この間の嵐から数日が経ちました。
海賊船というからには、毎日が弱肉強食の奪い合いなのではと思っていた私の予想とは裏腹に、穏やかな日々が続いているのです。
船員のみなさんは思い思いにゲームをしたり、体を鍛えたり、好きなことをされているご様子。
天気がいいからと甲板に椅子を出して――これは船員の方が運んでおりました――ゆったりと読書をされているヴェルノさんの前には私がいます。
意味もなくそこにいるのではありません。
「やだぁ、この色も似合う〜!」
アイヴィーさんに新しいお洋服の布地を当ててもらっているのです。
明るい色や暗い色、淡い色の様々な布を私に合わせては楽しそうにニコニコと笑って、どんな服にしようかと考えてくださるので私としても出来上がりが楽しみでとても嬉しいです。
そうこうしているうちに本を読み終えたヴェルノさんが大量の布と私を見比べて言いました。
「薄い色にしろよ。」
「濃い色はだめですか?」
「服だけ目立つぞ。お前白じゃねェか。」
なるほど、白に赤や黒では私自身の色が服に負けてしまうわけですね。
アイヴィーさんも淡い水色の布を持ちながら「そうねぇ。」と笑います。その布もとっても綺麗な色なのです。
寸法を測るからと必要な道具を取りに行ったアイヴィーさんを見送り、ヴェルノさんを見上げれば片眉を器用に上げてどうしたと聞かれました。
特に理由はないのです。
でもちょっとだけ恥かしかったので傍にある布の山に潜り込んでしまいました。そうすると外から楽しげな笑い声が聞こえてきます。
船長さんは私が何かするといつも笑いますね。
私はそんなに変なことばかりしているのでしょうか?
布の中でごそごそとしていると足音が近付いて来て、横辺りで止まりました。
「あら?真白ちゃん?」
どうやらアイヴィーさんだったようなのです。
「はい、ここです。」
布の中から何とか頭だけ出すとアイヴィーさんの顔が一気に笑顔になりました。
可愛い可愛いと、それこそ猫可愛がりするように頭を撫でられます。アイヴィーさんは船長さんとは逆に、いつも私を可愛いと褒めてくださいますね。
このヌイグルミの姿では当たり前でしょう。
私自身もとても可愛いヌイグルミだと思います。
布の山からアイヴィーさんは私を上手に引き抜くと、メジャーのようなものを手にして見下ろしてきました。
「お部屋で測った方が良いかしら?」
「?」
「服着たままだとしっかり測れないのよねぇ。」
そうですね、体のサイズを測るときは基本下着姿でやります。
ヌイグルミもどうやら同じ方法のようですが、私はここで測っていただいても全く問題ありません。
何せヌイグルミですから服を脱いだところでもふもふ、ふわふわの寸胴な体が出てくるだけなのです。
「構いませんよ。」と言えばそう?と少し考えたアイヴィーさんが、ちょっとだけ体をズラして甲板で遊んでいる船員の方々から見えないように壁になってくださいました。
ヴェルノさんとアイヴィーさんの傍にはあまり船員の方も近付かれないようなので、それで充分目隠しになります。
ワンピースを脱ごうともそもそしていましたら、頭上からとても視線を感じました。
見上げるとヴェルノさんが肘掛けに頬杖をつきながらニヤリとした笑みを浮べて私を見下ろしています。
「どうした?脱がねェのか?」
いくらヌイグルミの体でも中身は女の子なので、そんなに注視されるとやっぱり少しだけ恥かしいのですよ。
「ヴェルノ、女の子の着替え中は見ちゃダメよ?」
「俺のペットだ。別に構わねェだろ。」
「もう!そういう問題じゃないわ!」
アイヴィーさんが注意してくださいますが、船長さんはどこ吹く風。全く悪びれた様子もなく私を見ています。
とても気になりますが仕方ありません。
ヴェルノさんに背中を向けてワンピースを脱ぐとアイヴィーさんが綺麗に畳んでくれました。
ワンピースの下は自分でも気が付きませんでしたが丈の短いキャミソールのようなものと、かぼちゃパンツを着ていたようで、裸にならずに済みました。
かぼちゃパンツなんて生まれて初めてです。
しげしげと眺めていると「色気がねェな。」とヴェルノさんから呆れと笑いの含んだお言葉を頂戴します。
ヌイグルミに色気を求められてもそれは難しい注文なのですよ。
「ナイスバディな方が好みなのですか?」
「そうとは限らねェよ。俺を苛立たせねェ女が居りゃあ一番良い。」
「…ヴェルノさんは短気さんなのですか?」
初耳です。驚きの新事実です。
テキパキと私のサイズを測るアイヴィーさんが「そうよぉ、とーっても短気なんだから。」と溜め息混じりに言いました。
でも私はこの船に乗らせていただいてから一度も船長さんが怒る姿を拝見したことがありません。
むしろ大らかで心の広い方だと思っておりました。
ほとんど笑っている姿しか目にしていませんので。
そう私が告げましてもヴェルノさんには「お前は面白いからな。」とよく分からない返事を返されてしまいます。
仲良きことは美しきかな。
喧嘩しているより、怒るより、笑っている方が私も嬉しいですし、美形なヴェルノさんの笑顔は素敵なので、怒った姿も気になりますがやはり今のままが一番いいのかもしれません。
「はい、終わったわよぉ。」
メジャーらしきものを巻きながら服を着ちゃいましょうねとアイヴィーさんに促され、ヴェルノさんの痛いくらいの視線を背に感じつつワンピースを着込みます。
布一枚とは言いましても、やはりお洋服を着ると安心するのです。
いつ頃完成しますかと聞いてみれば早ければ明日にでも一着くらいは出来上がると聞いて嬉しくなりました。
汗を掻かない身とは言え、流石に何日も同じ服を着ているのは嫌なのです。
「お風呂にも入れたらいいのですが…、」
「風呂?」
「はい、ちょっと体が汚れてきてしまっているのです。」
「入れるのかしら?」
食事と同じで何事も試してみなければ分かりません。
聞くより慣れろ、考えるより行動に移せ、です。
船長室の隣にあります浴室をお借りしてもいいですか。そう聞くとヴェルノさんが呆れた顔で今から入るのかと言いました。
全は急げ。思い出したが吉日。意欲があるうちにやらなければ。
ヴェルノさんは少しだけ笑って好きにしろとおっしゃってくださいました。
船長室まで行ける?とアイヴィーさんい聞かれてちょっと悩みましたが、はいと答えておきます。
いつも抱っこされていますが、せっかくなので自分の足で行ってみたいのです。
意気揚々と船内へ乗り込む私にヴェルノさんの声がかかります。
「蹴られるなよ。」
そんな小さな気遣いが嬉しくて、私は大きな声で「はいっ」と返事をして開いている扉から薄暗い船の中へと足を踏み入れました。