ただ、圧倒的な多幸感。脳の中の頭頂葉楔前部が、焼ききれそうな程に幸せの香りを放つ。
 溶けかけのアイスみたいにとろけた顔の勇人を見る。ゆっくり奥をぐりぐりとつつくと、きゅ、きゅ、と襞が絡みついてくる。口からはよだれと喘ぎ声。嬉しそうな顔、でも光の加減で今にも泣きだしそうに見える。

 ……思わず、自分の気持ちを伝えそうになった。だから、言葉が口から出そうになるたびに、キスをした。ちゅ、と唇に触れると勇人が下からギュッと抱きついてくる。首に手を回して、腰にがっしり足を絡めて。それだけのことが本当に嬉しい。
 幸せに包まれているうちに、何かを間違えそうになってしまう。

「あっ、あ、もうでる……出していい?」
「うんっ、うん、出してぇ……いっぱい出してっ、おれできもちよくなって……」

 我慢できなかった。五日ぶりに勢いよく出して、最後の一滴まで、奥にゆっくりこすりつけた。何度も、何度も。一番奥に塗りつけるたびに、勇人が身体を震わせてイッていた。

「はぁっ、はぁ……ん、すき……だいすき……」
「…………奥、好きなんだ。気持ちいいね」

 耳元で囁いた。勇人が女の子だったら一発で孕むくらいの濃厚な精液を、丹念にマーキングする。今だけ、全部、ボクのもの。でも、明日はどうなっているか分からない関係。
 ずるりと性器を抜いた。きゅっきゅっ、と吸いついて離さない襞。女の子みたいな縦割れの形をした穴から、精液があふれ出てくる。あとからあとから。布団は精液と汗とローションでべたべたになっていた。拭きとって、大きなタオルを敷いた。
 ちらりと時計を見ると、なんと朝の八時になっていた。ずっと一晩中、ゆっくりとセックスをしていたのだ。時間にも朝の光にも気づかずに、夢中で。貪るように。
 布団に横たわる勇人はさすがにぐったりとしていて、今にも眠ってしまいそう。薫は、汚れたままの身体を拭いてあげる。たくさんのキスマーク、乳首まわりの跡……幸せの残り香だった。
 もう一度キスをした。勇人は眠そうなのに抱きついてきた。強く。そのまま寝転がりながらずっとキスをした。何回も、何回も。
 ふと、唇が離れる。目を開けた勇人は、何か言いたげな顔をしていた。もごもごと口ごもりながら小さな声で言った。


「あの……良かったらさ、これからもずっとここに…………」


 最後まで言い終わる前に、薫のスマホの着信音が鳴り響いた。勇人がのぞきこむと、画面には「不動産屋さん」という文字。薫が電話に出る。

『花澤さまでしょうか? 私、不動産会社の……ええ、はい、水漏れの件でお話が…………工事が終わりまして、明日から通常通り使用可能です。汚れた品物も全て保険で弁償いたしますので……』

 ところどころそんな話が聞こえてきた。薫が相槌を打って、電話を切った。

「ごめん、話の途中なのに……もう一回いいかな」
「…………ううん、何でもない」

 ごまかした。勇人の心臓が嫌な跳ね方をする。今、何を言おうとしたんだろう。
 これからもずっとここに。その先に続く言葉が勇人の脳内でリフレインする。できるわけ、ない。薫はただ住居トラブルで困ってうちに来た……それだけ。
 幸せの色をした絵の具に垂らされた一滴の黒。それがマーブル状に広がっていつしか心の中が塗りつぶされてしまいそう。

「じゃあ、ずっとお世話になったし、片付けたり洗濯して早めに帰るね……」
「うん……」

 まるで何もなかったみたいに、すっと薫は離れてしまった。立ち上がって、タオルや脱いだ服を集めて部屋を出てしまう。ぱたん、と閉まるドア。勇人は慌ててそのあたりから服を出して着た。下着に性器から溢れた先走りの汁がついて、布と性器がくっついた。慌てて剥がす。引っ張られて、少しだけ痛かった。
 それだけのことが、無性に悲しい。

 しばらくぼうっとして……ようやく落ち着いたのでリビングに入った。
 薫が洗濯機を回してくれていて、洗い物をしていた。勇人はそれを見ていた。洗い物をしながら薫がふと振り返って……勇人の方を見て、少し驚いた顔をする。

「大丈夫? まだ身体辛いだろうし、ゆっくり寝てて。洗濯物、干しておくから」
「でも……」
「いいよ、休んでて」

 優しかった。何だかお母さんみたいだな、と勇人は思った。我慢できなくて、お皿を洗う薫に抱きついた。びく、と震えた。
 勇人は背中にほっぺをこすりつけて、ぎゅ、としがみついた。薫は濡れた手を拭いて、一度身体を離して前から抱きしめた。

「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
「うん」

 冗談で聞いてみたら、いつもはツンとしている勇人が小さな声で答えた。頭を撫でる。しばらく、ずっとそうしていた。

「ごはん、ちゃんと食べないとだめだよ」
「……うん」
「調理器具ちゃんとあるよね。料理、するの?」
「料理するの好きだよ……でも、一人だと作っても張り合いがないからやめた」
「そう」

「ねえ、好きな料理、なに?」

 唐突に聞かれた。薫は少しだけ考え込んで答えた。

「筑前煮とハンバーグかな……何で?」

 勇人の温かな身体を抱きしめる。勇人の方が身長が十センチほど高い。なのに、ひどく小さく見えた。迷子になった子どもみたいだった。


「あんたが食べに来てくれるなら、ちゃんと作って食べる」


 それは遠回しな「またきてね」のお誘いだった。いきなりそんな可愛い事を言われて、薫は落ち着かなくなってしまう。肩に乗った勇人の頭。真っ赤に染まった耳に小さくお返事をした。

「楽しみにしてる」




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