目の前の床をポンポンと足で軽く蹴ってみましたが何かが動く気配はありません。
アイヴィーさんが「進みましょう」と言うので、私は歩き出します。後ろを付かず離れずで皆さんがいてくださるので怖さはないのです。
足音の数は六つ。私はヌイグルミだからか足音らしいものはしないのですよ。
けれど歩き出して十分もしないうちにまた後ろから、今度はガコンという音が響き、ぶわりと風が吹いてきました。
ビックリして振り返りますと真後ろに大きな穴がポッカリ開いております。覗き込んでみると穴から風が吹いていて、底にはありきたりながらも鋭い棘のようなものが並んでいました。
ヴェルノさん達は少し助走をつけて軽々と穴を飛び越えます。
全員がこちらに飛ぶと床が閉じて穴は消えてしまいました。下から仕掛けの音なのかキリキリキリキリという小さな音がしているのです。一体どんな造りなのでしょうか?
「ほら、歩いた方がいいよ。」
「…止まっていると俺達の踏んだ罠に巻き込まれる。」
レイナーさんとディヴィさんが言って、ユージンさんが私の背をそっと押します。
促されて歩き出してすぐに、あれ?っと思いました。
最初は先頭を歩きたいとお願いしたから行かせてくださっているのかと思いましたが、まさか私だけ先に歩くのはトラップに巻き込まれないためだったのですか?
思わず振り返るとヴェルノさんにまで「止まんな。」と怒られてしまいました。
「えへへっ。ありがとうございますなのです。」
「あ?何だ急に。」
「なんでもありません。言いたくなったので言うのです。ありがとーう!なのです。」
「訳分かんねェが、とりあえずさっさと歩け。後が詰まるだろうが。」
両腕を広げて感謝の気持ちを表してみましたが頭をベシベシ叩かれました。嫌な気持ちはないのです。むしろ何だか嬉しくなって笑ってしまいました。
誰かにとってもお話したい気分なのです!ヴェルノさんも、皆さんも、海賊ですがとっても優しい人達だって言いたいのです!…そう言える相手がいないのが残念でなりません。
後ろから聞こえる六つの足音が心強くて、六つあるのが素敵なことのように思えてわたしはルンルン気分で先に進みます。
またトラップがありました。上からギロチンみたいに大きな刃が落ちてきます。
ヴェルノさんは一歩下がり、アイヴィーさんは華麗にスライディングでそれを避け、大きな刃は一度地面にくっつくとゆっくろ上へ戻って天井の中に隠れてしまいました。「ビックリして服が汚れちゃったじゃないのぉ、全くイヤねぇ。」とアイヴィーさんが文句を言っておりました。
あれでビックリしたと言うのがわたしは驚きです。すごい反射神経なのですね。
他にも天井が開いて降ってきたナイフをレイナーさんが拳銃で撃ち落としたり、倒れてきた石像とディヴィさんが支えて止めたり。ユージンさんはセシル君を手助けするような感じなのです。
横並びに歩くヴェルノさんとアイヴィーさんはトラップを必要以上に受け止めないで大半は避けてしまいます。
私はそれを振り返って見学させていただいている状態なのでした。
こういう状況でこんなことを思うのは不謹慎ですが、皆さんカッコイイのです。
しかも楽しそうに避けたり受け止めたりされるところを見る限り絶対面白がっていらっしゃいますよね?セシル君はちょっと必死そうなのが可哀想ですが。
「皆さん、大丈夫ですか?」
左右から飛んできた石球を蹴り返したヴェルノさんが頭に巻いていた布を外しつつ、問題ないと言いたげに片手を振ります。乱れた布を面倒臭そうに直すと装飾がシャラリと涼しげな音を立てました。
障害物競走のような有り様だったのに息を切らしている方は誰もいらっしゃいません。
「平気よ。それより真白ちゃんは大丈夫だったかしら?汚れたり怪我したりしてない?」
「私は何もなかったので大丈夫なのです。」
「良かったわぁ。」
ニコニコ笑うアイヴィーさんに私も笑い返します。どうせ表情は分からないのですが、雰囲気で分かっていただけるでしょう。
それにしても、もう三十分から一時間近く歩いているのに廊下の先が見えないだなんて可笑しいのです。
ヌイグルミの体では疲れるという感覚がないので問題はありませんが同じ景色の廊下を延々歩き続けるのは気持ち的にぐったりするのですよ。
「まだこの廊下は続くのでしょうか…。」
「いや、もうすぐ終わりだ。」
「そうなのですか。」
ヴェルノさんは平然と返事をしてくださいましたが、やっぱりこのお城に来たことがあるのですね。しかもこの廊下も通ったことがあるのでしょう。色んなトラップがありましたが一度も驚いた様子がなかったのも、来たことがあるのなら頷けます。
言われた通り、それから更に十数分ほど歩くと入った時と同じような両開きの扉がありました。
皆さんはそれぞれの武器を構えて臨戦態勢になります。…なんでなのでしょう?
首を傾げてしまった私をセシル君が呆れた顔で見ます。
「この先には海軍のヤツらがいるんスよ?忘れたんスか?」
「あ!そうでした、打倒カルヴァートなのですよ!」
「何だそりゃ。」
大雑把に言えばそうだけど、真白ちゃんが言うと平和的に聞こえちゃうんだから不思議よねぇ。
アイヴィーさんの言葉に皆さんが頷きます。
「平和的、というのがどういうものなのかは分かりませんが、カルヴァートは捕まえて半日正座の刑に処すのです。」
「「「「「「………。」」」」」」
「あ、今そんな程度かって思いましたね?正座はツラいのですよ?痺れた足で立つのは、とーってもツラいのですよ!?」
「…くくっ、ある意味アイツのプライドが傷付きそうな刑だな。」
正座程度で傷付くプライドなんて海に捨ててしまえばよいのですよ!
私のせいでちょっとだけ緩んでしまったらしい空気をヴェルノさんが「ヘマすんじゃねェぞ、」と言って引き締め、ユージンさんとセシル君が扉を勢いよく押し開けました。