四日目の朝。薫が台所でコーヒーを入れていると、勇人が起きてきた。もじもじとしながら、じっと薫の方を見て……でも目があったらプイと顔をそらしてしまった。

「おはよう。どうしたの?」
「……何でもない」

 頬がほんのり赤かった。オーバーサイズのトップスで指先を隠して、心なしか乱暴に冷蔵庫を開けた。普段はビールと調味料しか入ってないのに、薫が色々作ってくれるから卵に牛乳、ちょっとしたお惣菜が入っていた。
 住宅トラブルで薫が部屋を借りて、一週間ほど。まだ一週間なのに、ずっと前から一緒に住んでいるみたいだった。何となく、冷蔵庫を開ける回数が増えていた。特に何かを食べるというわけでもないのに。ふと見ると、一番上の棚に二つプリンが置いてあった。

「プリン、好きなの?」
「うん。たまに食べたくなるんだよね。キミも好きかなと思って買ってきた」
「…………そう」

 勇人は冷蔵庫を閉めて、換気扇の下で朝の一服。ふう、と煙を吐いて灰皿に煙草をねじこむと、コーヒーを飲み終わった薫がシンクにマグカップを置きに来た。近くを通る。びく、と勇人の身体が震えた。
 薫はピンと来た。カップを置いて、そっと勇人の腰を撫でる。

「こういうこと、されたいの?」
「ちっ、違う……そんなのじゃない」
「じゃあやめようかな」
「えっ……あ、えっと……」

 途端にもごもごと口ごもる。何て分かりやすいんだろう。でも、全然素直じゃない。相変わらずツンとしていて「何でもありませんよ」という顔で煙草の灰の始末をする。
 いたずら心が湧いた。後ろから抱きついてみた。

「な、なに」
「別に? なんとなく」
「…………」

 何するんだよー! などと言いながら引きはがされるのかと思っていた。でも、勇人は何も言わなかった。うつむいて、ぎゅっとシンクのふちを握っていた。だんだんと頬が、耳が赤くなっていく。聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。


「……エッチなこと、したい」


 ぐらつく。薫の理性はもはや崩壊寸前。しかし、心の中の天使と悪魔が葛藤を始める。
『いいじゃん、ヤッちゃいなよ』
『ダメだよ、四日目だから明日が挿入する日だ。我慢して我慢して、理性が飛んだ勇人を一日中メチャクチャにするのが楽しいんじゃないかな?』
『それもそうだね!』
 ろくでもない和解である。何とかぐっとこらえることに成功した。さわ、と大きめのトップスの上から、胸元を触った。ぐり、と乳首をいじる。

「あっ、ああっ!」
「……勇人は乳首大好きだから、ここ触ったらすぐイッちゃうんだよね……だから、今まで絶対に触らなかったけど……最終日だからいっぱい触ってあげるね」
「やぁっ、あっ! あっ、あ、や、そこばっかりやだぁ……!」

 後ろからしっかり抱きしめられて、乳首をひたすらこすられる。ぐに、ぐに、と左右に倒されて、勇人の身体の奥がじんじんと疼く。貞操帯で抑えられて、何もできない性器が行き場のない熱を持て余す。
 一時間近く、ずっと乳首だけをいじられ続けた。勇人はもう息もたえだえ。何度も何度もお願いした。

「あんっ、あっ、あっ、おねがい……! ハメてぇ、ちんぽほしいっ……!」
「……だめだよ。絶対に夜になるまで入れない」
「やだ、やだやだ! ナカ、ぐちゅぐちゅにしてほしい、ちんぽっ、ちんぽ……!」

 シンクに身を預けながら、頬を真っ赤に染めて口からだらだらとよだれを垂らしてお願いするも全然聞いてくれない。身動きを封じられたまま、乳首だけを激しくしごかれ続けて……勇人は何回もイッていた。
 性器を金属で縛られているから、とろりと先走りの汁しか流れない。ナカは触ってもらえない。それなのに、乳首だけで女の子みたいにイク。勇人は顔を真っ赤にして、いやいやと首を振った。精液が出ないからクールダウンもしない。乳首だけで、何十回もイッてしまって……ただただ恥ずかしかった。
 お尻を薫の性器に押し付けて、くいっ、くいっ、と動かす。だんだん膝がガクガクしてきて立っているのもつらくなってきたからその場で座り込むと、やっと解放された。キッチンの床に座って薫を見上げる。
 家着のスウェットの前を大きく膨らませる性器。勇人は犬みたいに鼻をくっつけて、布ごしにふんふんと嗅いだ。下着にさえぎられて、匂いは特にしなかった。そっと柔らかな生地にほおずりをする。形がはっきりと分かる。もうがちがちに張っていて、苦しそう。
 ちらりと見上げる。目が合った。薫は、困った顔をしていた。

「……だめ」

 髪の毛を優しく撫でられて、でも、何もしてもらえなかった。勇人の体内でぐるぐると渦巻く身体の熱。胸がどうしようもなく苦しくなった。キッチンの時計を見たら、まだ十一時にもなっていない。夜がこんなに待ち遠しかったのは、初めてだった。
 こく、とうなずいて立ち上がった。ふらつきながら、勇人は部屋に戻った。ドアを閉めて、そのまま床に座り込む。焦らされるのは、苦しい。薫の困った顔を見るのは、もっと苦しい。困らせたいわけじゃないのに。
 少しだけ散らかった部屋。ふと、ベッドの所に二日目に届いた宅配の箱が見えた。洗面所の棚から持ってきてベッドの下に隠したのだ。
 夜、これを使ってみようと思った。あれこれ確認をしていると、ドアがノックされる。慌ててその辺の服の下に箱を隠した。

「ごめん。急に会社から連絡が入ったから出かける……夜までには帰ってくるね」

 ドアが少しだけ開いて、薫が寂しそうに笑った。まって、勇人はそう言いそうになった。でも待ってもらったとして……どうすればいいのか分からなかった。もごもごと口ごもって、やっと言えたのは、挨拶の言葉だった。

「……いってらっしゃい」
「いってきます」

 ぱたん、と玄関のドアが閉まる音がした。
 普通に挨拶をしただけなのに、何かを勘違いしそうだった。ずっと前からこんな風に一緒に住んでいるみたい。男同士で一緒に住んでるっていう事は…………。

 そんなわけ、ない。

 勇人は首を振って、キッチンに向かった。無性に煙草が吸いたかった。ただ、ぼんやりとぷかぷかと煙草をふかして、のんびりとしたかった。火をつける。大きく息を吸うと、バニラの甘い香りが肺いっぱいに広がる。ふうと吐き出した。換気扇に煙が吸い込まれて、消えていった。



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