男が真白とあたしを抱えてやって来たのはレンガ造りのちょっと古臭い建物だった。
息を乱した様子もなく、真白を地面へ下ろした男は開け放たれた建物の入口に入って行く。
真白もその後を追った。
階段を上がり二階へ行くと一番奥の扉を男は躊躇いなく開ける。
その傍若無人っぷりに唖然としていたあたしの耳に、男とは別の声が聞こえてきた。
「ヴェルノ、遅かったじゃない!迎えに行こうかと思ってたのよぉ?」
――――…え、オカマ?
傍若無人な男に負けず劣らず良い声なのに、中に居た男はオネエ口調だった。
それもサイドコーンロウのような髪型とサングラス、やや浅黒い肌はレゲエ風。
それなのにオネエ口調が妙に似合ってるその人はニッコリと笑う。
「お帰りなさい真白ちゃん。」
「ただいまなのです。」
真白を見て、その人は一度動きを止める。
そして歩み寄って来たかと思うと急に抱き着いてきた。
「やだぁ、真白ちゃんとっても可愛い!そのヌイグルミ、ヴェルノに買ってもらったの?」
「あ、いえ、ただのヌイグルミではないのです。この子は真雪ちゃんと言って、私の妹なのですよ。」
「妹?じゃあ真白ちゃんと同じで、動いたり話したりするのかしら!」
「もちろんです。」
やけに期待のこもった眼差しが向けられて、思わず固まってしまう。
なんて言うか。見た目は悪いお兄さんだけど、反応が可愛い物好きな女の子そのままで、どう返していいのか困る。
そうそうお目にかかれない美形に見つめられると余計に戸惑う。
声もなく見つめ合うような状態になっていたあたし達の状況に終止符を打ったのは、やはり傍若無人なあの男だった。
「時間が無ェ、遊ぶのは後にしろ。」
「遅れたのは貴方でしょ?まぁ良いわ、行きましょうか。」
荷物らしきトランクをオネエ口調の人が二つ持つ。
で、あの男は手ぶらだ。
絶対片方はあいつの荷物だろうに、手伝おうという気は微塵も感じられない。
真白が可愛いトートバッグみたいなのを肩にかける。
でも、それはすぐに横にいた男に取られてしまった。
自分のは持たない癖に真白の荷物は持つのか。よく分からないヤツ。
「行くぞ。」
「はいです。」
男はバックを肩にかけ、その腕を真白に伸ばす。
差し出された手に真白も自然と自分の手を重ねて握る。
上機嫌な姉と男を見上げて首を傾げた。
この二人、まさか――…?
悪い大人の色香を漂わせる美形男と、ほわほわボンヤリしたマイペースな姉の組み合わせは変だ
姉が騙されているとしか思えない。
浮かんだ可能性を、頭を振って追い払う。きっと気のせいに違いない。
建物から出ても繋がれた手は離れず、歩みも男の足の長さからしては大分ゆっくりだ。
時折他に意識を逸らして立ち止まりそうになる真白を促すように引っ張る力も軽い感じだった。
街中を通り過ぎた男は、真白ともう一人の男を引き連れてどこかへ向かう。
微かにしていた潮の香りが段々と強まり、やがて青い海が広がる港へ出た。
軒を連ねている船達は今まで見てきたものと違い全て木製で、多少大きさは異なるもののどれも豪華である。
その一つに男が向かう。
すると大きな船の縁に身を預けていた数人の男達が振り向いた。
「船長、副船長!」
「やっと来ましたか。」
「…、…?」
「大丈夫、彼女も一緒だ。」それぞれ種類の差はあれど、傍若無人な男とオネエ口調な男同様に美形揃いだ。
って船長、副船長って…?
口を開こうとした瞬間、傍若無人な男の手が無遠慮にあたしの首を掴み、また放り投げられる。
難無くキャッチしてくれたのはオネエ口調の人。
幅のある肩へ乗せ、ヌイグルミになってしまったあたしの手を自分の首へ導く。
「船に上がるから、しっかり掴まっていて頂戴ね?」
形の良い唇がニコリと弧を描く。
外見と口調が全く合わないけど、意外と良い人かも…?
一度前へ視線を戻せば騒ぐ姉をあの男は背負い、片手だけで器用に縄梯子を上がっていく。
確かに今の私では無理だろう。
「……お願いします。」
控えめに掴まるとサングラス越しの瞳が殊更細まった。
「気にしなくて良いのよ〜?可愛い子を甘やかすのは良い男の特権だもの。」
やけに色気のある笑みを浮かべて返された言葉に頬が引き攣る。
女っぽいかと思えば男らしかったり、掴み所のなさそうな人だ。
頭上から声がかかって、あたしを肩に乗せたままオネエ口調の男は縄梯子を軽々と上がった。
あっという間に船上に辿り着いた男は、あたしを肩から下ろして何故か両手で抱え直す。
「そういえば、まだ名乗ってなかったわねぇ。アタシはアイヴィー、この船の副船長よ。」
「…真雪です。」
「可愛い名前ね。よろしく真雪ちゃん。ちなみにあっちはヴェルノ、あれでも船長なのよ〜。」
あっち、と指差した先には、この船の船員だろう人達と話している傍若無人男。
あんな男が船長なんて世も末だ。
真白が軽い足音を立てて駆け寄ってくる。
「真雪ちゃん、お待たせしてごめんなさいなのです。お話は中でいいですか?」
「……うん。」
伸ばされた色白の手に、副船長さんが抱えていたあたしを真白に渡す。
そして真白はあたしをしっかり抱き副船長さんにお礼を言って、船内に続く扉を押し開けると薄暗い通路を歩いていった。
小さな迷路みたいな内部だったが迷う様子もなく歩いていることから、姉はそれなりに長くこの船に乗っているのだと分かる。
「真白は、なんでこの船に乗ってるの?」
コツコツと一つの足音しか聞こえない通路を進む姉に問い掛ける。
真っ直ぐ前を見ていた姉が歩きながら眉を下げた。
「私も、最初に目を覚ました時はヌイグルミだったのですよ。動いて喋る人形は珍しいと捕まえられて、売りに出されてしまったのです。」
「え…、」
「けれど幸運にもヴェルノさんが買い取ってくださったお陰で、私はこの船に乗せてもらうことになりました。」
もし他の方に買われていたらどうなっていたか分かりません。
何てことない風に言う姉にかける言葉が見付からなかった。
「楽しいことも、悲しいことも沢山ありました。でも、それと同じくらい私はこの船の方々に優しくしてもらっているのです。」
一つの扉の前で立ち止まった真白が、あたしを片手に抱え直してから扉を開けた。