船を修理に出してから一週間、私は宿のお部屋と船大工さんの所を行ったり来たりしていました。
とは言え今までと違って好き勝手に動けないので、たった一週間でもとても長く感じられるのです。
船大工さんの見立てでは船の修理に一ヵ月半かかるそうなので、まだまだ先は長いのですよ。一ヵ月半も動けないことを考えますとヌイグルミというのは不便なのですね。
バッグの中で思わず溜め息を零してしまいました。
上をこっそり見上げればヴェルノさんとバッチリ目が合います。
けれど外なので下手に話すことも出来ません。代わりにフッと笑みを浮べて、バッグ越しにポンポンと慰めるように叩かれました。
今日もこれから船大工さんの所へ行くところなのです。
最初は造船所の船大工さん方には戦々恐々とされておりましたが、ヴェルノさんと共に毎日の如く通っている内に段々と慣れていただけたようで、最近ではお菓子をくださったり話相手になってくださったりしてくれます。
船大工さんは皆さん誰も彼もとても体が大きくガッシリとしていらっしゃいます。
でも気前が良いというか、話してみると大らかで人の好い方ばかりなのです。
けれど造船所に行くとヴェルノさんは船大工さんと一緒に行ってしまうので、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しいのですよ。
今日も私をバッグから出して、ここ一週間で定位置となってしまった木材の上に乗せられます。
「今日も大人しくしてろよ。」
そう言って、船大工さんに呼ばれて足早に離れてしまいました。
船が日に日に綺麗になっていく姿を見るのは嬉しいのです。
お世話になっている船ですし、皆さんのお家でもあるのですから、嬉しくないはずがありません。
必ず私を見ている方が一人いらっしゃって、ユージンさんだったりレイナーさんだったり、他の船員さんの時もありますが大抵は少し離れた場所にいるのです。
「おはよう、お嬢ちゃん」
かけられた声に振り向けば六十代くらいの船大工さんがニコニコ笑っています。
「おはようございますなのです。」
「随分と暇そうだねぇ。」
「はい、とってもとーっても暇なのですよ。」
素直に頷いた私に船大工さんは朗らかな笑みのまま、不思議な木の板をくださいました。
正方形の木の板は縁を二センチほど残して内側が浅く正方形に彫られていて、そこには更に正方形の小さなピーズは十六個ハマっています。一から十五まで数字が書かれ、最後の一つには船の絵が描かれておりました。
顔を上げてみると船大工さんは相変らず笑顔なのです。
「余った板で作ったんだよ。暇そうだったから、良い遊び道具になると思ってねぇ。」
「ありがとうございますです!」
それはいわゆる十五パズルというもので、十五個のピースをバラバラにはめ込み、一つだけ空いたスペースを上手く利用して元の並び順に戻すパズルゲームの一つなのです。
さっそく十六のピースを板から外し、適当にはめ込んで、船の絵が描かれているピースだけ脇に避けます。
角が丸くなっているのは怪我をしないようにという配慮なのでしょう。
船大工さんは仕事があるからとすぐに離れてしまいましたが、私はその背中が見えなくなるまで見送りました。
そうしてパズルで遊ぶのです。綺麗にヤスリがかけられていて一つ一つのピースも板もツルリと滑らかな触り心地なのですよ。
それを動かす度に木と木がぶつかり合うカコカコという音が面白いのですね。
あまりの楽しさに夢中になっていると不意に手元が暗くなってしまいました。
「?……あ、ヴェルノさん。」
何時の間にか目の前にヴェルノさんが立って私の手元を見下ろしているのです。
スッと手が伸びてきたかと思うと大きな手でピースを動かし、私の頭を一撫でしてまた戻って行かれました。
……なんだったのでしょうか?
少なくともヴェルノさんは頭が良いということだけはよく分かったのです。
手元にあるパズルは綺麗に並び直されておりました。
そんな風にいただいたパズルで遊んでいると、少し遠くから騒がしい声が聞こえてきたのです。不穏な感じではなく、むしろ楽しげなその声にパズルから顔を上げて辺りを見回してみました。
そこでふと別の事にも気が付きましたのです。
さっきまで少し離れた場所で私を見ていた船員の方がおりません。
右を見ても左を見ても、私の視界の範囲内に人の姿はなくなっています。
船の方からは音がするので恐らく私の周りにだけ丁度人がいないのでしょう。
やりかけのパズルを置いて、何となく木材の上から地面に飛び降りてみました。
出入り口から通路に顔を出してみても、やっぱり誰もいないのです。代わりに通路のずっと向こうからワイワイと楽しげな声が聞こえてきます。
――――…行ってみたいのです。
体がウズウズするのです。
そっと振り返ってみましたが私が木材から下りても注意する方はいらっしゃいません。
ちょっと行ってすぐに帰ってくればバレませんよね?
出来るだけ足音をさせないように通路に出て、そろりそろりと騒がしい方へ向かってみます。通路の途中にある倉庫には木材やら鉄やら、修理中の船やらが沢山ありました。
通路も右に左に折れ曲がっていて、まるで迷路のようです。
造船所内を冒険したら楽しそうなのですよ。
色んな部屋を覗きながら、私は騒がしいところへ行きます。
そこは他よりもずっと出入り口が大きくて、中を覗いてみればヴェルノさん達の船よりも一回りも二回りも大きな船がありました。外観もすごく凝っていて彫刻が綺麗なのです。
船の傍には中世の貴族のような格好をした人々が何人か集まって話しているようでした。
もっと近くで船を見てみたいのですが、これ以上近寄っては絶対に見つかってしまいます。
諦めて戻ろうとした途端、グイっと体が進行方向とは反対に引っ張られたのです。
驚く間もなく体が浮き上がって誰かに抱き締められました。
「お父様!」
頭上から高くて可愛い女の子の声がして、先ほどまで覗いていた部屋に入ってしまいました。
チラリと見上げてみれば声に比例した可愛い女の子が私を抱えております。
多分八から十歳くらいの子はドレスを着て嬉しそうにニッコリ笑っているのです。
‘お父様’という呼びかけに男の人が一人振り返ります。
「どうかしたのか?…その人形は?」
「拾いましたの。持ってかえってもいいでしょ?」
「あぁ、好きにしなさい。」
男の人の言葉に女の子は私をぎゅっと抱き締めて「よろしくね!」と言いました。
……………どうしましょう?
女の子に抱き締められて逃げるに逃げられない状況に冷や汗が出ている気がするのです。
もちろん、私はヌイグルミですから汗なんて出るはずもないのですが…。
下手に動いては大騒ぎになっていまいますし、これは由々しき事態なのですよ。
「では、それでよろしく頼んだ。」
「はい。何時もご贔屓にありがとうございます。」
そんな会話を最後に男の人が歩き出せば、女の子は私を抱え直してその男の人の後を追います。
女の子は片時も私を離してくださらないまま造船所を出て馬車に乗ってしまいました。
―――ごめんなさいなのです、ヴェルノさん!