引田ロング様の作品「俺があんたに負けるわけがない!」の二次創作です。本編はこちら、設定などはこちらです。
乳首責め・メスイキ・オナホールの描写・汚喘ぎ・女性器名・タトゥーを入れるときの痛みの描写(流血なし)などがあります。



 ビルとビルの谷間に小さく切り取られた夜空が輝いていた。オレンジ色の丸い輪の形の光を浮かばせる、車のヘッドライト。よどんだ空に煌々と光るネオン。
 人でにぎわう繁華街の一角の店、ホストクラブ「JACK」。仄明るいライトに照らされた店内としっとりとしたBGMが流れる落ち着いた店だ。
 一人の女性が入り口のドアを静かに開けて入店した。慣れた風にボーイに声をかけて、お気に入りのホストを指名。中央のシャンパンタワーがよく見える席に案内されて、ドリンクを頼む。

「カナちゃん、来てくれてありがと」
「ユウくん、ひさしぶりー」

 ワイン色の長めの髪の毛に照明が当たって光る。整った顔立ち、すらりとした長身の穏やかそうな男性。彼はにっこりと笑って、女性……カナの隣に座る。源氏名はユウ、本名は秋月勇人(あきづきはやと)という。

「なかなか来られなくてごめんね! ほんとはもっと入りたかった……!」
「お仕事大変だからね〜」

 カナは大手商社でバリバリと働いているさっぱりとした女性で、勇人の太客……大金を使ったり、月に何度も来店してくれたり、他のお客さんを連れてきてくれるありがたい存在であった。勇人には数名そういう太客がついていて、現在ナンバーを取れているのもそうした人たちがいるからといっても過言ではない。
 ホストの営業方法には色々とあるが、勇人は友達のように接する「友営」をやっている。高級なボトルなどの高額な注文には繋がりにくい。メリットとしては、恋愛トラブルが少なく長続きする。通常はあまり稼げない方法だったが、運よくそのうちの何人かが太客になってくれて現在に至る。行き当たりばったりだ。
 色々な話をして、お酒を飲んだ。ふと、カナがぽつりと言った。

「ユウくん。私、東北に転勤するんだ。だから、もう来られなくなっちゃう……」

 寂しそうな声だった。カナは勇人が入店して間もない頃からの長い付き合いだ。個人的に店外で会ったり、アフターとして同伴してその後夜を共にする事もしばしば。急な話に勇人は驚いた。
 太客の引退。全力で引き留める所だが、勇人は乗り気ではない。いつもならここで色営と呼ばれる……お客様と恋人同士のように振る舞うような営業方法に切り替える。

「……そっか。転勤なら仕方がないよね。でも、近くに来たらいつでも連絡してね」 

 人の好意をコントロールして売り上げを出すのが、ホストの仕事。一応、分かってはいる。しかし、転勤ということは物理的に通えない。色営などで引き留めても仕方がないのではないか。そもそも勇人はホストという仕事に対するやる気もそんなにない。へらりと軽く微笑んだ。
 カナは少しうつむいて、ぽつりと呟いた。


「……ユウくんは本当にやる気ないなぁ。たぶん、面倒だなって思ってるんだ。転勤だから仕方がないけど、もっと引き留めてよ……まぁいいや。今まで楽しかったよ、ありがと」
 


「…………っていう事があってさぁ…………」

 夜の洋風居酒屋。アットホームなダイニングバーのカウンターだ。勇人はぐいっと日本酒を飲んで、連れの男性にその話をした。
 勇人の連れは女性と見紛う綺麗な顔に、顎まである柔らかなミルクティーベージュ色の髪の毛が特徴的。なよやかで温和で、でも意外としたたかな男性。名前は花澤薫。
 二人は、たまに遊びに行ったり飲みに行ったり……セックスをする関係だ。
 それは三日前。急に勇人から会いたいというメッセージが来たので、SNSで人気の店にやってきた。薫は生ハムのブルスケッタとハイボールを口に運びながら、勇人の話に相槌を打つ。

「転勤なら仕方がないけど、寂しいよね」
「うん……カナちゃんはね、一番最初に俺を指名してくれたお客さんだったんだ」

 勇人は飲みながら、しょんぼりと言う。ペースが薫よりもずっと早い上に、日本酒とは相性があまり良くないようで、べろべろに酔っている。そっと薫の肩に勇人の頭が乗せられる。ふわりとシャンプーと香水とタバコが混じった香りがした。

「俺、けっこうクズだけどカナちゃんはそこがいいって言ってずっと指名してくれた……俺にとっては第二のお姉ちゃんみたいな人だったから、さびしいよー」

 いつになく素直だった。お酒で真っ赤になった頬、しょんぼりとした顔。ワイン色の髪の毛が空調の風で揺れる。甘えるようにこすりつけられた頭を、薫は撫でようとして……でも、やめた。
 可愛いなと思った。でも……自分以外の誰かの事を話しながら、悲しそうにしている勇人を見ていると、何だかもやもやとしたからだ。

「終わる時って、あっさりしてる。連絡先を消したり消されたりしたら、それっきり……」

 勇人は頭を乗せながら器用にグラスを口に運ぶ。ふと、薫のことを思い浮かべた。今、肩を借りているこの人も、いつかデータ上の存在になって消えてしまうのだろうか?
 ちらりと見上げた。女性的でありながらもしっかりと男性と分かるような綺麗な顔。ミルクティー色の柔らかな髪の毛。
 ここがダイニングバーではなかったらそっとその柔らかな頬にキスをしたいような、そんな気持ちだった。それはきっと、お酒のせい。勇人は体勢を戻す。椅子に座りなおして、追加のお酒を注文した。
 店員に注文を告げて、グラスの中身を一気に飲み干す。と、今度は勇人の肩に薫の頭が乗せられた。勇人は薫の顔を見て、胸が高鳴る。女性的な顔に雄々しい笑みが浮かんでいた。

「おかえし」

 薫はそれだけ言って、そっと勇人の腰を撫でた。するりと冷たい手が優しくシャツをなぞる。ぞくぞくとした。官能的だが、おそらくそれが薫流の甘え方なのだろう。分かってはいるものの、勇人の心臓はうるさく、やましく、早く鳴る。
 アヒージョ・サイコロステーキ・オムライス、評判の料理の味がぼやけて分からない勇人と、ほどよく酔いながらもおいしくいただく薫。色々な話をしながら、二人の夜が更けていく。


 それからお会計を済ませて、他のお店に行く事になった。が、勇人の足はすでにぐらぐらと揺れており、今にも倒れそう。日本酒、ワイン、ビール。少しずつお酒をちゃんぽん飲みしたせいか酒量を見誤り、酔いがいつもよりずっと早く回っている。このままでは色々な意味でとても危ない。薫は勇人を家に送って行く事にした。
 肩を貸しながら、玄関のドアを開ける。勇人の身体を靴を脱ぐ三和土(たたき)の所に押し入れて、薫も一緒に玄関の中に入った。ドアを閉めて鍵をかける。勇人はその背をじっと見ながら思った。
 次はいつ会えるんだろう。そもそも俺たちの関係は、セフレなのか何なのかよく分からないものだ。これが、最後だったらどうしよう。もし、このまま連絡が取れなくなったら。

 指一本で連絡先は消せる。ちょっとスマホをタップするだけで、今までの事が何もなかったことになるんだろうか?
 話したこと、笑いあったこと、ご飯を食べたり遊びに行ったこと。それが全部、初めから存在しなかったみたいになるの?

 勇人はとっさに薫の服の裾をつかんでいた。そのまま立ち上がって抱きしめる。後ろを向いているから、薫がどんな顔をしているのか勇人からは分からない。
 でも、びく、と驚いたように身体が震えたこと。それが少しだけ悲しかった。無性に人恋しいのも、寂しいのも……きっと、お酒のせいだ。勇人はそう決めつけた。


「帰らないで」


 少し散らかった玄関に小さな声が響いた。足がもつれて体勢が崩れた勇人の腕が、ゆるんだ。薫は振り返って勇人の顔を見る。



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