遡河魚生け捕り生食計画
▼第四話 



 謂わばピロートークと言われるものの最中だった。疲れ果てて枕を抱きながらベッドに突っ伏すディートリヒは、くぐもった声を上げ、隣で鼻歌でも歌いそうな程に機嫌の良いイェルンに問うた。

「おいイェルン、何回言えば、分かるんだ」
「ん?」
「毎回こんな、なるまでヤるなって、言ってる!」
「ええー?今更何言ってんの、ヤった回数なんてもう二桁はいくでしょ。それに、今日は気絶してないでしょー?」
「ッ……俺はーー」
「それも何度も聞いたし。あと、この前説明したみたいに、僕はすごーい人なの。敵なしなの。君一人抱えるのは大した事ではないの」
「でも……」
「クドいなぁもう。君も大概しつこいよね、あんたの元同僚?みたいだ。連中、未だ諦めきれないのかウロウロしてるし……早いとこディートリヒも話してくれないかなぁー?」
「…………」

 ようやくこんなに色んな表情を見せてくれるようになったのに、と、ディートリヒのすぐ隣でイェルンは思うのだ。最初はあれだけ自分を拒絶していた。恐れていた。だがそれが、日を追う毎に綻び出して、時折微かに笑みさえ浮かべてくれるようになったのだ。大分人間らしくなった。
 ただそれだけのことで、イェルンは嬉しくなる。イェルン本人でさえ、その感情には違和感を覚える程なのだが、それでも確かにイェルンは愉悦を感じている。

「思ったんだけどさ、アンタが一番恐れてるのって多分、関わっちゃった人が死ぬ事なんでしょ。だったら、僕程好条件の人間は居ないと思うよ。僕は殺しても死なないんだから安心しなよ、ずっとここに居れば良いよ」
「それは……比喩か何かか」

 きっと、ディートリヒはただ気になったから聞いただけなのだろうが、イェルンはその問いに対してはただ、笑みを深めるだけに留めて置いた。ディートリヒがそうであるように、イェルンにもまた、聞かれたく無い事は当たり前のように存在するのだ。でなければ、こんな森の奥深くで隠居などしてはいない。見たままが全てとは限らない。

 とは言え、ディートリヒの口から知るための質問が飛び出すようになったのは、イェルンにとっては素直に喜ぶべき事だった。ポツリポツリ、時折聞こえる溢れ出てしまったかのように呟かれる小さな声に、イェルンはどうしようもない歓喜を覚えるのだ。人を拒絶し続けてきたのであろうこの男が、イェルンを知るためにと恐る恐る自分の殻を破って問うてくるその姿が、どうしようもなくいじらしく思えるのだ。ディートリヒにそうさせているのは、紛れもなく自分。それがどうしてか、心地好い。その場で押し倒したくなる。
 イェルンは、今迄知らなかった。自分がここまで人に執着して離さなくなるような人間だったとはと。来るもの拒まず去るもの追わず、そういうドライな人間だと、本人はそう思っていた。だが蓋を開けてみれば、そう思いこんでいただけで、実際には捕まえたら離さない粘着質な人間だったのだ。驚くのと同時に不思議にも思う。何故ディートリヒだったのか。本人でさえ、本当の所理解は出来ていないが、ただ、彼が勝手にイェルンのもとへと落ちて来た事は間違いなかった。

「まぁその話はまた、ね?」
「…………」
「ってそんな事話してたらまたこんなになっちゃった」

 言いながら、イェルンはディートリヒの尻に股間を押し付けてニヤリと笑う。その時のディートリヒの顔と言ったら、イェルンにすれば最高なものであった。

「お、おま、あれだけヤッておいて……!」
「だって、ディートリヒが可愛い事言うから」
「……ッお前は頭がオカシイ!」
「知ってるぅー」

 そういう、油断したような顔を見る為ならば、イェルンはいくらでも頭のおかしい人間を演じられる。本当の所、イェルンが演じている部分はごく僅かで、ほとんどが自分そのままであったりするのだが。

「あ、ん、ううッーー!」
「ん、大丈夫大丈夫、ちゃんと君も勃ってるから、まだできるね、ヨシヨシ」

 ディートリヒは快楽にはよっぽど弱いのか、イェルンが手際良く濡れそぼったそこに突っ込んで少し揺すれば、たちまち気持ち良さそうに顔が蕩ける。イヤイヤと顔を横に振りつつも、その内自分からも腰を押し付けてくるようになるものだから、イェルンは益々止められなくなる。セックスがこんなに気持ちイイなんて知らなかった!とでも言われているようで、イェルンは堪らなくなる。

「ああーー、イイ……気持ちイイ。……あ、ねぇそうだ。この奥さ、ココ」

 イェルンは腰を更に強く押しつけて言う。聞かれたディートリヒはといえば、少々苦しそうに、しかし気持ちの良さを滲ませたような顔で、彼を見上げる事しかできなかった。

「更に奥、ここにイイとこあるの、知ってる?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべたイェルンに対して、ディートリヒは曖昧な意識の中で、その言葉の意味を理解し兼ねていた。セックスに対する知識は人並みにしかない。男同士、それも気持ちの良い所の更に奥なんて、ディートリヒにはそんな知識は無かった。不要だった。だからディートリヒは、その場でただ眉間に皺を寄せるだけ。元々顰めっ面で善がっていたのだから、その変化は微々たるものだったが、それでもイェルンにとっては十分過ぎる変化だった。

「ふっ、ふーん、そしたらそれは、僕が、ハジメテになると言う訳だ」

 そう言うイェルンの顔には満面の笑み。それを見て、ディートリヒはようやく怪訝に思う。同時に薄ら覚醒する。まさか今、ここでとんでもない事をやらかしてくれるつもりではあるまいか、そんな考えが微かにディートリヒの頭の片隅に湧いて出る。これは本気で逃げた方が良いのだろうか、そう思ってディートリヒが身構えた直後。

「んぐッ!?」

 イェルンによって、ディートリヒは腰を強く叩き付けられた。何度も何度も、先程までは無かった激しさを伴って。

「ちょーっと最初は苦しいかもしれないけど、大丈夫、そのうちなーんにも分かんなくなる程キモチくなれるからねぇ」
「ぐぅ、う、うあ、まッ、待てッ、ーーッ!」
「あ、そうだ、その前にちょっと、ぐちゃぐちゃになるまでイッた方がいいかな?中イキ、今日はまだだったよね?その方が、入りやすくなるし!」
「な、にが、どこに入っーーヒィッ!」

 そのまま前立腺を重点的に揉みくちゃに擦られて、ディートリヒは何度目かも分からぬ絶頂を迎える。そうして何度かイかされそのままとうとう、中イキをかましてしまったのだ。散々にイかされて、腹やら胸やらは精液だか先走りだかで濡れててらてらと光を帯びていたが、その時ばかりは緩く勃ち上がったペニスから精液が噴き出す事は無かった。与えられる快楽が強過ぎて、最早声も出せぬ程に、ディートリヒは感じ入っていた。何度も何度も震え、絶頂時の余韻が長く続く。

「ッーーーー!」
「うふふー、良く出来ました。中もとろっとろだねぇ」
「は……んッ、もう、イけな、ムリ……」
「気持ちいねぇ、……これなら、奥にも入れそうだ」

 絶え絶えで意識も虚ろなディートリヒとは違って、イェルンは相変わらずだった。中イキの前に一回達したきり、彼のペニスはこの先を期待して張り詰めているまま。中イキにも耐え、その先への期待にイェルンの顔が緩む。それはそれは、見たら孕むと形容されそうな程に、とてもイヤらしい表情だ。きっと、過去に誰も見た事が無いだろう、そんなようなものだった。

 それから程なくして、イェルンは侵攻を始める。ふわふわと蕩けきった中を、ゆっくりと微かに揺すりながらじわじわと割り裂くように奥へと腰を進める。奥の窄まりだけは少し、抵抗された。それでも何度か揺らしながらじわじわとゆっくり捩じ込むと。ぐぷんッと音がしたと錯覚する。そんな感覚で、イェルンは奥の窄まりに呑み込まれていった。

「んンンーーッ!あ、ああああッ!!」
「っふぅーー、少し、入った」

 ディートリヒはガクガクと身体を震わせ、目の前にあるイェルンの腕に必死に縋り付く事しか出来ない。ディートリヒは最早目の前の快楽の事しか考えられなかった。奥の窄まりで出し入れすると、それだけでディートリヒは甘イキする。いつまでたっても快楽の波が去らず、ディートリヒがイく度にナカが搾り上げられ、イェルンが思わず声を漏らす。

「は、ああッ、や、だ、ずっとイッーーんん!」
「あーー、んッ、……ああ、気持ちイイねぇ」
「ふぅーーッ、ん、ん」

 最早ディートリヒには、何を聞いても返事は返ってきそうになかった。理性も意識も何もかも残っておらず、感じられるのは快感だけ。イェルンに散々覚え込まされてしまった身体は、本人にさえ自由にできないようだった。

「あ"あー、ダメ、……もう僕もヨ過ぎて、我慢出来そうにない。だい、じょうぶ……ナカでしか、奥でしかイけなくなっちゃったら、今迄通り僕が、面倒見るからね」

 ディートリヒだけではない。色々とブッ飛んでしまったイェルンもまた、段々と快楽を追う事しか出来なくなってくる。互いに互いだけしか目に映らず、相手の小刻みに奥を揺さぶり、はしたないぐじゅぐじゅとした音が響く。

「ッーーひ、い」
「ああー、イ、く、イク、中に全部、出ちゃう、僕のーーんッ!!」
「ーーーーッ!!」

 奥に奥にと擦りつけるように何度も吐き出して、イェルンは心地好い余韻に浸る。彼が女ならば、とっとと孕ませて逃げられないように縛る事も出来たものを。それが出来ない事を少しだけ口惜しく思う反面、いかにすれば籠絡できるかを考え、それはそれで楽しみに思えてくる。イェルンはそんな物騒な事を考えながら、グイと身体を寄せて口付けた。
 未だ快楽の余韻の消えぬディートリヒは震えるばかりで、抵抗する事もなく大人しく口付けを受け入れるだけだった。焦点の定まらないような眼差しで何処か意識も覚束なく、自分が今何をしているかも理解していない様子だった。それでも舌は差し出してくるし、気持ち良い所に進んで擦り付けてくる。余程イェルンに慣らされているらしい。それが、イェルンの掌の上だとしても、ディートリヒは気付かない。
 基本的に学のない、そして考えることを禁じられていたディートリヒは、イェルンの思惑には気付かない。ただ、イェルンの下に留まる事が心地好くて温くて、何にも気付かずに騙し騙し居座っていたくなる、というのがディートリヒの本心ではあった。

 だから二人共、その時は騙し騙されながら浸っていたのだ。




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