もう訂正する気にもなれず、そのまま話を進めてしまうことにしたわたしはシャロン嬢を促した。
彼女の話からすると‘十二から十六歳の綺麗な顔立ちの少年’ばかりが何週間にも渡って、毎日のように失踪しているとのこと。
誘拐されたにしろ、自らついて行ったにしろ、目撃情報がほとんどと言って良いくらい無いのだとか。
死体が出ていればまだしも欠片さえ発見されていないと言うのだから、不思議な話だ。
それなのに分かっているだけでも行方不明の少年は十数名に上る。
中には貴族の子どもも何人か混ざっているらしい。
そのお陰で事件として捜査するようになったのだから、ある意味では良かったのかもしれない。
これが一般人の子どもだけであったら事件は明るみに出る事無く終わっていた可能性だってある。
捜査している中でふとわたしの事を思い出したシャロン嬢は、巻き込まれていないか気になったので事件依頼も兼ねてアルマン家を訪問した。という訳だ。
「お気遣いありがとうございます。」
心配してもらえるというのは嬉しいことだ。
頭を下げて礼を述べると彼女は明るく笑って「セナは私(わたくし)のお気に入りですもの、当然だわ。」と返される。
横から伯爵の「勝手にお前のものにするな。」というぼやきが聞こえてきて噴出してしまった。
笑うわたしに伯爵は片方だけ眉を上げたが先ほどのことを思い出したのか、不貞腐れた様子で読みかけだった本の表紙を撫でている。
シャロン嬢はそんな伯爵に楽しげに笑みを零した。
「必要なら警察を使っても構わないわ。」
「ふむ…その時は声をかけよう。」
「お願いね。」
頷く伯爵を見て立ち上がるシャロン嬢。
もう帰ってしまうようだ。来てそんなに経っていないというのに…地位が高いと忙しい身分というのも大変だ。
先立って扉を開ければニコリと微笑まれる。
今回は狙われるかもしれないから気を付けるように、という旨の言葉を受け、シャロン嬢へもご自愛くださいと言えば嬉しそうに「そうするわ。」と頷いて帰って行った。
彼女がいなくなると居間はまた静まり返り、パチパチという暖炉の中の炎が爆ぜる小さな音だけが取り残された。
華の消えた居間は少し空気が冷えてしまったようにも感じる。
「……全く、あれは何時も唐突過ぎる。」
扉を閉めたわたしの後ろから溜め息混じりに伯爵が言った。
視線は既に本へ落ちているけれど読んではいないようだ。
文句のわりには言葉の端々に感じる友情のような、どこか嬉しそうな雰囲気に内心微笑みながら同意する。
「そうですね、ですがそれがシャロン嬢ですから。」
「らしいと言えばらしいが…お前同様あれも男に生まれれば良かったものを。」
そうすればリディングストン家の当主として跡も継げただろうに。
そう、聞こえた気がした。
男女差別のあるこの世界では女性が当主となることは出来ない。彼女が仕事をこなしているのも、弟のエンバーが十八になるまで――…つまり後一、二年もすれば彼女はお役御免で結婚しなくてはならないのだ。
貴族というのは血を絶やさぬために政略結婚などが多く、恋愛結婚の方が珍しい。
伯爵ほどとまではいかなくとも、シャロン嬢も女性ながらに博識で頭の切れる人物だ。
それだけに男として生まれることが出来なかったことがとても残念である。
何だかんだ言いつつも労わる響きを含んだ声音に、わたしは伯爵の横へ座る。
「このような言い方は慰めにしかなりませんが、人にはそれぞれ天命というものがございます。それ以上のものを欲するのは高望み…それぞれの身にはそれぞれ見合ったものしか持てません。桶の水をカップに注ぐのと同じように、いつかは身の破滅に繋がるだけでしょう。」
顔を上げた伯爵は暫しの間、ブルーグレーの瞳でわたしの顔を見て、それから逸らすように視線を宙に滑らせる。
身に覚えがあるらしく苦々しい面持ちをしていた。
「…耳が痛いな。」
しみじみと呟かれた言葉に自然と口角が緩む。
「そう思うのならば、伯爵は道を踏み外す事はありませんよ。」
高望みをしない人は己に見合った道を堅実に生きる。
悪い事を悪いと、善い事を善いと思える心がある限り、道を踏み外すことなどないのだ。
…わたしや伯爵のような職業柄は大きな悪事のために些細な悪事に手を染めることなど、何度だってあるが、それを全て仕方が無いと否定するようなことはしない。
己の行いは全て心に刻み込んでいる。
伯爵はきっと、それら全部を墓の中まで持っていくのだろう。
そう思うと彼の生き方も随分不器用なものだと思う。
わざわざツラく苦しい道を選ぶ彼が少しでも生きやすい世界になれば良いのに。
「と、言う訳で、わたしはまた読み書きの練習でもしようかと思います。」
羽ペンと羊皮紙を広げ直したわたしに、伯爵は声を上げて笑った。