薄暗い船内ではそこかしこの部屋から楽しげな笑い声が聞こえてきます。
船員のどなたかが船長さんはとっても怖いのだとおっしゃっておりましたが、こんな穏やかな船の船長さんが恐ろしいとは思えません。
とりあえず通路を歩く人の邪魔になってはと端の方を歩くことにしました。
大きな船ですので中はとても入り組んでいまして、若干迷ってしまいそうになります。
やはり抱えてもらっているとなかなか道を覚えることができませんね。
それでも何とか食堂まで辿り着きますと何やら楽しげな談笑が響いてきました。食堂をちょっと覗き込むと幹部の方々が一つのテーブルに集まって何かをしています。
…すごくすごく気になるのです。
お邪魔になってはいけないのでそっと近付いたはずだったのですが、流石みなさん海賊と言うだけあって後三メートルくらいの位置まで来た私を全員がパッと振り返りました。
あまりに息がピッタリに振り返るので私もビックリして足が止まってしまいます。
「あ!うさぎ!!」
一番歳下のセシル君が私を指差して声を上げます。
私はうさぎのヌイグルミではありますが、できれば名前で呼んでいただきたいのですよ。
そう思っていましたら右目にモノクルをかけたレイナーさんが「彼女には真白という名前があるんだよ。」と彼を窘めてくださいました。
どうしましょうか悩んでいると一番私に近い場所に座っていた黒髪のユージンさんに手招きされます。
無表情でしたので少々緊張しましたが近寄ると優しい手付きでテーブルの上に乗せてくれたのです。
スキンヘッドのディヴィさんが目線を合わせるように体を屈めて聞いてきました。
「一人か?」
落ち着いた声に頷けばレイナーさんが珍しいねと目を丸くします。
今まではアイヴィーさんかヴェルノさんがずっと傍にいましたから、無理もないのです。
「みなさんは何をしているのですか?」
よく見てみれば全員の手には小さなナイフが握られていまして、この光景だけを見ると空恐ろしいのですが。
セシルさんがニッと笑って「ジャグラーって言う海賊のゲームッスよ!」と私の前に木で出来たサイコロのようなものと、いくつも大きな板が入った袋を置きます。
サイコロは私が両手で持たなければいけないくらいの大きさで、みなさんの手の平に何とか納まるくらい大きかったのです。
一には髑髏が一つ、六には髑髏が六つ描かれたそれは私のよく知るサイコロとは真逆の黒一色で、髑髏だけがいやに白く塗られていました。
「まずこの賽を振って自分の数字を出すんス、それから板に書かれた自分の数字の所をナイフで刺すんス。中に入っていた硬貨と同じ硬貨を入っていた数と同じだけ手元に取ることができるんス。金貨や銀貨や銅貨は全部同じッスけど、黒と赤の硬貨は別ッス。」
金、銀、銅、黒、赤。五つの硬貨が目の前に置かれて、そのうち金銀銅だけセシル君が持っていってしまいます。
黒をレイナーさんが、残った赤をディヴィさんが取りました。
「黒は全員が持つ全ての硬貨を奪うことが出来るんだよ。」
「赤は逆に自分の硬貨を全て没収される。没収された硬貨は捨て硬貨になって、誰の物にもならない。」
「では運がよくなければ勝てないのですね。」
「その通り。海賊には力だけじゃなく、運も必要だからね。」
せっかくだからやらないかと誘われましたが、見てみたかったので丁重に遠慮させていただきました。
みなさんはそうかと笑って早速ゲームをやり始めます。
全員がサイコロを振って、セシルさんは二、レイナーさんは五、ユージンさんは一、ディヴィさんは三。全員でナイフを持つと一斉に板の自分の数字が書かれた場所を突き刺しました。
どごん。大きな音と衝撃がテーブルを少し揺らします。
ビックリして後ろに転がった私をユージンさんが慌てて受け止めてくださいました。
他のみなさんは可笑しそうに笑います。
「ありがとうございます。」
御礼を言うとユージンさんは首を緩く左右に振りました。
不思議に思っていましたらセシルさんが「ユージンは話せないんスよ。」と教えてくれました。ちょっとだけ申し訳なくて謝った私の頭をユージンさんは優しく撫でてくれます。
気にしなくて良いと言われた気がして少しホッとしました。
板を覗き込むとナイフを抜いたみなさんがそれぞれの数字部分の板を外します。
セシルさんは銅貨三枚、レイナーさんは金貨一枚、ユージンさんは銀貨四枚、ディヴィさんは銀貨二枚。今のところ一番はレイナーさんだそうです。
銅貨五枚で銀貨一枚、銀貨五枚で金貨一枚分に相当すると教えてくださいました。
これを五回繰り返して一番多額の硬貨を持っていた人が勝ちなのだそうです。
遊びも気になりますが、金貨や銀貨のキラキラとした輝きがとても魅力的なのです。金銀銅の硬貨はこちらのお金らしいのですが、本物で出来ているせいかズッシリと重く、とても綺麗です。
ジッと見つめていましたらレイナーさんが苦笑して「後で船長にお願いしてみたら?きっと貰えるよ。」と言いました。
後で必ずお願いすることにします。
まだ遊ぶ様子のみなさんに御礼を述べて、ユージンさんにテーブルから降ろしてもらった私は今度こそ船長室へと向かいます。
薄暗い通路を歩いていると何人かの船員の方々と擦れ違いましたが、みなさん私をみると少し驚いた顔をして、それから、
「どこ行くんだ?」
「暗いから気をつけろよ。」
と声をかけてくださいます。
それがとても嬉しくて返事を返せば数人の方が私の頭を撫でていかれました。
ヴェルノさんもそうですが、この船の方は頭を撫でるのがお好きなのですね。
優しい船員の方々の好意にほっこりした気持ちになりながら、私は暗い通路を船長室までゆっくり歩くことにしました。