Violinist in Hyrule




その後、何事も無く、勇気の泉での祈祷は終わった。
何事も無くということは、姫巫女の力は目覚めなかったということであり、ゼルダは肩を落としての帰還となる。
彼女は長時間の祈祷に、極度の心労も加わり、城で二日ほど熱を出して寝込んでしまった。
私が第一の試練を克服したことで、英傑への期待はいくらか高まったが、王国全体の士気は、やはり少しばかり下がる。
そんな中で始まった、第二回対厄災政策及び戦略検討有識者会議は、当然ながら、あまり居心地が良いとは言い難い空気を孕んでいた。
会議に参加する人々の前で、ゼルダが祈祷の過程と結果を淡々と報告する。
イーガ団に襲撃された件になると、英傑達は僅かに体を前へと傾けたが、それ以外は概ね、発表者も聴衆も静かな報告であった。

「……これは、予知できなかった事なのじゃな」

重々しくハイラル国王が口を開き、私はゆっくりと頷く。

「はい。とても残念な事ですが」
「やはり歴史が歪んできておるのか」
「可能性は否定できません。姫様が勇気の泉へ出向く事自体、私の知り得る限り、百年後の文献には残っていませんでした。しかし、これは個人的な見解ですが、私の知る世界のゼルダ様もまた、勇気の泉での御祈祷は されたのではないかと」

今後、他の二つの泉にて、ゼルダが祈祷を行うという記憶は、ウツシエにも残る確かなものだ。
力の泉、知恵の泉へ行っておいて、勇気の泉に行かないことは無いだろう。
ましてやあの研究者気質なゼルダだ。何事においても、完璧に揃えようとしていたはず。

「もしかすると、勇者リンクが私の応援には行かず、カズリュー湖に留まっていた場合、イーガ団は襲うことを断念していた、もしくは目立った被害が出なかった為に重要視されず、後世に資料が残らなかった、という可能性もあるでしょう。とはいえ、それも推測の域を出ません。
私は、イーガ団の歴史を殆ど知らないのです。未来の世界でも イーガ団は健在でしたので、これから百年の間に、情報の統制や隠滅が謀られたかもしれません。百年後に残っているイーガ団関係の情報は、あまり信頼できないと思います」

何にせよ、どうしても。

「私の知る世界に、私はいないので。私の知識が力になるのは、姫巫女と勇者、四人の英傑、そして厄災ガノンに関係すること、それだけなのです」

それが本当に悔やまれて仕方ない。
私の授かった聖なる力が、本当に単なる未来予知であれば、どれほど良かっただろう。

「コホン。エエ、失礼、○○様。それでは、イーガ団と厄災ガノンが "無関係"、と仰っているようにも聞こえますが」

声を上げたのは、ハイラル大聖堂を取りまとめる大司教だった。
大聖堂の司教達は、身寄りのない女である私の事を、皆揃ってよく気にかけてくれた。
城下町で出会えば必ず声を掛け、一度は大聖堂の中で演奏させてもらった事もある。
それもこれも、私が、一応 正式に、女神ハイリアから遣わされたからだ。これを証明できる者は英傑しかいないのが難点。
彼らは "女神の遣いを信じることは神々を信じることと同義だ" と言って、第一回TKGで長々と苦言を呈した貴族らに、難色を示した派閥の一つである。
確かに、突如 異空から現れた新米英傑の私より、女神の信頼度の方が高いことは言うまでもないのだが、少し複雑な気持ちになった。現実は厳しい。

そして、いつも穏やかな笑みを湛えている大司教は、今、その眉間に皺を寄せていた。

「奴らは浅ましくも、この地を創りし古代の神々への信仰心を放棄し、厄災ガノンを崇拝する、悪しき心を持つならず者ですぞ。
間一髪、姫巫女様は事無きを得て、奴らも再び大人しくしておりますが、きっと暴れ出すに決まっています…」

何故だろう。先程から、終始 彼の言葉に聞き覚えがあるような気がするのは。
こういう宗教心故の対立は、あまり身近ではないはずだが、これはどうしたことか。

「女神の御声を聴く高い耳を持ちながら、あのような邪神を祀ること自体、罪深い愚行だというのに、そこかしこで盗みを働いている。何としてもアジトを炙り出し、一網打尽にすべきです」
「あ」

時オカのゲルド弾圧である。
部落差別がブレワイ百年前の世界から縁遠いだけに、すっかり忘れていた。
先程からの大司教の言葉は、時オカにおけるガノンドロフや、ゲルド族を揶揄する際の台詞を思わせる。
そう考えてみれば、この大司教、光の賢者に姿形がそっくりだ。いや、そんな事は今 重要でない。

注目すべきは、イーガ団が遠き過去のゲルドと同じ義賊であり、崇める神を邪神とされ、厄災諸共 成敗されようとしている、という点である。
時オカのゲルドには、現在のハイラルでも神話に残る、ナボールという賢者がいた。恐らくはそのお陰で、反乱を企てたガノンドロフの余波、一族郎党皆殺しにされる難を逃れたのだろう。
だが、イーガ団は。
善人とは口が裂けても言えないものの、完璧な悪にもなりきれない、バナナとコーガ様大好き盗賊の彼らの中に、誰か全員の慈悲を賜り足り得る存在がいたか。

しかし、これでイーガ団大虐殺でも起こそうものなら、いよいよシーカー族版ガノンドロフが誕生してもおかしくない。
そもそも彼らがハイラルに燻る火種となったのは、一万余年前のシーカー族迫害である。
厄災封印MVPをまさかの爪弾き。過ぎた技術を恐れる気持ちは分かるが、もう少しどうにかならなかったのか。
時オカにおけるゲルドもまた、ハイラル統一戦争での敗戦国として弾圧され、それが後々、ガノンドロフの怨念を生むきっかけにもなったのである。
ハイリア人、頼むから歴史を学んでくれ。

「○○様、どうかされましたか」
「……いえ。すみません、続けてください」

待てよ。歴史を学んだ上で、そうなったのかもしれない。
ハイラルの歴史と神々は、切っても切れない関係にある。
彼らの思考の根本に、 "ハイラルの女神を信じること" は、当然として存在するのではないだろうか。
神を信じるなら私を信じろ、という、一見かなりの暴論に思える文言でさえ、この地では一定の効力を持つのである。その思考の根本が異なる人間に対し、理解が及ばないのかもしれない。
例えば、イーガ団がハイラルを離反したことを、同じシーカー族でさえ非難するのは、ハイラルの神々に背いていることが大きいから、とか。

というかイーガ団、もし本当に一万年以上前のことを根に持ってるのだとしたら、冷静に考えて凄いことなのでは。
リアルな現実(大事なことなのでry)世界の一万年前なんて、紀元前十世紀、ようやく農耕が起こった頃合いだ。専門家はまだしも、世間一般の人々は、そこで起こったいざこざなんて知りもしない。
この為には何世代にも渡って、子供にハイラルへの怨嗟を言い聞かせ続け、壮大な伝言ゲームを きっちり完遂する必要がある。しかも一万年越しに。
ちなみに、日本最古の物語と言われる竹取物語は、約千年前に作られているので、イーガ団の信念はそれの十倍の長さを乗り越えている。
時の勇者の時代の話も、ほぼ神話扱いだというのに、そんな積年の怨み辛みが、ここまで原型を留めて辿り着くのだろうか。
――怨み?
ふと引っ掛かりを感じて、私は眉根を寄せた。
これに関して、最近 何処かで悩んだような。

そうこうしている内に会議は進む。
他に私に関することと言えば、これからいくつか魔物討伐の任務が課せられることが決まって、TKGは終了した。
皆が次々と退出していく中、私は一人 城の図書室へ駆け込む。
そして、イーガ団に関する資料を、片っ端から集めた。
こういう時にハイラル語が母国語でないのが祟る。私は出来る限りのスピードで、本を読み進めた。

「Yiga Clan…… betrayed Sheikah…… assassins and thieves…… symbol of the Sheikah flipped…… Calamity Ganon……」

ページを捲る音の合間に、私の呟きがこだまする。
しかし、あまりにも情報が少なかった。
団長がコーガであることすら、ほとんど資料に残っていない。
確かにフィローネからバナナを運ぶルートの街道で、行商人を襲う事が多いようだが、そこから、彼らがバナナに目がない事までは、流石に導かれていなかった。
彼らの使う武器や術については、いくつか戦法解説が出ているが、裏を返せばそれだけである。
とはいえ、ブレワイのムービーを全て飛ばし、一切何も考えず、無心で遊んでいたプレイヤーだとしても、ここに揃っている内容くらい把握しているだろう。何なら実際アジトに入った事がある分 詳しい。
これは、イーガ団側の工作か、それとも。

「えーっと…… 嬢ちゃん? 随分と難しい顔してるが、ちょっくら俺が話しかけても大丈夫か?」

私はハッとして顔を上げる。
机の向かい側で、こちらを覗き込んでいたダルケルが、心配そうに眉尻を下げていた。

「いや、そのだな。嬢ちゃんは黒ヒノックスを倒したって聞いたし、姫さんも祈祷お疲れさんってことで、手が空いてる奴は、集まってお茶でもしようって話になってよぉ」

ぽりぽり頭の後ろを掻いて、彼は言う。

「もし忙しかったら、無理にとは言わねぇんだが、煮詰まってんなら気分転換にもなるだろうし。嬢ちゃんも来るかい?」
「わ、ありがとう! 是非伺います!」

私が喜色満面に立ち上がると、そりゃあ良かった! とダルケルは破顔した。
彼曰く、私より先にリーバルへ声を掛けたのだが、冷たくあしらわれてしまったらしい。結局、彼と故郷での公務があるミファーは、茶会には不参加である。
そこでダルケルは、会議後の挨拶もそぞろに図書室へ消えていった私を見て、すわ私も反抗期かと、少し身構えていたようだった。

「あの、イーガ団襲撃についてだけどな」

頑丈な巨躯を誇る彼は、首を大きく捻って、小柄な私を見下ろす。

「嬢ちゃんが気に病む事はないぜ。被害は出ちまったが、最悪の事態は免れてる。無関係な俺の言える事じゃねえが、怪我しちまったのだって、そういう覚悟をちゃんと決めてる、ハイラルの兵士だからな。何なら本人に聞いちまえ」
「……うん。ゼルダ様と合流した時、療養テントに演奏しに行ったの。皆 ダルケルと同じように言ってくれた」
「そうだろー?」

あの日の慰問演奏は、罪滅ぼしも兼ねていた。
けれど兵士の人達は、私の謝罪の言葉より、黒ヒノックスと戦った話を求めたのである。
私は詩人先生から習った技を惜しみなく使い、臨場感ある言い回しを選んで、あの時の様子を面白おかしく語った。
そして最後に、"フロルの勇気" を弾くと、彼らはとても喜んでくれて、笑いながら言ったのだ。

「魔物やイーガ団に殺される覚悟は、とっくの昔に出来ております。この程度の怪我、今の演奏とヒノックス退治のお話だけで、十分お釣りが来ますとも。ですから貴女様方 英傑は、その時が来れば、我々の屍で城を築いてでも、厄災ガノンを封印し、我らの仇をうってください」

恐ろしい、と思った。
自らに課せられた、責任の重さを、改めて知ったのだ。

預けられている命の重さ。
救おうとしている気持ちの重さ。
懸けられている想いの重さ。
……変えようとしている、運命の重さ。

途中、お茶会の準備をお願いするため、ダルケルと共に食堂を訪れると、厨房で働く人々が顔を覗かせる。
前から仲の良かった彼らは、カカリコ村へ行った私の事を、ずっと気にかけてくれていたようで、宮廷詩人の新作も聴いたよと言われた時は赤面した。

「これはこれは英傑様。何のケーキがお望みで?」
「よーし、○○が選んで良いぞ」

ニカッと笑って、ダルケルが私の背を軽く叩く。あくまで彼の基準で "軽く" なのがミソだ。
私はつんのめりそうになりながら、フルーツタルトと答えた。
ハイラル城のフルーツタルトは、例のお忍びで出掛けたカフェのものより美味しい。それに、何よりゼルダの好物だから、料理人も腕によりをかけて作ってくれる。

「あ、そうだ。ずっと準備していたんですが、今朝、やっと質の良い魚を買い付けられたんでね。今夜はヒノックス退治記念の刺身ですよ」
「やった! 皆さん、いつもありがとうございます」
「ハハッ。その調子で、ガノンも倒しちゃってくださいな」

些細な冗談のように、料理長は言った。私は思わず唇を噛む。

「当然だ! ハイラルには、姫さんや相棒、嬢ちゃんだけじゃなくて、このダルケル様や、他の英傑だっているんだからな!」

ダルケルが胸を張ってそう答えると、皆は止めていた作業を再開しに、厨房の奥へ引っ込んだ。
それを見た私は、この世界における英傑としての責務の何たるかを、目眩がしそうなほど実感する。

私達は、このハイラルの人々の、心の支えであらねばならない。
例え姫巫女が永久に力に目覚めなくとも、私達さえいれば、厄災は恐るるに足らずと、前を向いて鼓舞し続けなければいけない。
それこそ、仲間の屍を利用してでも。





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