遡河魚生け捕り生食計画
▼第五話 



「今日、外出ないでね」

 その日、イェルンはどうしてだかそんな事をディートリヒに向かって言った。いつものように、朝の食事の片付けを終わらせた後のダイニングで。
 いつもの調子でニッコリと笑いながらイェルンはそう言っていたけれど、ディートリヒにはすぐに分かった。彼の目が、微かに警戒の色を帯びていたのだ。
 恐れていた日が来てしまったのだと、ディートリヒは確信した。ここ数ヶ月ですっかり緩んできていた彼の表情が、強張る。

「だから言ったんだ……」

 少しばかり俯きながら、ディートリヒは言った。らしくもなく、両手を握り締めて震わす。

「ん?」
「とっとと放り出せと……こんな事になる位なら、俺一人がまた逃げ続ける方がーー」

 ディートリヒが言い終わる前、イェルンの手がその口を塞いだ。それでも尚顔を上げようとしないディートリヒに、イェルンはまるで子供に言い聞かせるように言う。声音だけ聞けば、それはとても優しいものだった。

「待った。……ディーートリヒ?何を勘違いしているか知らないけれど、僕はただ自分のモノに手を出されるのが嫌いなんだ。ーー相手を消し炭にされたくなければ、君も僕の言う事に従った方が身のためだよ?」

 その声音に似合わない内容が告げられて、ディートリヒは思わず顔を上げる。その言葉の真意を図り兼ねるがしかし、頭ではどうしても最悪のパターンばかり思い浮かべてしまう。今からでも遅くはない。自分がここを離れさえすれば良いのだと、そう思ってディートリヒは言うのだけれども。

「そんな、嘘、俺が誤魔化されると……」
「『口を閉じてその場を動くな』」
「!?」

 ディートリヒの言葉を遮りイェルンがそう言った途端、ディートリヒの身体が硬直する。声すらも出ない。何かの力ーー恐らく魔法の力によるそれで、自由を封じられている感覚だ。それは、ディートリヒが過去に一度だけ味わった事のある、抗いようのない圧倒的な力だった。

「分からないかなぁ?僕程の魔法使いが、こーんなド田舎の険しい山中の森の中に住んでる理由」

 ピクリとも動けないディートリヒの目前にゆっくりと顔を近付けて、イェルンは微笑みながら言う。少しも笑っていない目は、初めて会った時のようだった。

「何でも叶えてしまう程の力を持った魔法使いというのは、この世界には数人しか居ない。誰も彼も、人の世を壊してしまう事を恐れて僻地に居を構える。一人は魔界へ行った。一人は天界へ招かれた。そして、それ以外の者達は……常人の踏み入れない秘境の奥地に、各々の領域を持って暮らしている」

 イェルンの口から語られる話は、ディートリヒも微かに耳にした事のあるものだった。けれどもそれは町民なんかがする噂話のようなもので、真実の程は誰も知らないものだった。
 けれども、イェルンの口から語られるとそれがどうしてだか、ひどく真実味を帯びて聞こえた。

「僕はそれらの中でも一番若い、新入りさ。だからまだ、人間らしい感覚は持ってる。国の宮廷魔術師だった期間も中々に長いからね。だから、迷い人を保護してあげる位の感覚はある。ーー僕以外の連中は、どうだか知らないけれど。気に入った人間の目玉を観賞用に集めてる奴も居るしね……君が入ってしまったのが僕の領域で良かったね。僕は人間にもまだ優しい方だから」

 言いながら、ディートリヒの瞼に触れてくるイェルン。ディートリヒはその時、自分を真っ直ぐに見つめるイェルンのその目から、視線を逸らす事が出来なかった。

「……今、その魔法使いの気持ちがちょっと解ってしまうのが怖くもある。君の目の色、結構好みなんだよね……自分もソッチ側に近付いているんだなぁと思うと少し怖くもある」
「ッ」

 そんな事を呟きながら、イェルンは何と突然、ディートリヒの目玉に舌を這わせて来た。未だ魔法の影響下にあるディートリヒは逃げる事も出来ない。震えながら反射的に目を閉じるも、イェルンはディートリヒの頭を手で支えながら、その隙間から舌を捻じ込んでこようとする。その度に、ディートリヒは身体を反射的に震わせ、耐える。
 それからイェルンが満足するまでしばらく、ディートリヒは息を詰めて早く終われ、と願うしか出来なかった。イェルンがハッとしたような声を上げて口を離す頃には、ディートリヒの瞼はその唾液でべたべたになっていた。白味を帯びたまつ毛が、その唾液に濡れて濡れそぼっている。

「ああっ、ごめん、つい……、『もう動いてもいいし、声も出していいよ』」
「っぷは、何、ホント、お前……何してくれるんだ……!」

 ようやく魔法を解いてもらったディートリヒは、舐められた目をゴシゴシと拭きながら慌ててイェルンから距離をとる。ディートリヒの本業に似合いの、大層素早い動きだった。

「あっははは、ごめんごめん、可愛い事言うからつい」

 ディートリヒの様子がそんなに可笑しかったのか、イェルンがクスクスと笑いながら言う。先程の脅しのような雰囲気は、あっという間に霧散してしまっていた。
 そんな、真剣味に欠けるイェルンを見て、ディートリヒは顔を顰めて言った。それは心からの本心だった。

「本気で、ここで目玉を喰われるかと思ったぞ……」
「……実はほんのちょーっとだけそう思っちゃったけど」
「………………」
「ウソウソ、安心して、それだけは絶対にないよ、ホント。ーーッごめんって、信じてよ!僕にそんな趣味は無いって、大丈夫だから!」

 若干焦ったようなイェルンが、ディートリヒに必死で謝る様子がしばらくの間見られたが、そんな和やかな雰囲気はほんの一瞬の事だった。

「冗談は兎も角、今日は外には出さないから。外の結界を解析している連中がいる」
「それは……」
「外の方だけだから破られても一応は大丈夫。そもそも、僕を出し抜けやしないよ」
「…………」
「僕が信じられないかな?ま、別にいいよ。僕は僕のやりたいようにやるだけだから」

 そうイェルンが言い終わるが早いか、彼は油断しきったディートリヒの背後に回ると。背後からディートリヒを羽交締めにする。そのまま流れるように、イェルンはディートリヒの服の中に手を突っ込んだのだった。
 当然、ディートリヒからは素っ頓狂な、焦ったような声が漏れる。

「は……?おい、待て待て、ちょっ、おい、何をするつもりだ」
「え、何ってーーナニ?」
「今ーー?……ってお前、ほんっと馬鹿じゃないのか!?こんな時に!!」
「見られるかもしれない状況って何だか興奮しない?」
「ッーー!」

 背後から首筋を舐め上げられ、早急にペニスを直接刺激されれば、すっかり慣らされてしまったディートリヒは、あっという間に昂って身体も碌に動かなくなる。それにフフッと笑いながら、イェルンはさも愉しそうに愉悦の表情を浮かべるのだった。

「そうそう、君はもう僕のモノなんだから、僕の掌の上で踊り回されていればいいんだよ」
「はっ、ッーー」
「そもそも僕のモノになった君に手を出そうなんて輩、根刮ぎ殲滅してしまえば良いだけの話。組織がひとつやふたつ潰れても世界には何の影響もないよ」
「あぁぁッーー」

 大して慣らしもせず、ずっぽりと嵌められていくイェルンの昂りに震えてディートリヒは喘ぐ。こんな状況下だというのに、相変わらずな調子のイェルンに、ディートリヒが心の何処かで安心感を覚えてしまっているのは疑いようも無かった。

 自分を守るものも、自分を必要とするものも、この世には存在しないと思っていた。全て無くしてしまったと、ディートリヒは思っていたのだ。
 けれどもここに一人、自分を背負い込んで離そうとしない人間が一人いる。逃げたいと思ったのも、離れておきたいと思ったのも本心だ。けれどもこうして、梃子でも意志を曲げようとしないイェルンに引き摺られてしまう。もうこれで、イェルンに囚われたままで良いのでは無いかと、そう思ってしまいそうになる。依存してしまいそうになる。

「ああ……ホント、君が孕めちゃえば良いのにねぇ。何処へも逃げられないように」
「んんんーーッ!あ、あぁッ」
「流石に監禁まではしたくないし、手折っちゃうのも何だか勿体無いし。ーー魔界のに聞いてみようかな……あの人なら、その方法くらい編み出しちゃえそうなんだよねぇ」

 背後でかなり物騒な言葉を吐かれ、けれどもそれを理解する事が出来ない程に奥の奥まで責め立てられてディートリヒはただ喘ぐ。最早ナカでイく事も、奥に侵入されて責め立てられる事にも慣れ切ってしまったディートリヒは、恐らくイェルンから離れる事などもう出来ないのだろう。イェルンの傍は、居心地が良過ぎたのだ。
 自分の異常な行動を恐れる事もなく、過去に繋がる刺客からの毒牙に倒れる心配も、恐らく必要無い。自分よりも強大な力を持って、いとも簡単に自分をいなしてしまえる。これ程に自分に都合の良い人間がこの先現れるかどうか。
 そんな都合の良い人間からの手の内からは決して逃げられない。そう思うと、何故だかディートリヒはどこか仄暗いない愉悦を感じてしまうのだった。




「とある国の裏部隊に、人間離れした身体能力を持つ一族の末裔が充てがわれたという噂が、一時裏の世界を賑わせた。彼等はほとんど滅亡したとされる一族で、お目にかかれる事も滅多に無い。捕まえて引き入れれば幸運、上手く育て上げれば数多の戦闘を一人でやってしまえる程、強力な武器となる。けれど、そんな彼等にも苦手なものがある。永らく夜の世界にばかり姿を表していた所為で、日光に当たる事で動きが鈍るようになった。日の光で視野が狭まるとか。目が、夜間に順応してしまったんだろうね。昼間は戦闘に向かない。その所為で、彼等は夜にだけ活動し、余計に人前に姿を現さなくなった。そんな内の一人が、100年ぶりに人前に引き摺り出された。当時はまだ子供だったと聞いているけれど、たった一人で、昼間に、何人もの兵士が伸されたとか……結局、国に仕える裏の魔法使い達が総動員で生捕りにして、躾けて、裏の世界をも長らく支配したーー」

 ディートリヒがすっかり快楽に溺れ、震えながらイェルンの精液をナカで受け止めていた時だった。最早ディートリヒは碌に言葉も理解出来て居ないだろうに、それでもイェルンは独り言のように語っていた。

「そんなドグサレな国で内乱が起こって、裏部隊の一つが潰されようとしている。最も強力な戦力を持つ件の部隊が、その存在そのものを無かった事にされようとしている。それが存在したといつ証拠そのものを消そうと、実行部隊が根こそぎ始末されている。その中で一人、どうしても始末できない証拠が、国の何処かに潜伏しているーー……、全く、人間の国はどこも似たようなものだね」

 グッタリとしながらも時折震えるその身体をダイニングの椅子の上で背後から抱きとめながら、イェルンは熱い吐息と共に溜息を吐き出した。
 ディートリヒの過去を暴いてみせるのは、イェルンにしてみればそう難しく無い事ではあった。実際、ディートリヒを保護して怪我が完治する頃には、イェルンは大方その事実を把握していたのだ。けれども、イェルンは下手に刺激してディートリヒに此処を去って欲しくは無かったのだ。
 結果的にそれが大正解で、時折ディートリヒが何か話したそうにイェルンの顔をチラチラ見る様子が見られるようになったりしていたのだ。その度に、イェルンがどれほど興奮した事か。きっと、ディートリヒはその事実に気付いて居ない。
 と、そのような感じでイェルンはこの追いかけっこの顛末を知っている、という訳なのだが。イェルンがそんな敵の事が気に食わない、という事実には変わりない。
 本気で、イェルンは潰そうとしているのだ。
 例えそれで一国が滅びようとも、現在はどの国にも所属しないイェルンには知ったことでは無い。それ程までに、イェルンはディートリヒに肩入れしている。

 散々注いだ精液ごと、ディートリヒのナカを掻き回しながらイェルンは浸る。もし全部終わったら、きっとこの薄幸な頑固者は、自分だけに笑顔を見せて一生懸命イェルンの為だけに生きてくれる。それを想像しながら、性懲りも無くイェルンは昂らせるのだ。

「あ、あ……ッまだ、や、るーーッ」
「うん。今日はまだまだ、僕が満足するまで付き合ってよね」
「も、でなっ、ーーぃんんっ」
「出なくてもイけるよね?……ほら、僕のを無くなるまでぜーんぶあげるから、飲み込んでね」
「っ、ふかーーッ!」

 接触すらさせずに事を終わらせてしまおうというイェルンの思惑に気付く事なく、ディートリヒは執拗な責め苦にただ声を漏らすだけ。その日の行為は結局、ディートリヒが本当に気を失ってしまうまで続けられたのだった。


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