鈍い音を立てて開かれた扉の向こうは不思議な部屋でした。
全体体が水面から反射したような青色の光で包まれているのです。
数人の海軍さんの中にはジークさんもいらっしゃって、それからあのカルヴァートもいたのです!早く捕まえて正座の刑に処すのですよ!!
私達が来ることを分かっていたようで海軍さん達もカルヴァートも剣を片手に振り返ります。
久しぶりに見たエメラルドグリーンの瞳はヴェルノさんを睨み付けました。私でも分かるくらい、怒りや憎しみがありありと浮かんでいます。
「やはり来たか…!」
剣を構え、唸るように言うカルヴァートにヴェルノさんがフッと笑いました。
互いに武器を携えて距離を詰めていきます。
「お前もそれを見越して来たんだろ?」
「くだらん事を聞くな、下衆が。貴様を殺して禍根(かこん)を断つ!」
「ハッ、くだらねェのはテメェだっての!」
キィン!ヴェルノさんとカルヴァートの剣が交差するのです。
皆さんもそれぞれ海軍の方々と戦っています。…って、ユージンさんとジークさんまで敵対し合っているのですよ!何故かお二人とも楽しそうなのです。
石造りだからなのか剣がぶつかり合う音は部屋の中に反響して、どこか音の発信源なのか分からなくなるくらい激しい攻防が続きます。
ヴェルノさんとカルヴァートの戦いはなかなか決着が付かない様子なのです。
私は戦うこともないのでハラハラとそれを見守るしかできません。
部屋の隅から皆さんの様子を眺めていたら、突然体が浮き上がり、視線が高くなったのです!
「またトラップですか!」
「とらっぷ?」
「罠のことですよ…って、えっ?!」
振り返ればへらりと笑った見覚えのある方。私を抱え上げているのは言うまでもなく彼なのでしょう。
私の声にアイヴィーさん達もこちらへ顔を向け、皆さん一様に酷く驚いた顔をされておりました。
ただ二人、ヴェルノさんとカルヴァートだけは剣を交えたまま表情を変えません。
「久しぶり、ヴェルノ。元気だったか?」
初めて会った時と何一つ変わらない笑顔。ニコニコしていて穏やかなのに、何故でしょう?今は前にお会いした時と違いどこか怖いのです。
抱き締められている腕に力がこもっているようで少しお腹の辺りに圧迫感がありました。
「そこそこな。…成るほど、合点がいったぜ。お前がいりゃあ、確かに此処にも入れるよなぁ!ルイス!!」
そう、私を抱えていらっしゃるのはヴェルノさんのお兄さんのルイスさんなのです。
何故ここにいるのかとか、どうして私を抱えているのかとか、聞きたいことは山ほどあるのですが視界の端に映ったものに思わず動きを止めてしまいました。
剣なのです。ヴェルノさん達が使うものよりも短い、けれど私が持っているようなナイフみたいなものとは造りも大きさも違うしっかりとした短剣なのです。
その刃先は私の首へ向けられていて、そのまま動かせば剣は真っ直ぐ私の首を切り落とすでしょう。
「やっぱり。…貴方も来てたのね。でもルイス、どうして貴方がカルヴァートに…?」
苦しげに、悲しげに問いかけるアイヴィーさんに私も泣きたい気分になってしまいます。
だってヴェルノさんとルイスさんは兄弟なのに。なんでこんなことを…?
アイヴィーさんの言葉にルイスさんが笑いました。馬鹿にするような、嫌な笑いなのです。
「どうして?本当に分からないのか?」
返事はありませんでした。でも、アイヴィーさんの表情からして分からなかったのでしょう。
けれどもヴェルノさんだけは黄金色の瞳を細めてルイスさんを見ます。
「不満だったんだろ。今の状態が。」
ハッキリと言い切った言葉に私は驚きます。不満?あんなに楽しげに笑っていたのにですか?
顔を上げれば笑みの消えたルイスさんの顔に怒りとも憎しみともつかない表情が広がっているのです。
訳が分からないとアイヴィーさんはヴェルノさんの言葉を復唱しました。それにヴェルノさんは一つ頷きます。
「城を抜け出す時、ルイスを誘ったのは俺だ。」
「…そう。今よりも自由に思うままに生きることが出来る。お前はそう言ったよな。」
「あぁ。」
「確かに楽しかったさ。最初のうちは。けどな、段々と海賊でいることが苦痛になった。どこへ行ってもお尋ね者。海軍に追われる度に尻尾巻いて逃げ出すしかない。同じ海賊連中にはお前と比較されて馬鹿にされる。…その気持ちがお前に分かるかヴェルノ?!」
短剣を持つ手が近付いて、私の首に先端が刺さったのか、ブチリと糸の切れる音がしました。
「真白ちゃん!」アイヴィーさんに名前を呼ばれます。
大丈夫だと分かってもらうために少しだけ手を動かして振ります。
「分からねェよ。そもそもついて来たのはテメェの責任だろうが。」
「守ってやると言ったのはお前だろう?!」
「あぁ、言ったぜ?‘お前が俺の下に来るなら’ってなぁ!テメェ自身で俺の下から離れたんなら、テメェの身くらいテメェで守れっつーんだよ!海で死ぬ気がねェんなら親父んトコにでも帰りゃ良かったんだ。」
どんどん訳の分からない話に首を傾げてしまいます。
それに気付いたらしいルイスさんが私を見下ろしました。
「なんだ、この子には何も教えてないのか。」
「昔のことだ。知る必要なんざねェよ。」
カルヴァートと交えていた剣を離して吐き捨てるようにヴェルノさんは言います。
「あ、あの、一体何のことなのですか…?」
城、抜け出す、親父、昔。断片的な言葉が私の頭の中に残っているのです。
ルイスさんは私の首から剣を少しだけ話すとヴェルノさんを睨み付けたまま口を開きました。
その内容は思ってもみないことで、私は言葉もなくルイスさんとヴェルノさんの顔を交互に見てしまったのです。
「俺とヴェルノは最西にある国の王の子息――…俺達は‘元’王子なんだよ。しかも神話に語られる男神と娘の間に生まれた子の直系なんだ。」